第3話 約束


「ふんふん。ポチッとな〜」


DMには何も書かれておらず、録音だけ。Pwitterの名前は《まきせ》と書かれている。


(まきせさんね)


『こんばんは!』


音声が再生され、第一声。それは音割れがせんばかりの元気で大きな挨拶だった。私の眠気を吹き飛ばすほどの大きなその声。


『はじめまして、あたし、牧瀬といいます!アリスちゃんとーっても可愛いですね!』


なんだろう、この子の声......。


『あたし、この子になりたいです!この子になれるなら何でもします!もしあれだったら、面接お願いします!!』



――まるで、暗いこの部屋にさす陽の光。



天真爛漫、感情を揺さぶるような愛らしい声色。私の描いたアリスの像に近い。というより、ぴったりそのままの声だった。


「すごいな」


これなら多分、スレの皆も気に入る。少なくとも私は推せる声質だ。


「良いね......この子、すごく惹きつける声してる」


(......これは、やりようによっては大物VTuberになりそうな予感。彼女、歌も得意そうだな。何となく)


わくわくとする心。眠気が吹き飛び、ベッドではなく洗面所へ歩いていく。ついでに珈琲でも淹れようとテーブルに置いてあった猫柄のカップの取手を指先で引っ掛け、持ち上げた。


自然と鼻歌を歌いながら、キッチンへ。年季のはいったコーヒーメーカー。それに豆を入れまして、ぽちぽちぽちーっと。


(これ、使いやすくていんだよね〜。挽いた珈琲豆の粉も固めてくれて掃除しやすいし。出来た珈琲は美味しいし)


豆が挽かれ、モカの芳しい香りが溢れ出す。私は冷蔵庫にバターロールがあったことを思い出し、ついでに朝食にしようと扉を開く。ふわりと冷気が顔にあたり気持ちいい。


(顔あらっとくか......あと歯磨きせんと。つーか、その途中だったわ)



――ふと窓へ目をやると、遠くの空に暗い雨雲を見つけた。



ふつり、と落ちた雨粒が衣服に滲むような感覚。


「......なんだろう。良い子見つけたというのに......なんだかもやもやしてきたな。これが俗に言うマリッジブルー的なやつ?」


いやまあ、冗談はさておきホントに何だろうな。謎の不安が心中に渦巻いている感。これは......何だかあの感じに似ている。


(そう、あれはまだ私が高校生の頃)


まだ駆け出しで無名絵師だった時代。自信も付き、そろそろイラストで有償依頼を受けたいなと思っていた頃、募集した直後に渡りに船と言わんばかりのタイミングで依頼がきた。


私はがんばった。初めての依頼だったし、自分のイラストにお金を出して貰えたというかつて無い喜び。承認欲求をモロに直撃、頭の中がお邪魔○カーニバルになって浮かれていた。


私はとても大切な事を忘れていたのだ。それは契約を結ぶこと。そもそもDMでのやりとりで私がまだ絵師としてずぶの素人だということを理解した上での依頼だったのだろう。


一週間まるまるそのイラスト制作に当て、全力で完成させたそれは納入後音沙汰無くなり料金未納のままに終わった。


親にも秘密で行っていた初の有償依頼だったため残念ながら諦めざる得なかった苦い思い出。


(そうだ。上手く行き過ぎている......そういう時は危ない)


そもそも彼女は本当に女性なのか?もしかするとボイチェン(ボイスチェンジャー)を使っている可能性がある。


......彼女の声は完璧過ぎる。


いや、別に私はスレ民とは違ってバ美肉でも声が良ければそれで良いと思ってる。でももし性別を偽ってアリスをいただこうなんて嘘つきだとしたら、そんな奴には個人的に渡したくないという思いがあるのだ。


その時、先程のセリフを思い出す。


(面接か......)


モニター越しでって事にはなるだろうけど、やらないよりはマシかな。とりま面接しますって連絡しとくか。


『そんじゃ面接しようか』


と、送った時に(ん、いや......あれ?面接の流れに持ち込む時点で中身男じゃないんじゃ?)と思ったが、ノータイムでDMに返事がくる。


『やったー!!あたしね、――住みだよ!絵師さんは住んでるとこ、近い?』


送られてきたメッセージには彼女の住所が記載されていた。ネットの、しかもまだ大した交流もない相手に個人情報を開示してしまう彼女に「大丈夫か、この子」と不安を覚える。


しかし、それと同時に思った事がもう一つ。


「住んでるとこ......近いな」


不安と期待。けれど、もしも先程の彼女の声が本物ならば、鬼に金棒、フリーダムにキラ、エアリアルにタヌキ......これほどの人材は他に無いくらいの上物だ。まあ、声が良いだけで伸びるもんじゃ無いけど、これは大きな武器になる。


(会ってみるか......せっかく近場にいるんだ。会ってみないとわからないこともあるし)


『住んでいる所近いから、会おう。30分くらいお話したいんだけど、時間は何時がいいかな?』


『わあ、ホントですか!?でも、ごめんなさい。あたし夕方とか日曜はバイトめっちゃ入れてて、平日のお昼12時から1時ならいつでも空いてるから、そこらへんでお願いします』


バイト戦士か。平日のお昼って、多分お昼休みって事だろうな。なら。


『では、明日の12時10分頃に――駅、時計台待ち合わせで。来られる?』


『行けます!高校近いんで、大丈夫!』


こうして私はアリスの中身候補、牧瀬さんと約束を取り付けた。......って、え?高校?




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