第6話 腹をすかせた可愛い子には飯を食わせろ。


「たでーまぁ」とウチのドアを開けばルンバがフローリングを這いずり回っていた。


「おーおー、お前は働きもんだねえ。えらいこえらいこ」


そんな私の独り言を無視しながら動き続けるルンバに「うるせえ黙って仕事させろ」と言われた気がして「あ、うっす。サーセン、ルンバ先輩」と脳内で呟く。


そんなくだらない事を考えながら私は喫茶店の帰りに買ってきたアイスを冷凍庫に詰め込み始める。その時、ふと半分くらい減った冷凍唐揚げが目に入り今日はこれでいいか、と夕食のメニューが決まる。


(白飯と唐揚げと、あと実家から送ってもらった胡瓜の漬物。よし、米でも炊いとくかね......あ、でもその前に)


PCを立ち上げると同時並行で携帯のPwitterを開く。そこにある名前は「まきせ」そして次に並んでいるのが「秋葉」というパパになる予定のアカウント名。


私は手早く『さっき会ってきた。パパの件オッケーだってさ』とDMを送った。


(さて、米米)


ポーン!


「はやっ」


秒で返ってきたパパからの返事。ちなみにこの人とはこの絵描き板で始まった付き合いではなく、学生時代イラストレーターを志した頃からの友達だったりする。


歳は私より多分3つくらい上らしく、2Dモデラーのお仕事以外にも色々と活動をしていて私も世話になったことがある恩人だ。


同人誌を描いてたりする人で、私が売り子に駆り出された事もあるのだが、当日にドタキャンで本人が現れないという杜撰で適当なところもある人。


まあ、忙しい人だから仕方ないけど。......ちなみに会ったことは無い。


(同じく駆り出されたであろう女の子に愚痴を聞いてもらって仲良くなれたのはいい思い出。あの子、名前教えてくれないけど糸目属性で可愛かったなぁ)


どれどれ、と返事内容を確認。


『まじでか!可愛かったん?男か?バ美肉決定なのかっ!?とりま指定するパーツにわけてアリスのデータを送ってくれ!無いところは描いてね』


『いや、女子だったよ。ちなみに経験者じゃないけど、性格は配信者向きだと思う。データ了解、出来次第送る』


返事するとふたたびメッセージがすぐに返ってくる。


『せんきゅー!そういやさ、その子は配信機材とか持ってるのか?』


『え、用意してるんじゃないの?VTuberなりたいって言ってるんだから』


『そうとも限らんぜ?PCとか詳しくない素人さんはいざVTuber配信やろうとしてみて、自分のPCのスペックのたり無さに気がつくなんて事はふつーにある。一応確認しといたほうがいんじゃねえかなあ?』


『マジか』


そんな事ありえるんか?......いや、わからんな。パパと言われて2Dモデラーの事だと気が付かないあたりあまりVTuberに詳しくないのがわかるし。って、まあ、あれは私の言い方が悪くて誤解させちゃっただけだけど。


(秋葉の言う通り一応聞いとくか)


無ければこっちで揃えるだけだしな。


『了解。聞いてみるよ』っと、送信。





◇◆




『PCは持ってませんね!配信は携帯でしようかなって思ってます!!ありますよね出来るアプリみたいなの!』


牧瀬さんから返ってきたまさかの携帯でやる宣言。


(......うーん)


携帯でもVTuberは出来るけど、それは従来のVTuberとは違いアプリ内での活動になったり、彼女のやりたいことが出来ない可能性が出てくる。


でも、自分にもやれそうとみるや携帯で挑戦しようとする行動力。これはかなり評価できる。


(この世の大抵の人間はやろうと思っても実際に行動に移せる奴は少ない......)


それが続くかどうかはやってみないとわからないけど、だからこそやりたいと思う気持ちが強い今、彼女の思うままにやってみてもらうのが良いか。


ただ、目指す方向はそっちじゃない。PCでの配信にしてもらえないか聞いてみよう。


『わかった。でも牧瀬さんは携帯で配信がしたいの?』


『いえ、PCがないので。いずれ買おうとは思ってますが』


やっぱり携帯での配信にこだわりがあるわけじゃない。なら。


『じゃあウチのPC使いなよ。使ってないやつあるから』


『まじですか!』


『まじですよ!』


お、良い反応。


『ところで今日もバイト?』


『いえ。今日はどこもシフト入れなくて、家で内職です』


『もしよければウチ来るかい?』


『良いんですか!』


『うん、いーよー。何時くる?』


『18時とかどうですか?』


『おっけー。待ってるね』


『はい!では18時に!』


さて、と。牧瀬さんが来るまでにご飯済ませとくか。17時に食べちゃおっと。


時計をみればまだ15時。何かやることないかな......あ、そうだ。今日はまだ配信しないと思うけど一応隣の部屋にあるPC使えるようにしておくか。




――それから3時間後。ピンポーン、とインターホンが鳴り私は「はっ」と顔を上げた。


「やべえ!PCのセッティングに夢中で時間見てなかったあああああ!!!牧瀬さん来ちゃったじゃん!!!」


くっそおー、集中するとすぐ周りが見えなくなる〜!!私って昔からこういうところあるんだよなぁ!


