第五話 しみったれとくそったれ③

 ***


「有り得ん……こがいな山奥に村が……」


「どするっすか兄貴? もう目立っちゃってるっす」


 村に入るや否や、周りを見渡しながらげっ歯目ハンターのミオカストルがムステラを見上げる。


「よそ者が珍しいんじゃろ」


 祭りの準備で忙しい村人達は一時的に手を止め、じっと観察している。その物々しい雰囲気を意に返さず、ムステラは精悍な若者へ近づいていき、動物の牙などで出来た首飾りごと首を掴み上げた。


「こんにちはぁ! 白い長い髪のメスガキと、明るいオレンジ髪のメスガキ見んかったぁ?」


 大の大人がつま先を浮かせる程の膂力。首が締まり、苦し気に眉が寄せられる。敵わないと屈した青年は、アナテナスの家をプルプル指さす。


「ありがとさん」


 どさっ


「あっ悪魔や……」


 怯えきった目の端には涙が浮かんでいた。


「お前らも隠し立てたらマジやったんぞオラ!」


 赤茶色オールバックの小柄なハンターであるギャルラックスが、周囲で見ていた村人達を非常に大きな声で威嚇する。一番初めに一番強そうな青年を御した事で、他の村人達はよそ者を排する出鼻を挫かれてしまった。




 ***




 荷物を纏める為、慌ただしく家中を走り回る。失った石鉈の代わり、調理用の石包丁、土鍋、木匙、幾つかの布や下着、唐辛子で作った虫よけ、包帯、エトセトラ、エトセトラ――


「ねぇ、村の大人達は狩猟もするんだよねぇ!」


 そこへ銀髪少女が呼びかけてきた。


「するけど?」


「私達は南西に出る訳だから、明後日の方向に出たと思わせたい。北か東か」


 村や村人に興味津々だったのは、単なる観光気分からだけじゃなかったらしい。


「北にあるおっきいひび割れがいっちゃん近いで」


「ありがとっ」


 言うや否や銀髪少女は家を裏口から飛び出した。周囲を注意深く確認しながら、北の出入り口まで走っていく。森へ入ると、暫く茂みを踏みつけたり枝を折ったりして、今度は足跡の隣を後ろ向きに同じ歩幅で走って帰った。


 裏口に辿り着く寸前、村の入り口で揉めているハンター達に気付いた。丁度青年がこの家を指さしたところだった。


「やばっ」


 咄嗟に家の中に入り、家主の姿を探す。


 家を出る瞬間を見られてしまえば、折角の工作も水の泡。かといってこのままじゃ、どう出て行っても気付かれる。


「ねぇ、まっずい事になったよ!」


「村まで来ちゃった?」


 焦る銀髪少女に、最悪を想像して言うと、


「もうそこまで来てる!」


「まっずぅ!」


 慌てて木窓の隙間から覗くと、確かにハンター達が三人、真っ直ぐこちらへ向かってきている。


「普通に裏口から出てもダメ。正面は絶対ダメ――」


 少女は顎に手を添えながらおろおろ歩き回る。


「俺かくれんぼ得意やで」


「床剥いでまで探すに決まってんじゃん!」


「ほな無理!」


「何か目を引くものさえあれば……!」


 二人して頭を抱え、何かないかとうろつく。そんな中、俺は唐突に顔を上げた。


「火……」


「……え?」


 どたどた走っては、布団や座布団を抱えて壁際に集めていく。


 そして、棒と棒をクロスさせねじった紐で回転させる火起こし器を片手に言った。


「火ぃ着ける」


 震える声で言った。


「いいの?」


 正気を疑われるより、覚悟を問われるより早く、俺はもう棒を押し始めていた。


 銀髪少女は目を丸くし、次いで笑み、声を上げる。


「私は――るんだね?」




 ***




 もくもく……


 木窓の隙間や玄関口から、煙が立ち昇っていく。


「兄貴、あれ……」


 ムステラは飛び出す程目を見開いて、


「奴ら火ぃ着けよった!」


「消すっす!」


 げっ歯目ハンターがサブの水属性エッチャーを持って走っていこうとするが、その背中を掴む。


「もう遅いわ!」


 外までこれだけ煙が漏れているということは、家の中はもう大火。常用級のエッチャーじゃ消火は間に合わないどころか、無理に近づけば思わぬ爆発物や倒壊に巻き込まれるかもしれない。吸っちゃいけない煙だってある。


「周囲を探せ! まだ発ってからそう時間空いとらんはずじゃ!」


 足跡でも髪の毛でも何でもいい。手がかりさえ見つかれば、どこへ逃げようが見つけ出せる。確かな経験と実績に裏付けられた自負がある。


「あったっす! 裏口から北に向かって子供の足跡が二つ!」


「よし! すぐさま追うでぇ!」


 部下二人と共に全力で駆ける。だが、


「やられたぁ……! あのガキの事がなんもわからん……!」


 わしらの目を引き付けると同時に、この家で何をしよったのかの一切を隠滅しよった!


 鬼ごっこは体力戦に見せよる情報戦じゃ。ターゲットが謎だらけなら、ケアすべき選択肢が膨大に増え、追う速度も格段に落ちる。


 どがいなエッチャー持っとんのかもわからん!


