第17話 思わぬ事。


ぽかん、と呆けているゲドウツクルと名乗る女性。


(......いや、違う。この人は......ゲドウツクルに、遙華にそっくりな......別人だ......!)


「あ、えっと......すみません。私、アリスのマネージャーの岡部倫です」


動揺する心を鎮めるように、自己紹介をする。彼女もまたそれに応じるように頭を下げ口を開いた。


「初めまして。......あの、すみません......今日は、やはり、アリスさんはいらしてないんですよね......?」


「はい......ごめんなさい、今日は私だけです」


仕方ないとはいえ、嘘をつくのは嫌な気持ちになるな。それがかつて親友だった人と瓜二つの姿であれば尚更だ。


(......美心、確認できてるか?)


「すみません、お忙しい中。まさかご連絡いただけるなんて思ってもみませんでした。それで聞きたいことというのは?」


質問はひとつ。何故そのアカウントを使用しているか。


「はい。えっと、あなたは遙華さんなんですか?」


違う。わかり切っている事だが、あえてこの質問を投げてみる。


「あ、いえ......ということは、アリスさんは遙華じゃないんですね」


「え?」


「私が遙華とコメントをしたのはアリスさんにたいしてなんです」


「アリスに?なぜ?」


「彼女の歌声が遙華とそっくりだったから......」


やっぱり。アリスはかつての人気歌い手であるゲドウツクルに似ている。他の誰かからみてもそっくりなんだ。


いや、あれは似ているだなんて生易しいものじゃない。


瓜二つ。声質は多少違うが、歌い方の癖が彼女とまったく一緒なんだ。


......いや、今それは置いておこう。優先すべきは彼女の素性だ。と、そんな事を考えていると彼女の表情が暗くなる。


「......やっぱり、お姉ちゃんじゃなかった」


「おねえちゃん?」


「遙華は私の姉なんです」


ゲドウツクルの妹。パズルに絵が浮かぶように全てが腑に落ちた。


そうか、だから......ここまで容姿が似ているのか!


「あの、お名前をお伺いしても......」


「あ、ごめんなさい、名前まだ......私は遙華の妹、西野にしの 蓮華れんげと言います。申し遅れてすみません」


ぺこりとお辞儀する西野さん。名字もゲドウツクルと一致する......本当に、彼女の家族なのか。


けど、もしも、この子の話が本当で、遙華......つまりゲドウツクルを捜していたのだとしたら、彼女は......。


「......そんなにお姉さんの声に似ていたんですか」


「はい。なので、ホントは死んでなんか無かったんじゃないかって」


「死んでなんか無かった?」


「......姉は、18年前に事故で死んでるんです」


......美心もそう言っていた。けれど、妹である彼女から告げられたことで、それが真実であることが確定する。


生きているかも、という希望を失った。別に美心を信用していなかった訳じゃない。けれど、生きていることをどこかで期待したんだろう......体の奥へナイフを押し込まれたように、胸が激しく痛むのを感じた。


「そう。......でも、それなのに何故アリスを姉だと思ったんですか?」


「信じられなくて」


「信じられない?」


「私、姉が事故にあった時のこと覚えて無くて......大好きでショックだったからか、私がまだ小さかったからなのか、全然記憶に残ってないんです」


視線を落とし悲しげな笑みを浮かべる蓮華さん。


「でも姉の歌う歌だけははっきりと、鮮明に記憶に焼き付いていて......大好きでした。だからニゴニゴ動画やYooTubeに残っている姉の動画をさがしては繰り返し聴いてたんです」


私と同じだ。転生後、彼女の動画を......歌う曲を鬼リピしていた。それに......実のところ、会いたいとも思い連絡をとろうと試みた事もあった。だけど、今の私はあのころの佐藤という男ではなく、岡部という女。別人となった私。どうにも説明のつかないこの状況に私は彼女と会うことを諦めていた。


けど、この子は......。


「生放送のアーカイブも観たりしてたんです。その雑談の中で姉の笑い声を聴いていると......なんだか、まだ生きているような錯覚がして」


「それで、あまりにも似ていたアリスに希望を抱いた?」


「他にも理由はあります」


「?」


「アリスさんのモデル......あのイラスト、姉の仲の良かった絵師さんが描くイラストの感じとすごく似てるんです。えっと、たしか......コショウサトウさんだったかな」



......。



「......遺留品整理の際に姉の日記を読んじゃいまして、それにもその人の事が描かれていたんです。彼のイラストで歌ってみたをもっとたくさん出したい、だから頑張るって......彼のこと、姉は好きだったみたいです」


......知ってる。けど、あの頃の私は......自分に自信が無くて、だから必死に仕事を探して安定した生活を手に入れたかった。


それからいつしか多忙な社畜生活で彼女との接点も薄れ、ついには消えてしまった。彼女も気を遣っていたんだろう......最期のほうになると送られてくるメールも短文になり、イラストの話をすることも無くなっていた。


「......その絵師が何か?」


「あの頃と同じに見えて......コショウサトウさんのイラストで姉が歌っているように思えてしまって。実は、姉はホントはどこかで生きていて、今度はコショウサトウさんのデザインしたVTuberになって歌っている......そんな風に思えたんです」


妄想......って、言葉では片付けられない。なぜなら私もアリス、美心の歌にゲドウツクルを感じ重ねてしまったから。


(この子の気持ちはわかる。死んだと聞かされ、尚信じられない私がいい例だ......実は生きていたと妄想したくなるその思いは理解できる)


「ごめんなさい、突然.......こんな訳の分からない話をしてしまって」


「そんな事無いですよ。......私もお姉さんのファンだったから」


「そうなんですか?」


「......はい」


なんせ私がそのコショウサトウなんだから、とは言えない。今の私は女......彼女からすれば、似た絵を描く誰かだ。簡単に言えば赤の他人。


ゲドウツクルが死んでいたという悲しみは、実のところ吐き気を催すほどにキツく辛い。


あの頃、どうすれば良かっただとか、想いを伝えていれば何か変わっただとか、色々な思考が頭を駆け巡る。やがてそれは頭痛となり私を苦しめはじめる。


涙ぐむ彼女。


その時、ふと現実逃避地味た思考が引き戻された。



涙......あ、そうか――



(......もう、会えないんだ......)



――脳裏を過る、遙華の笑顔。



ポロっと涙が溢れた。


私が涙を流している事に蓮華さんが気が付き、驚いて近づいてくる。


「お、岡部さん......」


(......うっ、ぐ、涙、止まれ.....これじゃ、ただのおかしな人じゃん.....)


しかしいくら拭っても溢れ出す涙。それは彼女にたいする想いの大きさからか、止む気配がなかった。



――が、その時。



「......蓮華ちゃん?」


後ろから声がした。


「え」


振り向けばそこには、美心が驚いた表情で立ち尽くしていた。



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