第5話 パパ

 

珈琲を飲みながらマウスを操作するサラリーマン、スマホをせわしなくタップし続ける主婦。そして目の前でナイフとフォークを握りしめる女子高生。


(なんかおもろいな)


「お待たせ致しました。こちらハンバーグ定食です」


「わあー!はいっ!ありがとうございますっ!」


運ばれてきたハンバーグ。店員さんが席の側をよこぎるたびにちらちらと見ていた牧瀬さん。満面の笑みで眼前に置かれたハンバーグランチをガン見していた。


(待てと焦らされ涎を垂らす犬のshort動画を彷彿させるな)


「ささ、牧瀬さんどーぞ、お食べくださいな」


「ありがとうございます!いっただっきまあーす!!やったぁ!!」


ぱあっ、と朝の光よりも眩い笑顔。いい顔しやがるぜ。


「でもまあ、妹さんたちもだけど、牧瀬さんも進学するんでしょ?頑張んないとだねえ。......過労死しない程度に」


「過労死て!いえ、あたしは進学しないので、妹たちの学費を稼げれば大丈夫です」


「え?進学しないって......高卒で働くん?」


「はい!」


「大学は出てないと辛くないか?」


「あー、ですねえ。なのでせめて妹たちは大学まで行かせてあげたいって感じなんですよねえ」


え、いやいや.....あなたは?


「.......えっと、牧瀬さんは?」


「あたしは何とかなります!これからVTuberも頑張りますし!大丈夫です!」


私は届いたタマゴサンドをひとつ持ち上げ、考え込む。


VTuberで成功すればそりゃ稼げる。けれど、稼げてないVTuberの方が圧倒的に多いのも事実。個人VTuberとなれば尚更難しい世界だ。


リスクを考えてばかりだと何もできない......でも、しっかりと現実は見るべきで、それが出来てない奴の末路は前世で沢山見てきた。


「......食べるかい?」「え、いいんですかっ」


私のタマゴサンドを見てくる牧瀬さんに残りの二つを皿ごとあげる。よほどお腹空いてたんだろうな。普段からあんまり食べれてないのが察せられる。


「おいひいっ!」「ふふ」


タマゴサンドを頬張る牧瀬さん。私はそんな彼女を眺めながら、決心する。


「ねえ、牧瀬さん」


「はい?」


「VTuberで成功したら大学に行きなよ」


「え?」


キョトンとする彼女。私は言いながら頬についたタマゴを拭き取ってあげる。


(......あ)


「!、......す、すみません」

「あ、ああっ、ご、ごめん......つい」


しまった、つい......割とこういうとこあるんよな、私。気になると何気なしにやってしまうというか。

あー余計なことした......と、思っていると割と気にされてないようで、牧瀬さんは話を戻した。


「......えっと、私はVTuberで成功したらVTuberで生活したいですけど......」


まあ、そうだよね。でもねえ。


「......でも大学は出といた方がいいよ?VTuberの人気がいつまで続くかもわからないし。もしこの活動が失敗したときそれは武器になるから......保険としてさ」


「失敗しません、あたしは。死ぬ気で頑張ります」


――真っ直ぐ私の瞳を見据えるその眼に強い意思を感じる。


(......この子は素材としては一級品。話してるだけでわかる。まさにダイヤの原石......この意思の強さがあるからこそ、彼女の魅力が造られているんだ)


でも、大人にはあるんだ......子供を守る義務が。私は彼女を必ずVTuberとして成功させる。そして、大学へ行かせる。私のすべてを使って、彼女を支え道を作る。


「わかった。けど、今の話はあたまの片隅においといてくれ。まだまだ先のある人生、選べる選択肢は多いほど良いからね......で、だ」


彼女は今、高2。今が4月だからあと2年で結果を出さなければならない。いや、出来れば1年で、か。


(......至難の業だな。でも)


