第七話 初めての“ありがとう”

 何やら人の目を感じ悪寒がして、後ろを振り返る。真っ直ぐな廊下には誰もいなかった。蒼井は不思議そうに首を傾げる。


「なにしてんだよ、早く帰るぞ」

「あ、ごめん!今行く!」


 気のせいかな?なんて思い学寮へと向かっていった。


 学校生活一日目、まさか部活に入ることになるなんてびっくりだ、これから楽しい生活を送れるといいな、なんて思いながら学寮に到着、部屋の鍵を開ける。扉に手をかける前に炎真は蒼井の肩を後ろに引っ張り先に部屋へと入っていく。


「誰だ、出てこい」


 真っ暗な部屋に向かって叫ぶ炎真。


「なんだなんだ炎真ー、私だよ、お父さんだよ!」

「え、閻魔大王?!」

「んだよ、テメェかよ……」


 二人の帰りを待っていたのだろう、両手を広げ「おかえりー!」とこちらに駆け寄ってきた。炎真は相変わらずサッと避け、蒼井はそのまま閻魔大王に抱きつかれた。


「た、ただいまです……」

「んー蒼井君はいい子だねぇ……コラ炎真!蒼井君を見習いたまえ!」

「コイツを?どこを見習えってんだ」


 カバンと学ランを無造作に床に置き服を脱ぎ出した。


「風呂入る、ついてくんなよ」


 そう言い風呂場へ向かっていった。

 

「あーん、全く炎真ったら……」

「はは……」

「さてさて、どうかな?学生生活一日目は」

「あ!あの……お友達が出来まして……」

「おお!お友達が!それはいい事だね」

「それと、俺と炎真部活に入ることになって」

「ええ!なんと素晴らしい!良き進歩ではないか!!」


 閻魔大王に今日一日の出来事を話した、それを嬉しそうに聞いては笑っていた。


「あの子の対応をするのは大変だろう……?」

「俺の事が嫌いみたいで、それでも……」


 気の所為かもしれないけど、まだ一日しか経ってないけど、ちょっとずつ彼の隣に近づけているんじゃないかな、なんて……


 閻魔大王は蒼井の手を取り、ニコッと笑った。


「君なら彼の心に変化を与えることが出来るさ」

「俺……に?」

「ああ、私はいつでも君達を見守っているからね」


 そういい手の甲に優しく口付けをした。


 蒼井は慣れないその行為にビックリし手を引っこめる、閻魔大王はまたニコッと笑い炎真の所へ行った。


「炎真!久々に私と背中を流しあおうではないか!」

「だーから毎回入ってくんなっつってんだろ!!あと流しあった覚えはねぇよ!!」


 炎真が入るな入るなってうるさく言っていたのは、閻魔大王がよく入ってくるからだったのかなと推測した。蒼井は面白くなって笑った。


「何笑ってんだニンゲン!この変態を早く追い出せ!」

「んま!変態だなんて失礼しちゃう!」

「ふふっ、ごめ、っふふふ」


 炎真は心底ウザそうにしているがお構い無しに絡みに行く閻魔大王、楽しそうで微笑ましい。二人の攻防を見ていると部屋のチャイムが鳴った、扉の覗き口を見ると東雲先生がいた。扉を急いであける。


