第5話 彼女の事情

「おい、大丈夫か?」


 空を見上げて放心していると、さすがに心配になったのか彼女が声をかけてきた。


「あぁ、すいません。

 大丈夫です、ちょっと現実を受け入れたくなかっただけです」


 とりあえず、異世界転移だか、異世界転生だかをしてしまったものとしてしばらくは行動してみよう。

 転生というには肉体が元の体のままな気がするので、異世界転移かな。

 まあ、どっちでもいいか。

 今は目の前の彼女から情報を仕入れよう。

 そう気を取り直し、目の前の彼女に視線を向ける。


「ならいいが……。

 まあ良い、それよりも私の名を伝えていなかったな。

 私はサグラスランド王国の第2王女にして、サグラスランド王国第4騎士団団長、そして女神リリーダ様の巫女であるクリスティーナ・フォン・サグラスランドだ」


「!?」


 えっ、この人王女様なの?

 というか、王女様に加えて、騎士団の団長で女神の巫女とか設定を盛り過ぎじゃない?

 いや、王がいるような君主制の国であれば地位の高い人が色んな役職を兼任するのはそれほどおかしくもないのか?


 まあいいか。

 そんなことよりも今問題なのは別のことだ。

 さっき俺は、この王女様にして騎士団長、そして女神の巫女である女性の裸を見てしまったんだが。

 ……なんだろう、やっぱり処刑とかされてしまう感じなんだろうか?

 ん?


「というか、さっきここは流刑地だと聞いた気がするんですが。

 王女様でも流刑地に送られることがあるんですか?」


「っ!?

 そんなことはお前には関係ない」


 おや?触れられたくない話題なのか?

 可哀想だけど、少しつついてみるか。


「いや、関係ないことはないでしょう。

 もし貴女が犯罪者であるというのであれば、こちらとしても身を守るための心構えが必要になりそうですし」


 そう言ってみたものの、彼女が流刑地送りになるような悪人には見えないけどね。

 王女様な上に他にも役職がついているから、政治的な絡みで流刑地送りになったという可能性が高そうかな。


 まあ、もし彼女が本当に悪人だった場合はどうしようもないんだけど。

 さっき押し倒されたときにわかったけど、情けないことにどう考えても俺じゃ彼女に腕力で勝てないんだよね。

 騎士団の団長という肩書は伊達ではないみたいだ。


「……私がここに送られたのは、魔の森の開拓に失敗した責任をとるためだ。

 別にお前が思うような犯罪者というわけではない。

 それに、ここは普通の犯罪者が送られるような場所ではなく、処刑することがためらわれるような者が送られる場所だ」


「いや、だったら一般人である俺が流刑地に送られれてきた罪人だという認識はおかしいんじゃ……。

 というか、開拓の失敗の責任?」


「そうだ。

 お前とて世界中で魔素の乱れが大きくなっていることは知っているだろう?

 その影響で魔大陸に近い北のノレイク帝国がきな臭い動きを見せていてな。

 すぐに戦争ということにはならないだろうが、国力を蓄えておくためにも魔の森の開拓が計画されたわけだ。

 ……まあ、失敗に終わってしまったんだがな」


 そう言って遠い目をする王女様。

 魔素の乱れと言われても俺は当然知らないわけなんだが、まあここは流しておくか。


「うーん、開拓に失敗したというだけで流刑地に送られるほど厳しい国なんですか?

 いや、だけっていうほど軽いものでもないんでしょうけど、なんとなく減給とか左遷とかで終わりそうなイメージだったんで」


「……私以外が責任者であれば確かに左遷程度で済んだだろうな。

 だが、自分で思っていた以上に私は兄上や周りの貴族たちに疎まれていたようだ。

 気づけば開拓の失敗だけでなく、小さなものから大きなものまで色々な罪が積み上げられていたよ。

 一時は処刑という話まで出たようなんだがな、父上の情けなのか罪をでっち上げた連中の負い目なのかは知らないが、結局は流刑地送りということになったようだ」


「あぁ、何というか大変だったんですね……。

 でも、王女様ということは、父上は王様なんですよね?

 だったら、でっち上げられた罪についてはどうにかしてもらえたんじゃないんですか?」


 まあ、ここにいる以上ダメだったんだろうな、と思いつつ気になったことを聞いてみる。

 だが、王女様の表情がすべてを諦めたようなものになってしまったので、質問したのは間違いだったのかもしれない。


「確かに父上に懇願すればどうにかなったかもしれない。

 だが、もはやどうでもよくなったんだ。

 国のため、民のために王女として、騎士としてやってきたはずが、気づけば民たちから石をぶつけられ、口汚くののしられることになっていた。

 兄上や姉上、中央の貴族たちからは疎まれ、辺境の貴族たちからは支持されても、結局は中央の貴族たちに対抗するための旗印とするためでしかない。

 挙句、今回の件で抵抗すれば唯一の味方である部下たちにも手を出すと言われる。

 もう疲れたんだよ。

 王女としての責務も騎士としての責務も、すべてを捨ててひっそりと消えたくなったんだ」


 沈痛な面持ちのままうつむきがちで語る王女様。

 諦めるのが早すぎると思わなくもないが、この表情を見るに今回の一件だけというわけでもないんだろう。

 恐らくは色んなものが積み重なった結果、今回のこの諦めということになったんだと思う。


「……」


 声をかけることができず、重苦しい空気のまま時間が流れる。

 王女様から目をそらすように空を見上げると、今の状況とは裏腹に恨めしいほどにまぶしい空が見える。


 ……あぁ、なんでこんなことになっているんだろうか。

 ここが異世界だというのであれば、チートだとかハーレムだとかそういったものを用意してくれればいいのに。

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