第7話 すり合わせ(2)

「さっきも確認としていくつか国の名前を出しましたが、俺の出身地は地球の日本という国です。

 でもクリスティーナは聞いたことがないという。

 逆に俺の方は、創造神クリメントが作ったというアラルドという名の世界もサグラスランド王国という国も知りません」


「ああ、そのようだな。

 だが、それだけであれば単に未開の地から出てきたというだけの話になるのではないか?」


「うーんと、この世界ではどうなのかは知れないですが、基本的に地球に未開の地というものはないんですよ。

 いや、正確に言えば人の入ったことのない土地というものはあるのかもしれませんが、少なくとも国という規模の土地を見落とすことはあり得ません」


「本当にそんなことが言い切れるのか?」


「ええ。

 この世界にも世界地図はあるかと思うんですが、地球だとそれが衛星、はるか上空から地上を観察する装置によって余すことなく確認されているんですよ。

 なので、細かいところまではわかりませんが、基本的に国レベルでなくても集落レベルの規模があれば、それが地下や深い森の中で隠れ住んでいるのでもない限り見落とすことはないです。

 サグラスランド王国というのは、別にそういった国ではないのでしょう?」


「そうだな。

 サグラスランド王国は大陸北西部にある人の領域の三分の一を占めるほどの大国だ。

 地下や森の中に隠れ住むような国ではない」


 そう言うと、クリスティーナはあごに手を当て、考え込むようにうつむく。

 それを見ながら、カバンから水を取り出してのどの渇きをいやす。

 一応、飛び出た崖の陰に入っているとはいえ、この暑さの中では水分補給は大切だ。

 ちなみに、クリスティーナの方は先ほどの泉から皮袋に水を入れて持ってきている。


「ふむ、確かにカズトの話を信じるのであれば、異世界というものを考えたくもなるかもしれない。

 だが、私としてはその前にカズトの頭の方を心配したいところだ。

 先ほどの話によれば、カズトは遭難してここにたどり着いたのだろう?

 であれば、言い方は悪いが、頭をぶつけるなりして記憶やその他がおかしくなっているだけという方がよほど信じやすい」


 おぉぅ。

 しばらく考え込んでから口を開いたかと思えば、なかなかなことを言ってくれる。

 だがまあ、向こうからすれば俺のことが頭のおかしくなった狂人に見えても仕方ないのかもしれない。


「……まあ、怪しいのは認めましょう。

 だからと言って、どうやって証明したものか……。

 言葉や知識だけだと証明にならないし、持ち物に関しても着の身着のままになっていたしなぁ」


 そう言ってから、無意識に伸ばした手の先を見て気づく。

 ペットボトルの水ってこの世界に存在しないんじゃね、と。

 さらに言えば、服装についてもそれなりに違いがあるように見えるし、自分のものではないがスマホも確保していたじゃないか。


「クリスティーナ!

 この水とかどう?この世界には存在しないんじゃない?」


 気づいた事実を勢い込んで尋ねる。

 だが、返ってきたのはクリスティーナの苦笑いだった。


「いや、先ほどから珍しいもので水を飲んでいることには気づいていた。

 確かに現在の技術ではそのような薄く透明な容器を作るのは難しいが、かつて存在したアンセラル王国ではそういったものも作られていたんだ。

 だから、その水だけを見て異世界というものを信じることはできない」


「あー、じゃあこの服とかも?」


「ああ、確かに少し変わった服装だが異世界というものを信じるほどのものではないな」


 まあ、そうか。

 俺の服装は、ジーパンにTシャツといった格好に半そでのシャツを羽織った状態だ。

 クリスティーナの格好と比較するとずいぶんと差があるように思えるが、彼女が追放された状態にあることを考えると着ている服も囚人服的な物なのかもしれない。

 少なくとも一国の王女様が着るような服には見えない。


 だが、俺には切り札がある。

 我らが文明の利器であるスマホが。


「じゃあ、これっ!!これならどう?」


 そう勢い込んでポケットに突っ込んでいたスマホを取り出す。


「鉄板?」


「いや、鉄板じゃないよ。

 スマホ、スマートフォンっていう名前の機械、道具だよ。

 ほら、こうやって電源を入れると使えるようになるんだ」


 明らかに反応の鈍いクリスティーナに対し、電源を入れたスマホの画面を向ける。

 今気づいたが、このスマホにはメーカーなりブランドなりのロゴなんかがついていない。

 起動時のホーム画面も時計とメニューボタン、電話、メールというシンプルなものだし、持ち主はごちゃごちゃしたものが嫌いだったのかもしれない。


「おおっ、明かりが点いた」


 驚いたような声を出してこちらの顔を見るクリスティーナ。

 その様子を見てこれなら大丈夫そうだと安堵する。


「良かった、さすがにスマホみたいな道具はないんだね」


「あっ、いや、明かりが点いたことには驚いたが、別に似たようなものがないというわけでは……。

 各種ギルドで発行されるギルドカードはそれと同じようなものだし、王宮でも騎士や官僚、貴族たちの身分証には同じようなものが使われている」


「あるのかよっ!!」


 申し訳なさそうに告げられたクリスティーナの言葉に、つい言葉を荒げてしまう。

 スマホならいけると思ったのに……。

 けど、これがダメとなると本当にどうしようもないぞ。

 さすがに今の手持ちでこれ以上異世界というか地球っぽいものは持っていない。


 後は、スマホ内のデータに何か地球のものであることを証明する何かがあることを期待することくらいか。

 水と乾パンと一緒に放り込まれていた以上、期待薄な気がするが。


 そんなことを考えつつ、スマホのメニューボタンを押す。

 相変わらずというか、異世界であれば当然だが、アンテナは立っていないので、通話機能を使って証明することはできない。

 なので、スマホのカメラで撮られたかもしれない写真データが目的だ。



「インストールされているアプリは、と。

 “女神セレクト”?“女神マップ”?

 ……なにこれ?」


 表示されたメニュー画面の上部には“女神セレクト”と“女神マップ”という初めて見るアプリのアイコンが並んでいる。

 間を空けて下の方にはカメラやメモ帳などのアイコンがある。


 ……“女神”という言葉に嫌な予感を覚える。

 クリスティーナはさっき自らを女神リリーダの巫女だと名乗っていた。

 そして、ここはおそらく異世界であり、何故か都合よく俺の倒れていた近くに落ちていたカバンに入っていたスマホ。

 さらに、その中には“女神”を冠したアプリが2つ。


 今さらだけど、このスマホって地球製じゃないのではなかろうか。

 ペットボトルに入った水や缶詰の乾パンが一緒にあったから疑うことはなかったけど、異世界に転移したと思しき俺のそばに落ちていたカバンがなぜ俺と一緒に転移してきたと言えるのか。

 もともと俺の持ち物であったのであればまだ可能性もあったのかもしれないが、これはどこの誰が用意したかもわからないものだ。



 “ピロン”



 そんなことを考えていると、スマホからメールの着信を告げる音が聞こえた。

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