「東雲先生!どうしましたか?」

「風呂場と廊下は近いから声が漏れやすい、うるさいぞー?」

「あっ、す、すみません!」

「あと19時30分から晩飯の時間が始まるから学食ルームに来るように」


 わかりました!と頭を下げ先生は「ほどほどにな」と言って去っていった。


「すまない蒼井君!私と炎真がうるさいばかりに」

「オレを巻き込むな」

「いいんですいいんです!」


 閻魔大王は申し訳なさそうにするが、楽しそうな所を見れたので蒼井はたいして気にしていなかった。


「もーあがる、ジジイうるさい」

「あっ、じゃあ次俺入るね」

「ゆっくり入りたまえ!」


 炎真は風呂場から出ていく、その後にタオルやパジャマを持って風呂場へ入る蒼井。ペコッと閻魔大王に頭を下げ風呂場の扉を閉めた。


 身体を拭き始める、乱雑に髪の毛を拭きパジャマに袖を通していく。閻魔大王はベットに座った。


「楽しく過ごせているかい?」

「はっ、全然楽しくなんかねぇよ、早く地獄に帰りたくて仕方ねぇ」

「そうかそうか」


 閻魔大王は炎真の頭を撫でた、これは炎真は避けなかった。


「……蒼井君によろしくと伝えてくれるかい?」

「わーったから、早く帰れ変態大王」

「本当に口が悪いんだから……お父さん心配で帰るに帰れないわっ」

「いいからさっさと帰れ!」


 仕方ないなぁーと言い指をパチンと鳴らし、閻魔大王は姿を消した。


「ふん、お節介じじい」


 ベットに寝転がり天井を見上げる。


「ふあぁぁ……」


 大きなあくびをして、炎真はそのまま目を瞑った。


 しばらくして、蒼井がお風呂からあがった。


「ふぅ……あれ?炎真寝ちゃった?」

「……」

「夜ご飯の時間……」

「……」

「……」


 このまま寝かしてた方がいいかな、そう思い蒼井は炎真を置いて学食ルームへと向かう。ガチャりと扉が開き閉じる、その音を聞いて炎真は目を開けた、どうやら狸寝入りをしていたようだ。


「……チッ」


 炎真は起き上がりカーテンをガバッと開けた。


 木々の隙間から見える三日月、ただそれだけ、炎真は何かの気配を感じたのだろうか、左右を見るが別に何も居ないし無かった。


「……めんどくせぇな……」


 カーテンを閉めまたベットに寝転がる。


 そしてまた目を瞑った。


 ……


 気がついたらそのまま眠ってしまっていたようだ。身体を起こし目を擦る、したらグゥ……と腹の虫が鳴った。


「腹減ったな……」


 時間は11時、学食はもう終わっているだろう、狸寝入りせずに行けばよかったなと思っていると炎真の机の上に何かが置いてあった。


 それはおにぎり3つ。それとメモ書きが置いていた。


『お節介かもしれないけど、起きてお腹すいてたら、おにぎり作ったからよかったら食べてください。翼』


「……ほんと、お節介なやつ」


 そうボソリと呟き立ちながらおにぎりをつかみ口に入れた、いい塩梅に塩が効いていて美味い。


 食べ歩きながら寝ている蒼井に近づき見下ろした。


「ほんと、見ててうぜぇ奴……ばーか」


 おにぎり3つ全て食べ、腹が少し満たされたのを感じベットに行きすぐに眠ってしまった。


 翌日、蒼井はシャワー音で目が覚めた。


 おにぎり食べてくれたかな?と思い身体を起こし炎真の机を見るとおにぎりが無くなっていた。食べてくれたんだ!と嬉しく思った。ふいに自分の机に目がいくと紙らしきものが置かれていた。


 眠い身体を起こし自分の机に置かれている紙を見る。


『ありがとう』


 そう殴り書きされた紙が置かれていた。炎真が書いてくれたんだ!蒼井はその紙を手に取りにんまりと笑った。


 初めて“ありがとう”って言ってくれた。嬉しい。


「なに突っ立ってんだよ」

「へぁ!?」


 風呂から上がり学ランに着替え終わっている炎真が後ろに立っていた。

 

「……オマエ今気持ちわりぃ顔してんぞ」

「え?え?」

「ニヤニヤしやがって……うぜぇ奴」


 そう言い残し炎真は部屋を出ていった。


 やっぱり口の悪さは相変わらずなんだな……と嬉しさと悲しさに挟まれ複雑な気持ちになった二日目の朝を迎えるのであった。

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