第2話 探索

「……暑い」


 照りつける太陽の下、砂浜を歩き続ける。

 とりあえず救助が来るまでの寝床というか拠点となる場所を探すため、今は右側に見えた岩っぽい何かを目指している。

 岩山なのか崖なのかはわからないが、身を休められるような洞穴でも見つけられればという考えだ。


 一応、森の中に入ってみるということも考えたのだが、ひとまずやめておいた。

 水と乾パンを手に入れたことでとりあえずの食料が確保できているということもあるし、素人が何の準備もなしに入っても遭難するだけになりそうだというのもある。

 まあ、一番の理由は森が怖かったからなんだが。


 確かに森の入り口付近は日差しも入っていてそれなりの明るさがある。

 だが、そのさらに奥に目を向けるとほとんど光が入っていない。

 人の手が入っていない鬱蒼とした森であることを考えると当然な気もするが、それ以上に何か言葉では言い表せられない不気味さを感じた。

 なので、自分の直感に従い、もう一つの選択肢である岩場を目指すことにしたのだ。


 一応、移動する前に定番の“SOS”の文字は砂浜に残しておいた。






「つーか、遠い……」


 延々と歩き続ける疲れと容赦なく降り注ぐ日差しに耐え切れず、持っている水に口をつける。

 この暑さのせいでぬるくなっているが、のどの渇きをいやすには十分だ。


「あー、やっと乾いたか」


 水を飲むために立ち止まり、Tシャツの裾をパタパタとあおいで風を送る。

 服を着たまま海に飛び込んだせいで、歩き始めたときには肌に張り付いて気持ち悪かったのだ。


「服着たまま海に飛び込むとか、何考えてんだよ俺は。……まあ、何も考えてなかったからそんなことをしたんだろうけど」


 自分で言っておきながら、勝手にへこんでしまう。

 今の俺はTシャツにジーパンといった格好に、半そでのシャツを頭からかぶっている。

 飛行機に乗っていた時にはシャツを羽織っていたはずだが、海に飛び込むときに邪魔だと判断したのか、シャツだけは乾いた状態で砂浜に放り出されていた。


 所持品については、先ほど砂浜で拾ったカバンから得た物だけだ。

 飛行機に乗っていたときには、腕時計を身に着けていたしはずだし、財布やスマホも持っていたはずなんだが、気づいたときにはなくなっていた。

 恐らくはここに流れ着くまでに失ったんだろうが、腕に着けていた腕時計がなくなるとか、墜落してからどんな状態だったのかを知るのが怖いくらいだ。


「11時か」


 ジーパンのポケットに入れていたスマホで時刻を確認してつぶやく。

 カバンを拾ってすぐに確認したときは10時前だったので、おおよそ1時間ほど歩き続けてきたことになる。

 空を見上げると太陽が真上近くにあり、そろそろ日中で一番暑くなるころだ。

 だが、目指す岩っぽい何かまではまだまだ距離がある。

 なんとなく後ろを振り返り、前後に果てしなく続く砂浜にげんなりとしながら再び歩き出した。






「やっと着いた……」


 歩き続けること体感で2、3時間。

 実際にスマホで確認してもそれぐらいの時間で、ようやく目指していた岩っぽいものへとたどり着いた。

 近づいているときに気づいていたが、見えていた岩っぽいものは海岸線に突き出た崖だったようだ。


「うん?」


 ひとまず歩き続けて疲れた足を休めようと、休むところを探しているとそれに気づいた。

 積み上げられた石の山とそこに立てかけられた鉄板と焼き網に。


「おおっ!?」


 最初は動物か何かが石を積み上げたものだと思ったが、鉄板と焼き網の存在が人の手によるものであることを示唆している。

 目覚めてから初めて見つけた人の気配に嬉しくなり、急いで駆け寄る。


 近くで確認すると、やはりというか積み上げられた石の山は竈だったようだ。

 石の囲みの中に何かを燃やした痕跡がある。

 火が残っていたり、熱さを感じたりすることはないが、鉄板と焼き網の状態を見るにそう長い間放置されているということはないだろう。

 素直に考えれば、俺と同じように流れ着いた人が一足先にサバイバル生活を始めているということではなかろうか。

 ……いや、それにしては年季が入りすぎているか。


「とりあえず、魚を生で食べるしかないという状況は回避できそうかな。

 ……いや、火をおこす手段がないのか」


 これからの食生活に希望が見えたかと思ったが、そう甘くもないらしい。

 まあ、別の誰かがいるのであれば、この竈の状態を見るに火をおこす手段を持っていそうではあるが。

 そんなことを考えつつ、他にも何かないかとあたりを見回す。

 すると、視線を少し奥に向けたところで崖をえぐるようにして存在する洞穴が目に入った。


「寝床か?」


 ここからでは入り口付近しか見ることができないが、竈との位置関係を考えるに、いかにも寝床として使っていそうな場所だ。

 一応、他にも何かないかと見回しつつ洞穴へと近づくが、大して距離がなかったこともあって何も見つからない。

 さらに、期待して覗いた洞穴の中にも、これといったものは置かれていなかった。


 住人はもちろんいなかったし、中にあったのは古ぼけた毛布1枚と薪にするのであろう木の枝だけだ。

 しかも洞穴の広さも大してないようで、広さとしては6畳程度だろうか。

 ただ、入り口の上の崖が飛び出るように突き出ているので使える場所自体はそこそこありそうではあった。

 竈が作られていた場所も、離れてはいるが崖から突き出た屋根の範囲内に含まれているし。



「さて、どうしようかな」


 長時間歩き続けたことで疲れてはいるが、人の痕跡を見つけたことで少し元気が出てきた。

 なので、もう少し周囲を探して他の人がいるかどうかをはっきりさせておこうかという気にもなってくる。

 先に休んでから行動すべきという気もするが、探しに行ける場所もあまりないようなので先に済ませておこうかという気にもなる。


 周囲を探す候補としては、森側、崖の上、海側だ。


 森側には人が入りやすいように草木が打ち払われた痕跡があり、そうして作られた道が森へと続いている。

 だが、やはり森へと入るのはためらわれる。

 流れ着いた場所から見えた森に比べればマシに見えるが、不気味なものは不気味なのだ。


 次の候補は崖の上になるわけだが、崖の上はそもそも無理だ。

 崖を見ると、崖を登るための足場にできそうな凹凸がいくつもあることがわかるが、あいにく俺に崖を登るような技術なんてない。

 あと、誰かがいたとしても崖の上に登っている可能性は低い気がする。


 となると、残るのは海側だ。

 海側の砂浜から来たのに今更どこを探すのかと思うかもしれないが、延々と続いていた砂浜を遮るようにそびえたつ崖の前には、潮が引いた影響か岩場が露出して奥へと続く道のようになっているのだ。

 なので、崖の向こう側を確認するということが可能になっている。


「……まあ、単純に崖の向こうも気になるし、見るだけ見に行ってみるか」


 そうつぶやいて、崖の向こうへと続く岩場へ足を踏み出した。

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