第14話 躍進



――視聴している皆が、彼女の歌に息を呑む。


それは、予想を遥かに越えた歌声。


普段は明るくおちゃらけている彼女。ポンも多く、ドジな面もある。普段から視聴しているリスナーの誰もが油断していた。


まさか彼女がここまでの歌唱力を持っているだなんて、と。


――まるで優男の流浪が伝説の人斬りだったかのような、鋭い衝撃。


(......上手いんだろうな、とは思っていたけど......これ程とは......!)


コメ欄は「メルト」を歌い出した瞬間こそ、『すごい』『上手い』『やばw』『おおお!?』といった弾幕が大量に流れていたが、瞬く間にそれは減少する。


それは皆が彼女の歌声に心を奪われ、聴き入り始めた証拠だった。それは初めて見る光景。


同時接続数6282。登録者数1012。


爆発的に人が集まり、登録者も100人記念が1000人記念へと変わった。そして3曲目の「からくりピエロ」へと突入した今もなおその両方の数字はぐんぐんと上昇していく。


「すごい......」


彼女の特徴的な声質と、感情を乗せた抑揚。それはまるで努力の結晶のよう。長い期間それに費やし得た技術のイメージ。


バイトで時間も無いはずなのに、いつ練習していたんだ。


――心を揺さぶるように、彼女の歌が歌詞を通して私の中に入り込んでくる。


(......この感覚、どこかで......)


歌を聴くのではなく、心で感じる。そんな感覚。それは彼女の歌い方なのか、声質によるものなのか。それはわからない......けど、私は確かにこれと同じ感覚を覚えた歌い手を知っている。


あの子にそっくりだ。


転生前、私が約束を反故にした歌い手のあの子に。


気がつけば涙が溢れていた。まるで生き別れの家族に会ったような、そんな感覚。


同時接続数7213。登録者数2348。


ぐんぐんと伸びていく数字。


私はその溢れる涙を拭い、眼鏡を掛け直す。それと同時に3曲目が終わり、アリスは「ふぅ」と一呼吸をついた。


『はい、「メルト」「ノマド」「からくりピエロ」でした〜!一気に3曲歌ってみたよ〜!どうでしたか?変じゃなかった〜?』


首を横にふりふりと傾けながら、いつもの明るい声色でリスナーに問いかける。


『すっごい良かったー!!』

『めちゃくちゃ歌うめええええ』

『え、まじ?ぷろ?』

『えぐい』

『歌声綺麗すぎ』

『もと歌い手かな』

『すげー』

『すごすぎやろ』

『綺麗』

『細くて厚い歌声』

『迫力ある歌だった!』

『なんか昔好きだった歌い手に似てる』

『かっけー!』

『視聴者数w』

『めっちゃ集まってきたね』

『登録者も増えとるーーー!!』

『すげえww』

『いやwやばいわw』

『心込めるの上手い』

『すげえな』

『いやリスナー増えすぎw』

『まだ増えるなww』

『これは伝説に』

『登録者100人記念じゃねえなこれ』


『「100人記念じゃねえなこれ」?......え、おおおお!?ホントだ!?登録者数2000人越えてる!?』


『てか3000近いなw』

『伸びまくってるww』

『今日は3曲で終わり?』

『次は』


『「次は」?あ、ごめんごめん!次の曲はねー、』


そんなやりとりの間にチャンネル登録者数は3000を越えた。


(......勢いが良すぎる。この増え方は、裏で誰かがなんかしてるな)


多分さっきの曲を切り抜いてPwitterやらPikPokやらSNSで拡散させているんだろう......。そう思い携帯でとりあえずPwitterの方でアリスを検索するとそれはすぐに出てきた。


それは先程の「メルト」サビ部分をクリップ機能でおさめた短めの映像。Pweetには「うおおおおお!!?この新人VTuber歌うますぎるんだけどおおおおおッ!!?」との一文が添えられていた。


(ふふ、このリスナーは見る目あるねえ。つーかこの感じ見覚えが......)


と、謎の優越感に浸るアリスのママである私だったが、そのPweetの投稿者の名を見て驚愕する......その名とは。


(......えっと、名前は「忌魅子の仔」さん)


って、あれ?これ、YooTuberでインフルエンサーの忌魅子の仔?ホラゲでの絶叫、叫び声、怖がり方に定評のある......あの?


女性YooTuber、【忌魅子の仔】とは。Pwitterフォロワー10万人越え。YooTube登録者数73万人越えのYooTuber。最近ではshortを多く投稿しているようで、それによりまた更にチャンネル登録者数が大幅に増えている模様。


めちゃくちゃ凄え!!こんな人が何故ウチの子の宣伝みたいな事を.......!?嬉しいけど気になる!!


とりあえずお礼のDMを入れとかねば。......えーと、初めまして突然のDM申し訳ありません、っと。ウチの娘の切り抜きを拡散していただき......なんかマネージャーみたいだな私。


あくせくと文書を書きあぐねているとPCからアリスの歌が流れ始めた。


(......てか、今DMするのは邪魔になるか。せっかく聴いてくれてるんだし)


忌魅子の仔さんもこのアリスの歌を聴いている。なら、連絡をとるなら終わってからの方が良いだろう。


そうこうしているうちに、気がつけば生放送の同接が16213、登録者数5638に膨れ上がっていた。


(これ、チャンネル登録者数1万いくんじゃないか......?)


ふと携帯に目を向けると、忌魅子の仔さんが「おおおおおおおおおお!!?リンネきたあああああ!!!」とまたPweetを投稿していた。いや、この既視感なんだこれ......どっかでみた感じするんだが。



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