最終話 飽和

7月31日。あの子の誕生日。茹だるような暑さに私はおかしくなりそうだった。あの子が死んで、私にはもう何も残されていなかった。視界が色褪せて、音が荒み、匂いは何もわからなくなってしまった。ただ、色とりどりだったあの子との想い出だけは大事にしておきたい。けれど、その想い出までが色を失いそうになっている。あのときのメッセージ。落ちていたキーホルダー。棺桶の中で微笑むあの子。考えても二度とあの子は戻ってこないというのに、蝉が鳴く度にフラッシュバックして他に何も考えられなくなる。あの子は花瓶を置いたのが私だって、きっとわかってた。だから敢えて、死ぬ前に色んな意味を込めたあの5文字を送ってきたのだ。ああ、まただ。またあの子に支配されている。まずい。___いや、もういいや。あの子が居ない世界なんて生きてたくもないから。あの子がいるところに行けるのなら。ついに、今まで必死に取り繕おうとしていた本能が狂い始めた。全てを投げ出したい。泥のようになってしまいたい。消えたい。消えたい消えたい消えたい消えたい消えたい消えたい消えたい消えたい消えたい。ゲシュタルト崩壊でも起きそうなくらい、本当の思いを自分にぶつけ続けた。

 今日もあの踏切に捕まり音楽を聴いている。あの子が1番好きだと言っていた曲だ。全く、しばらくはあの子のことを考えるのをやめられそうにない。はあ、しょうがないなあ。「君は友達。」もう思い出したくもないはずの言葉を脳内で反芻した。その瞬間、信じがたい、でも、世界で1番好きで好きで堪らない人の姿を見た。透明ではあるが、たしかに見える。あの子だ。私の天使だ。

わたしときみ、二人一緒なら怖くもなんともなかった。

 あ、電車が来る。でも私は一刻も早くあの子に会いたかった。話がしたかった。笑い合いたかった。この電車が通り過ぎたら、消えていってしまうような気がして。嫌だ、嫌だ、嫌だ、待って、行かないで、私とずっと一緒に居て。ときみは笑った。だから私は___。

踏切へと一歩、飛び出した。

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透明 よこやまみかん @orange-range

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