「アリスを牧瀬さんにあげるかわりに条件をつけさせてほしい」


「な、なんですか?進学は保証しかねますが」


「いやいいよ。それは強制できる事では無いからね。無理に行っても意味が無いだろうし」


「それじゃあ......?」


「君のVTuber活動に私を協力させて欲しい」


「!」


VTuber、それも個人が上がっていくには技術やマーケティングが必要だ。彼女がそうだとは思わないけど、ただ適当に配信を垂れ流しているだけでは埋もれておしまい。


しっかり方向性を決めて使える武器を選定し進む。そして次に運と努力、最後に才能が必要だ。


「どうかな。......って、もう40分か。そろそろ戻らなきゃいけないから、この話はDMかまた今度会ってだね」


「あ、いえ、その条件で大丈夫です。よろしくお願いします」


即決だった。


「え、いいの?」


「え、なんでですか?」


「こういうのって自分一人で思うようにやりたいって人が多いのかなってイメージだったからさ」


「あー、確かに。......でもアリスちゃんはスレのみんなでつくった子ですからね。あたし一人の子じゃないので、むしろ岡部さんも一緒に活動していくのかと勝手に思っちゃってましたよ」


「......なるほど、確かにそれもそーか」


「はい!」


私はメモ帳に自分の住でいるマンションの住所を書いて手渡す。


「?」


「ここ、私のウチ。マンションだけど」


「おおっ!?」


「時間できたら連絡ちょうだい。今度は私のウチで話そう。これからの事をさ」


「はい!あたし何でもします!頑張ります!!」


牧瀬さんはそう言いながら食べ終わった食器を片付け、一処に集める。テーブルをペーパーで軽く拭いていた。しっかりしておる。


「それじゃあパパの方は私が探しておくけど良いかな?」


「......え?」


牧瀬さんが眉間にしわを寄せギョッとした表情でこちらを見てくる。おおん?これはもう決めてた系?


「あ、もうパパは決めてる感じ?」


「......い、いえ、あの......」


「?」


「なんでもするとは言いましたが、そういう活動はちょっと......すみません、そっち系の危ない橋は渡りたくないです......うぅ」


「ん?」


私はハッとした。これ、勘違いしてんじゃね!?


「いや、パパ的活動じゃないぞ!?2Dモデラーの事ね!?」


「え、あ......あー!!なるほど、そっちかぁ!あはは、びっくりしたぁ!」


VTuber活動には必須であるVTuberモデル。それを中の人と同期させ動かす為に調整してくれるのが2Dモデラー。


キャラクターを描く絵師がママと呼ばれるのに対し、2Dモデラーはパパと呼ばれる。


私も多少はこの2Dでのモデリングは出来るが、上手い人がやるのとそうでないのでは雲泥の差になる。


可動範囲、髪の揺れ、表情の動き。その細部に至るまでこだわる人はこだわる。そして、そのこだわりはキャラクターに命を与える。そう、まさに生きている絵になるのだ。


「えっと、改めて聞くけど、パパはこっちで決めて良いかな?」


「大丈夫ですよ!」


「ありがとう。まあ、いうて牧瀬さんの知る人で、スレの人間なんだが」


「マジですか!スレにそんな人が!?」


「うん。VTuberを考えようって流れになった時にソッコーで話持ちかけてきたんよ」


「おお、凄いですね......でも岡部さんのイラストならそういう人いてもおかしくはないかな」


「ありがと。まあ、だからそこら辺心配しなさんな。他にもなんか役立ちそうな奴いるし......みんなとがんばろーぜ」


「はい!がんばります!」


グッ、とサムズアップをキメる牧瀬さん。かわええわあ。


「でも、岡部さんはなんでそこまでしてくれるんですか?今日あったばかりの赤の他人であるあたしに......」


「赤の他人とは寂しいな。私はスレの人間はみんな友達だと思ってるよ。というか、みんなで最強のVTuberを作るって始めた事なんだしさ......みんなも同じ気持ちなんじゃないかな。つーか、もう私は君のママだしね」


「なるほど。すみません、赤の他人なんて酷い言い方してしまって。ママ」


「うんにゃ、大丈夫......それじゃ店出よっかね」


「はい、ママ」


お会計を済ませ外へ出ると、彼女は「ごちそうさまでした。美味しかったです、ママ」とお礼を言って学校へと戻っていった。かわええ。つーか......


マ マ 呼 び 嬉 し い ん だ が 


この後子供時代でもしなかったスキップをしながらルンルンで帰った。めっちゃかわええ娘できちまったなあ!うっひょー!



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