第7話 出会いを大切にっていう話ね。
良い食べっぷりだなぁ。と、二杯目のおかわりを茶碗によそいながら私は牧瀬さんに聞く。
「多分、配信自体はあと3日くらいで出来るようになる。牧瀬さん、時間は作れそ?」
「はい!バイト減らします!来週からになってしまいますが、週に3回くらいでやれればと思って考えてます。......少ないですか?」
「ううん。いいよ。ただ、出来る時は少しでも配信してほしいかな。ウチならいつでも使って良いから」
牧瀬さんは頷く。
「わかりました。時間つくれそうな時はちょこちょこ来て配信します」
「ん。りょーかい。私、基本的にずっと家に居るから遠慮なくね」
「はい、ありがとうございますっ!」
ニコッと笑う牧瀬さん。口元にタレついてるのを発見し、私はティッシュを数枚手にとってそれを拭き取る。ふっくらとした少し厚めな唇が目を引く。
(......あ)
きょとんとした表情になる牧瀬さん。私は拭き取った直後にハッとする。
(......ま、またやっちまったああっ!!)
前世では年の離れた妹がいていつも面倒をみていた事もあり、こういうおせっかいをついしてしまいがちなのだ。
「ご、ごめん」
「いえ......」
頬を赤らめる牧瀬さん。そりゃそーだ。突然あんなことされたら誰だって恥ずかしい。しかし、すぐに彼女は「ふふっ」っと笑い体を震わせた。
「ん、どうしたの......?」
「いえ、なんだかホントにママみたいだなって思って。ご飯までいただいてしまって......えへへ」
おいおい、なんだこいつ。
く そ か わ い い や ん け
マジで可愛いクソ可愛い。ホントに私の娘にしてえー。って、違う!そんな事考えとる場合じゃない。
「まあ、ママだからね」
と、私は照れ隠しに言い返した。すると牧瀬さんは。
「えへへ......じゃあ、ひとつママにお願いしても良いですか?」
「お願い?なに?」
この娘の為になら大抵の願いは叶えてやれるが?
「これからあたしたちはVTuber活動を長く一緒に続けていくんですよね?」
「まあ、うん」
「で、あればあたしの事は牧瀬さんではなく、名前で......
「え、むしろ良いの?」
「はい!ママとは仲良くしたいし、牧瀬さんじゃ距離を感じるので」
「美心ちゃん」
「む、「ちゃん」はいら無くないですか?」
人差し指を立て講義する彼女。その仕草ひとつひとつが愛らしく、庇護欲を掻き立てる。
「......美心」
「はい!ママ!」
いっそアイドルになったほうが儲かるんじゃ、と本気で思わされるくらいに彼女の笑顔は眩しかった。
「えーと、それ食べ終わったら美心の部屋をみせるよ。モニターとPCはあったんだけど、マイクとかまだなんだよね。まあ美心が配信できるくらいには揃えとくけど」
「そうですか......ちなみにおいくらですか?」
「ん?なにが」
「PCやモニター、その他の機材代です。だいたい......どれくらいになりますか?バイトでの貯蓄があるのでそれでお支払いします」
「え、あー......いや、いらないよ」
首を横に振る美心。
「そんなわけにはいきませんよ。機械にうといあたしでもわかります......ママの揃えてくれている物がどれだけ高価なのか。だいたいVTuberモデルだって10万円以上かかるんですよね、普通は......」
まあ、ねえ。ちなみに私も一応それなりの絵師だから仕事として受けた場合もちっと高額の依頼になるかな。モデリングは秋葉がやらせてくれって言ってきたから無償でしょ?......あれ、無償だよね?まあ依頼でも良いけど。あとで確認しよ。
でもまあ、これは私にとって趣味的なやつだからなぁ。それに......
「いーのいーの。それは妹の学費でしょ。......それに私は美心のママなんだからさ」
「......それとこれとは、また違う話じゃないですか」
「そ?んー......それじゃあ、投資にしようか」
「投資?」
「うん。私は美心に期待しているんだ」
「期待」
「君は必ず大きくなる。そう、だからこれは先行投資......大っきくなって、私を追い越して、その時はじめて返しておくれ」
「!」
くちをぽかんと開き、瞳が潤む。桜色に染まる頬がこちらにも伝染し、私は思わず視線をそらしてしまった。
「あたし、必ず......ママに親孝行しますね」
「ん。楽しみにしてるよ」
にこっ、と微笑む我が娘。かわえーえぇっ、えー!!ぶひーっ!!
