第15話 懐かしい人



全部で10曲。用意した曲のラスト、「星に願いを」が終わる頃。チャット欄では『アンコール』の文字がそれこそ幾重にも流れる流れ星のように降り注いでいた。


『わわわ!すごい!みんなありがとうーーー!泣いちゃいそうだよ、ガチで......こんなに、嬉しいっ』


そういうアリスの声は泣いているようで、鼻をすする音も聞こえた。本当に嬉しいんだろうな。美心、言ってたもんね.......寂しかったって。


今ではほら、スレの人間以外にも。


同時接続数24699。登録者数17890。


こんなにも多くの人が来てくれて、君の側で君の配信を観てくれている。もう寂しくないよね。


「ふふ」


と溢れた笑み。私は思わず驚く。つい1、2週間前にリアルで会った子にここまで入れ込んでいる自分。まるで本当に自分の家族のように感じるこの気持ちに。


(不思議だ......)


あの子の為ならなんでもできる。彼女の喜ぶ顔を思い浮かべると、ホントにそんな気持ちにさせられる。これが美心の魅力なんだろう。こうしてどんどんと投稿者が増えていっているのは、彼女の人間性によるところが大きいと私は思う。


頑張り屋で努力家。明るく素直な性格......そして、ポン。くくっ。


『えっと、それじゃあ......アンコールしよっかなぁ。音源はちょっと無いんだけど、その......歌います』


「え?」


音源が無いけど歌う?アカペラか?まじ?


『曲名は、「オレンジ」です。い、いきます』


歌い始めたその曲は、懐かしくも私の胸を締め付ける。あの頃を思い出すメロディ。彼女と交わした約束と、二人きり眺めた水平線に落ちる夕陽の紅と海の匂い。


彼女が最も得意としていた曲のひとつ。


......会いたいな。


ショートボブの黒髪。ツンとあがる目尻。けれど笑った時に柔らかくなる表情がとても愛らしかった。


彼女、元気で居るのかな。ニゴニゴ動画にはもう曲をあげてたりしないみたいだけど。


私みたいに諦めたのかな......夢。


――アリスの儚く切ない歌声。長く伸びたロングトーンが終わり、ラストのサビへと突入する。


目を閉じればあの日の光景と、匂いまで蘇る。


『......はい、オレンジでしたぁ!』


彼女のアカペラによる歌唱が終わり、コメント欄が高速で流れていく。そのいずれも『すごい』『やばい』『上手すぎる』『鳥肌モン』等のアリスを褒め称えるモノだった。


『うへへ、ありがとう。いやあ、アカペラは照れますなあ!今度はオケ用意しとくね!あ、ママが良いって言ったらだけど』


うひひ、と悪戯に笑うアリス。それに反応したリスナーがコメ欄へと私宛にどんどんチャットを打ち出した。


『ママ!頼んだ!』

『アカペラも良いけど!』

『てか深海少女歌って欲しいんだけど』

『あー!いいねえ!』

『それもたのむぜ』

『お願いします』

『ままあああああ!!』

『いやあー良いねえ』

『上手いね』

『いやw登録者えぐい伸びww』

『2万ww』

『おいおいおい』

『伸び方やばー』

『お願いします。ママ音源たのむよ』

『これはさあ、用意しないとでしょー』

『プロやん』

『ママお願い?』

『リクエストです!フラジールお願いします!!めっちゃ好きなんです!!』

『え、リクエストいいの』

『じゃあ心做しで』

『ママどこー』

『逃げたんか?』

『心做しいいなあ。アリスの声的に絶対合うじゃん』

『確かにこの声合いそう』

『つか、なんでも合いそう』

『何でもはな...いや合いそう』

『何でもは合わないわよ。合う曲だけ。※何でも合います』

『ママ』

『いねーの、ママ』

『ちっ、肝心な時にいねえママだぜ』

『はい、お前スパナで殴る。決定〜』

『いるううう!?』

『いるじゃねえーか!』

『あたりめえだろ!』

『すみませんすみませんすみません』

『あやまるので音源』

『考えとく』

『ありがとママああ』


同時接続数28963。登録者数20190。


(......凄すぎる。これ、まだまだ伸びるぞ)


一夜にして100人から20000人へ爆増したチャンネル登録者の数。心臓がどくどくと鳴り、謎の高揚感がある。......そういや、美心がさっきから喋らないな。


もしかしてこの数字の伸びが衝撃的過ぎて気絶でもしとるんか?......いや、てか11曲もあの暑い部屋の中で歌ってて、もしかして体が辛くなったんじゃないのか?倒れてないよな、ホントに......。


(......部屋、行くか)


こないだの配信切り忘れで私の存在がバレている。だからもう部屋に入る事に問題は無い......のだが。


――コンコン、とドアを軽くノックする。


『あ!ママ?』


と、反応があった。良かった。倒れてない......声色的にも元気そうだ。私がそう胸をなでおろしていると、他にもリスナーで心配していた人がいたらしく、アリスがそのコメントに返事をし始めた。


『あー、ごめんね!大丈夫だよ!たくさん歌ってちょっと疲れちゃってさあ。うとうとしとった。あははは』


......?


僅かな声の強張り。おそらくは私にしかわからないような微妙なものだろう。けど、それにより何かがあった事に私は気がつく。


(もしやアンチコメントでも発見しちまったか?......スパナで殴っとかないとな。修正してやるッ)


けど、これまででもアンチコメントがついたことあったけど、今回のように動揺したことは無かった。余程ショックなコメントだったのか.......それとも、また別の問題か。


『それじゃあ、皆!おやすみぃー!!またねー!』


と、配信が終わる。


「......美心、お疲れ様」


「あ、ママ。お疲れ様」


明らかに心ここにあらずな雰囲気だ。


「どした?さいご、すこし変だったじゃん。ホントに疲れちゃった?」


「あ、いえ。ちょっと......知ってる名前が、コメントにあって」


指差す美心。そこにはチャンネル登録者の一覧がズラリと表示されていた。その中のひとつ。


「――ゲドウツクル.......?」


頷く美心。


それは昔、私と深い関わりのあった人でもあった、歌い手の彼女。


そのゲドウツクルが書いたコメント。それは――


『遙華』


そう一言だけ書かれていた。








――......遙華って






ゲドウツクルの、本名......だ。




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