ばたばたと訪問者をモニターまで走る。きょろきょろと辺りを見渡してる牧瀬さんを確認し、『ごめん、いま開けるね!』と返事した。


『わかりましたっ』と可愛らしい声がスピーカーから聞え、私は扉のロックを解除する。


ガチャ。


「やほー。どぞどぞ」「お、お邪魔します......」


玄関を経てトイレを横切る。突き当りの扉を開けるとキッチンが横にありリビング。その中央に私の仕事用デスクがある。


「おいでませ我が家へ。そういや道迷わなかったかい?」


「道は迷わなかったんですけど......入るのに躊躇してしまいましたね」


あー、まあネット上の付き合いだしねえ。同性とはいえ、会ったばかりの人ん家には入りづらいよね。


「ここ、かなりお高いマンションですよね。こんなホテルみたいなところ始めて入りましたよ......エントランスに入ったところで「こわっ!」って謎の恐怖心を感じちゃいましたよ」


「あ、ああ、そういう」


なんだか申し訳ないな。でもここジムもあるしコンビニもあるしなんならカフェもあるからめちゃんこ良いんだよな。


「適当にくつろいでてよ。私、ごめんなんだけど今の今までPCのセッティングしててさ。あ、牧瀬さんのね。だからちょっと待ってて(炊飯器あけねーと)」


「そうなんですね。ありがとうございます、あたしの為に.....なんだか申し訳ないです」


「いや、私の為でもあるからね。つーか、皆の為か」


カパッ、と炊飯器を開け、ホカホカの炊きたてご飯とご対面する。


――これから君たちを冷凍庫へブチ込むため、ラップの刑に処す。悪く思うな。娘が来たのだ......君たちに拒否権は無い。


ラップをとろうと手を伸ばした時、私はふと視線を感じた。米達の視線ではない。とすればルンバ先輩でもなく、霊的ななにかでもない......その熱い視線を発していたのはそう、彼女だった。


「......食べるかい?」


と、私が聞くと。


「悪いですよ」


牧瀬さんはそわそわしながらそう言った。


「ご飯食べてないの?」


「あんまり」


「そーかそーか。遠慮することは無いよ。こいつらもホカホカのまま食べられた方が嬉しいだろうさ」


「......そうですか?」


「うん。ちょっと待っててな。おかずだすから。そこ座ってて。つーか、牧瀬さんは辛いの苦手?」


キッチンにあるテーブルの椅子をさす。すると牧瀬さんはおずおずと申し訳無さそうに座った。


「いえ、好きです」


「おっけぃ」


で、あれば......あれを作ろう。とりま冷凍唐揚げを皿にあけまして。レンジへゴー。その間にタレ作り。ケチャップ、蜂蜜、コチュジャン、ラー油、ごま油を適量をまぜまぜ。完全目分量、それっぽくなってればオーケー。


チン☆とレンジが鳴り唐揚げが温まった事を知らせてくれる。ご苦労。次にその解凍された唐揚げちゃんを軽くオーブンにかけまして......って、うお。牧瀬さんめっちゃにこにこしてる。かわええ。んなお腹すいとったんか。


家にお金ないって言ってたしあんま食べれてないのかな。昼間もハンバーグ定食嬉しそうに食べてたし。


「麦茶、緑茶、烏龍茶。あとお水......何飲む?」


「あ、えっと。ではお水で」


「氷は?」


「あ、お願いします......」


「はーい」


グラスに氷を入れ、ミネラルウォーターをつぐ。猫の形のコースターを一枚つまみあげ彼女の前へ敷き、そのグラスを置く。


「ありがとうございます」


「あ、そだ。お水、おかわり欲しかったら冷蔵庫あけていいからね。つーか漬物食べる?胡瓜の漬物なんだけど」


「あ、いただきます。漬物好きです」


「そかそか。まあ、口に合うかわからんけど。食べてみて」


「はい!」


と、唐揚げ出来た。カリッカリやで。んで、タレをかけまして。ほい、なんちゃってヤンニョムチキン!ふんわりと漂うチキンの香りが鼻を嗅覚を、赤々とした甘辛ダレが視覚をそれぞれ刺激し食欲をそそる。


「ほいよ」


トン、と牧瀬さんの前に置くと「ふあああ!!」と目を輝かせている。白飯をよそって漬物も用意。んで決め台詞。


「おあがりよ!」


「いただきます!!」


夢中で頬張る牧瀬さん。「はふはふ」と熱々のチキンが口の中で踊っとるよーで、若干涙目になっていた。


「おいおい、ゆっくり落ちついて食べなさいな」


こくこく、と頷く彼女。私は幸せそうに食事する彼女を眺め、いつの間にか頬が緩んでいる事に気がつく。......そういや誰かと家でご飯食べたの久しぶりだな。


「......おいし?」


「おいしいいいーっ!!!」


「そ。良かった」


うーむ。私の食べるチキンは無いけど、この笑顔だけでお腹いっぱいだ。



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