第4話 牧瀬 美心
――12時、駅前時計台。
あの後、牧瀬さんといくつかのDMでのやりとりで、彼女が女子高生であることが判明した。
信じられない。あんなネットの片隅でこそこそとくだらない落書きをたれながすスレ板に、JKなどという聖なる天女がおわすったなんて......この目で見て確認するまで信じることが出来ない。
とかそんな感じで連絡を取り合いつつ接触することに成功し、喫茶店のテーブルに二人座っとるわけなんですが。
「牧瀬さん、なんか食べる?」
「......あ、いえ。珈琲だけで」
「そう?」
そう言って彼女は微笑んだ。麗しのJK、牧瀬さん。フルネームを
と、冗談は置いといて。この子すごいなあ。声といい、顔といい、ルックス良すぎかって。
肩に掛かる赤みがかった茶髪は艷やかで、絹のようにさらさらとなめらか。スッと通る鼻筋は程よく高く、薄っすらときらめくリップに彩られた唇。そして何より大きくくりくりとした目が特徴的で可愛らしい。
胸も大きいし、脚もスラリと長い......スタイルも抜群に良い。ワクワクしちまうよ。どのくらいワクワクするかっていうと、たづなさんの代わりに理事長が出現したくらいの胸の高鳴り度合い。☆☆☆ゲットしちまったかぁ?これはぁ?
(いや、まさかスレの人間にこんなアイドル級の美女が存在したとはねえ......私が男だったら抱きつかれた時点で即死してたわ。何という新手の死にゲー)
しかし、何だろう。さっきから妙な音がするな。ぎゅうー、とかぎゅるる、とか。何の音だこれは?つーか、牧瀬さんメニュー表ガン見してるんだけど、もしかしてお腹空いてる?てか、勘違いじゃなければこの異音は彼女の腹部奥、胃から聞こえる叫び声のような気がするんだが。
「あの、牧瀬さん」
「ん?」
こちらを見る彼女は顔が赤い気がした。かわええ。
「なんか食べたら?私だすし」
「......それは岡部さんに悪いので良いです」
「誘ったの私だし良いよ。好きなだけ食べなよ」
「いいの?」
潤む彼女の瞳。かわええ。
「いいよ。お食べ」
これぞ先行投資。
「わああい!ありがとうございます!!あたし今、手持ち300円しかなくて!!」
「まじで!?」
「はい!あ、ハンバーグ定食いいですかっ!?ライス盛っていいです!?」
「おーおー、食べな食べな」
「やたーっ!いやあ、お店入った瞬間に食べ物の良い匂いでお腹やられちゃって......でもお金ないし、マジ領域展開くらった五○先生状態でしたよ!」
「なんという匂いの必中効果」
私は備え付けの呼び出しベルを押し込み、ピンポーンと店員さんを呼ぶ。
「ん?てか、あれ?牧瀬さんお昼休みでしょ?呼び出しておいてあれだけど......高校ってお昼休み出歩いて良いの?」
未だメニュー表を見ている彼女に質問すると、パタンとそれを閉じ頷いた。
「はい!ウチの学校は授業に間に合えば大丈夫なんですよ」
「ほえー、そんなとこもあるんだねえ」
「まあ、あたしはたいていお昼休みは机で内職してるので滅多に外へは出ませんが」
「内職......?」
「はい!ウチ貧乏なので!最近だと、ポケットティッシュにチラシ入れてますねえ」
「そうなんだ......大変だねえ」
「大変だけど、楽しいですよ!音楽聴いたりしながらやってるとあっという間に数百とか出来てます!山になった出来上がったポケットティッシュを眺めると達成感半端ないんですよねえ」
「え、てか、バイトもしてるんだよね?」
「してます!妹達の学費を稼がねばいけないので!」
「......マジか。牧瀬さん、苦労してんねえ」
「えへへ。でも岡部さんもお忙しいんじゃないですか?イラストレーターさんなんですよね?」
「まあねえ。でも今はそんなに忙しくもないかなぁ。こうして趣味でVTuberのイラスト描けてるくらいだし......って、そだ」
今日はその話だった。牧瀬さん喋りやすいからつい本題を忘れて雑談してしまっていた。......でもこういう能力もVTuberには重要だからな。
「それで、単刀直入に聞くけど、牧瀬さんは何故VTuberになりたいの?」
フォークとナイフを用意し、まだ到着していないハンバーグに思いを馳せる牧瀬さんに聞く。いや食いしん坊すぎないか?