◇◆
玄関から見て右手の部屋。そこが我が娘、美心の配信部屋となっている。ドアノブを回し扉を開けると、左手奥に私が昔使っていたPC、モニター2枚、それとキーボードが木目柄のデスクに置かれている。
「わあ、すごい!」
目を輝かせる美心。私はPCの電源を入れる。
「これ、自由に使って良いから。一応、動画制作、ゲームしながらの配信も一通りできるスペックだと思う......まあ、実際やったことは無いから、実践しながらの様子見になるけど」
「はい!ありがとうございます、ママ」
「モデルがパパから上がってきたら設定しよう」
「あの」
「ん」
「パパってどなたなんですか?」
「ああ、パパはねえ。秋葉って名前の人で、私が絵師になるにあたって色々教えてくれた恩師の人だよ......同人作家、2Dモデラー、他にもなんかしてるっぽいけど、まあそんな感じ。適当なところあるけど、ちゃんとしてくれるから安心して」
「なるほど、ママの大切な人ですね」
「......どーしてそうなった。って、あながち間違いではないけど、なんか妙な気分になるな」
「え、あ、ごめんなさい」
「うんにゃ。大丈夫.......ちなみにコミケやオンラインイベントで売り子とかやらされたけど、顔は知らないんだよね」
「ええっ、会えなかったんです?」
「うん。大抵ドタキャンされる。まあでも、だいたいは同じ目にあっている顔馴染の女の子と一緒になるから楽しいんだけどね。色々話せて」
「むむ、なるほど......」
ふむ、とあごに手を当て思案する美心。いや、かわええて、お前よぉ。
「あ、ちなみにAチャンねるのスレの住人だよ。ほら、こないだ美心に気持ち悪いこと言ってたやつ」
「あ、あいつか!」
「せやで」
「あたしのパパは大分変態なんですね」
「悪いな。腕は確かなんで許せ」
「わかりました。ママがそーいうのであれば!」
はーい、と左手をぴーんと伸ばし返事する。
「ちなみに美心はVTuberになったら最初なにがしたい?」
「最初ですか」
初配信、雑談、ゲーム、歌......何を選ぶ?
「自己紹介動画とか、ですかね?」
「ふむ」
「みんな作っているじゃないですか、あれ」
「確かにね」
「結構広告でも回っているのを見かけますし!自己紹介動画!」
「広告.......動画に並んで出てくるWouTube広告のやつか。あれは割とかかるからなあ、金」
「そーなんですか?」
「ん。効果はかなりのもんだけどねえ」
「効果あるんですね、やっぱり」
「上手くやればクリックしてもらって色んな人に知ってもらえる機会になるからね。ただ、初手でそれはおすすめはしないかな......」
「なんでです?」
「自己紹介動画だけで登録する人は居ないからだよ。それだけじゃあそのVTuberが本当に面白い、見ていたい人物かは判断できないでしょ」
「......なるほど。確かに学校とかでも自己紹介だけじゃ仲良くなれるかなんてわかりませんもんね」
「そそ。その広告を使うなら、自分のチャンネルに誘導成功したときに登録してもらえるような何かが必要だね」
「......そっか。自分を知ってもらえるものがなければダメって事ですね。生配信のアーカイブだったり、歌ってみただったり......普段のあたしがどういうVTuberなのかわかるもの」
「そーだね。誘導ができてもそこに何もなかったら登録者には結びつきにくいから。あ、自己紹介動画自体は良いと思うよ」
「ふむふむ。とりあえずよく考えてみますね」
「あ......それじゃ、ひとつだけ」
「はい?」
「これは難しい話なんだけど......意識しながら考えたほうが良いと思って」
「?」
「今ってさ、美心も知ってると思うけど様々なタイプのVTuberが多く世に出ているんだよね。お絵描き系、ゲーマーガチ勢、歌上手......正直、無いものは無いんじゃないかってくらいに網羅されている」
美心は黙ってひとつ頷く。頬に手を添え、「ふむふむ」と相槌を打ちながら。
「だから、今から始めるVTuberはその先駆者達と比較され、天秤にかけられるんだ。どちらを観るべきか」
「......つまり、戦って視聴者を勝ち取らなければならない?」
「勝ち取るまではいかなくても、アリスの動画や生配信を見る価値有るかもと思ってもらえれば良い。つまり興味を持ってもらう事が大事なんだ」
「興味を持ってもらう」
「他のVTuberには無い美心、アリスだけの武器。できればそれが欲しい」
「あたしに興味を持ってもらう......あたしだけの武器。魅力や個性って事ですね」
「そう。普通じゃダメなんだよね。どこかで観たいと思わせないと......それは一度でも良いし、逆に一度見る価値が無いと思われたらそこでその視聴者は消えてしまう」
「ええっ」
「今の人たちの取捨選択の速度は早いよ。色んな娯楽が溢れているからね。特に無料動画サイトなんて暇つぶしで溢れているから、あっという間に次から次へと人は移っていく」
「ひとつひとつを大切に、ということですね。ママ」
「うん。そーいうこと」
「わかりました。あたし、考えます......自分のアピールポイント」
「ん。良い子」
私が良い子と褒めたその時。美心がジッとこちらをジト目で見つめてきた。これ、あれかな。子供扱いしてんじゃねーぞって事か?
「あ、ごめん......」
「何がっ!?なんで謝られたんですか、あたし」
「いや、超睨まれてるから」
「にらんでないですよっ!?」
「え、まじ?それどーいう表情なん?」
「......それはですね」
隣りにいた美心は更にその距離を縮め、ついには体を寄せるようにピトリと密着してきた。
「良い子、ですよね?」
「......ですけども?ん?」
「......ママ、アタシノ、アタマ、ナデル」
「あ、え、あ......いいこ、いいこ(いや、なんでカタコト?)」
なでなでとおそるおそる美心の頭を撫でる。さらさらとした肌触りの良い艷やかな頭髪。染めているであろうその髪は全く傷んでおらず、美しかった。
「ふふっ、えへへ」
満足そうに笑う美心。なんともいえぬ幸福感に満たされる私の胸中。ほんとにこの子で良かったなと密かに思うのだった。
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