「それはですねえ、楽しそうだったから!です!」
「ふむ」
ふつーやな。しかしそれが真理。楽しそうだからやりたい。単純でシンプルな答えだけど、まあそれが全てだと思う。
「牧瀬さんはどんな配信者になりたいの?ゲーム?歌?」
「ゲーム良いですね!歌も得意だから絶対やりたい!でも一番は雑談かなあ」
「雑談か」
「はい!」
歌が上手い、雑談好き。勿論それだけで伸びるわけじゃないけど、全体的にVTuber向きな性格してるな。聞きやすい通る声しとるし。
「夢、なんですよね」
ぽつりと彼女が呟く。
「夢?」
「はい!」
にこりと頷く牧瀬さん。その表情は微笑みながらもどこか憂いの影が見て取れる。
「あたしのウチ、さっきもいった通り貧乏なんですよ。それで学校が終わると同時にバイトに行って、そんな毎日を繰り返してて......授業の合間にも内職をちょこちょこしてて」
想像するだけで胸がきゅうっとする。まだ遊びたい年の頃だろうに。社畜時代の前世を思い出すな。
「そんなある日ですね、バイト先のファミレスに同級生が来たんです。みんな楽しそうに話して、笑ってて」
「それが羨ましかった?」
「はい。すごく」
にへらっと力なく笑う彼女。
「まあ、そんな気持ちもあって偶然みつけた岡部さんのお絵描き板を覗いたり雑談しに出没したりするようにもなったんですけどね。スレの人たちとのお話楽しいし」
「あいつら口わりいけどね」
「ですね。マジそれな?って感じです。あはは」
けらけらと笑う牧瀬さん。やべえ、話してて楽しいな。
「そうして学校、バイト、内職しつつ夜な夜なスレでお話をする日々を過ごしていたある日。街のビルにある大きなモニターにVTuberが映っていたんです。VTuberの存在は知っていたんですけど、ああして大々的に宣伝とかされるようなイメージが無くて、とてもびっくりして......曲の宣伝だったみたいなんですけど」
VTuberの力は年々大きくなってきている。それこそさほど興味の無い人たちが目にする程に。
「そのVTuberさんが『VTuberになって良かったと思うことはなんですか?』ってインタビューされていて、答えていたんです『毎日リスナーさんとの雑談が楽しい。それがVTuberになって良かったことです』って」
「なるほど」
「それを聞いた時、いいなあって思って。しかもそれがお仕事とか最高じゃんって思ったのが始まりですかね。あたしゲームとかアニメも好きなので......ちなみにいうとイラストも好きなんですよ。それもあってスレ見ていたんです。まあ、描けないけど。あはは」
「確かに。楽しいと思うよ......でも、この飽和状態のVTuber界。毎日毎日、何十何百と生まれ続けるVTuberの中で、稼げるようになるのはかなり厳しいと思う」
意地悪な物言い。でも、彼女は確かにVTuberで稼ぎたいと言った。趣味でもなんでもなく、仕事として見ている。だからこそ、しっかり現実を理解してもらわなければならない。
「知ってます。甘くないこと。あたしなりに色々と調べましたから......うん」
「それでもやりたいの?」
彼女はニヤリと白い歯を見せた。
「でもやらないで後悔したくないし。それに......やれなきゃこのまま、ずっと寂しさを抱えて生きていくしかない。だからあたしはやりたいです」
VTuberの厳しさを知った上でか。
「......その先は地獄だぞ」
私は言った。というより、口をついて出た言葉だった。あの日の自分と重なる、牧瀬へと問いかけるように。
「かもしれません。でも、あたしは皆となら地獄も楽しいと思うから」
彼女の瞳に迷いは無く、まるでアリスのように無垢な微笑みを浮かべていた。
「あたし、やりたいです」
まるで暗い闇を切り裂く流れ星のような子だと、私は思った。
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