 それが好手じゃとしても、自分の家に火を放てる異常者か……


「何もんなんじゃあいつ……!」




 ***




 バチバチ、ゴウゴウ……


 燃え盛る炎の音の奥で、ハンター達が遠ざかっていく音が聞こえた。


 銀髪少女が突貫工事で掘った浅い穴に、窒息しないよう仰向きで俺が寝そべり、更にその上に蓋をするように、銀髪少女がうつ伏せで被さっている。荷物は掘った時の土を被せて火から守っている。


「苦肉の策とはいえ、人を騙すなら身を削ってこそだねやっぱ」


 まさかまだ家の中に潜伏しているなど露ほども思わせなかったことに、銀髪少女が

してやったりと笑う。しかしぐるりと火に囲まれた今、もう完全に燃え尽きて鎮火するまで外には出られない。今日一日の度重なる酷使で、ツインヘッドアオダイショウエッチャーも碌すっぽ能力を使えないからだ。


 膨大な熱を感じる中、少しでも逃れようと銀髪少女が身を押し込んでくるが、これ以上押せば俺とエッチャーが圧死してしまう。


「押しすぎ潰れるぅ」


「じゃあ替わろ?」


「絶対背中暑いからやろ嫌!」


「人一人分じゃ何も変わらないよ」


「そんなん言うなら熱は上にしか行かんから燃える心配はいらんよ」


「じゃあもっと下に行かなきゃね!」


「押しすぎ押しすぎ死ぬ死ぬ死ぬ!」


 俺が替わる気なしとみるやぐいぐい体を押し込んでくる。


「大丈夫⁉ いつでも替わるよ?」


 それを見て、慈愛の表情で言ってくる。


「マジで大っ嫌いこのくそったれ!」


「うるせぇとっとと替われこのしみったれ!」


 バキバキ


「っ!」


 その時、仰向けだったからこそ、炎に飲み込まれた柱が限界を迎え始めた事に気付いてしまった。


「替われ‼」


 そして気付いた瞬間にはもう、銀髪少女を自分の下に押し込んでいた。


 バキバキバキバキ、ドゴーン!


 柱が倒れ、天井が落ちてきた。


「ん゛っ‼」


 発火してはいないものの熱を孕んだ角材が背中を打ち、ジュウゥっと肌が溶けていく。


「っっっつぅぅぅぅぅ……!」


 一年分は出たんじゃないかと思うくらいの汗とは別に、脂汗が顔に滲む。握りしめる拳には爪が食い込み、歯が欠けてしまう程食いしばる。


「ぅぅぅぅぅぅ……!」


 それでも腕にぐっと力を込め、銀髪少女が潰れてしまわないように耐える。


 銀髪少女はそんな俺の顔を見て、思わず声を荒げた。


「なんで……なんでそこまで……! 君は私が巻き込んだんだよ⁉」


 本来ならそうまでする義理は無い。寧ろ敵として恨まれて当然の存在だ。理解できないものを前に、銀髪少女は酷く困惑する。


「気にすんな……元々、無いような命や」


 奥歯を噛み締めながらの引きつった頬で呟かれた言葉に、


「……なにそれ……?」


「それに……」


 今だ疑問尽きせぬその顔に、精一杯の笑顔を向けてやる。


「男前やろ?」


 その言葉は、銀髪少女の胸にすっと指を入れ、じんわり淡く溶け込んでいった。


 バチバチ……バキバキバキバキドゴゥン!


 更に限界を迎えた幾つかの柱が倒れ、とうとう二人を覆い隠した。




 ボーチャンは村中大パニックになっていた。突如よそ者を連れて帰ってきたアナテナス。更に現れた悪漢共。そして今や完全に燃え尽きて、燃え残った土壁や灰や炭だらけとなったアナテナスの家。祭事の準備など忘れた村人達が、その周りを取り囲んで話し合っている。


「やっぱ悪魔憑きやったんや」


「よそ者なんか連れてきたで、バチ当たったんやろ」


「当然の報いや」


「逃げてったんか燃え死んだんか知らんけど、清々するわ。もう帰ってこんとってくれ」


「兄ちゃんがかわいそやわ! あんな怖い男共に絡まれて、まだ泣いとんもん!」


 もこっ……もこっ……


「だぁらあああぁぁぁぁ‼」


「わっしゃあああああああ‼」


 その時、被さっていた土壁やらなんやらを荒々しく押しのけて、アナテナスと銀髪少女が現れた。


 村人達は驚愕に言葉を失っているようだ。それを意に返さず、髪や服に入り込んだ灰や土を払いながら真ん中を突っ切っていく。


「くんな……さっ触んなよ……病気移っちゃう」


 怯えた目で後退る村人に対しても、特に何を言うでもなく突っ切っていく。


「酷い言われようだったね」


「ええわもう、耳にタコ出来とる」


 そう言って耳元に持って行った手をうにょうにょ動かすと、銀髪少女は楽しそうに

笑う。


 横一文字の背中の火傷があるせいで、焦げ目のついた服は敢えて脱がずに、バックパックを抱っこするように持つ。


 普通にバックパックを背負った銀髪少女が「持つよ?」と声をかけてくる。


「ええよ、大丈夫」


 そんな会話をしながら村を横断していく。


「……帰る家も、思い出も、村とのしがらみも燃え尽きたんや……誰に言われんでも出てくわ」


 吹っ切れたような台詞を、まだ吹っ切れていない笑顔で言う。


 それが頭に残っていたのか、東側のひび割れをくぐり森へ入ろうという直前、


「そういや自己紹介もまだだったね」


 俺に向き直り、


「火神帝国アップルグッド領領主メガロ・ペテロヌラ家の末娘、フィイア・メガロ・

 ペテロヌラ。どうぞよろしくね」


 実に貴族らしい口上を、実にフレンドリーに手を差し出しながら言う。


「……アナテナス・オニソチンチャス」


 貴族が何なのかなんてわからなかったし、馴れ馴れしいのも気に食わなかったけど、それでも大っ嫌いなその手を握り返す。


 するとフィイアはにかっと笑顔になった。


「これから長い旅になるね」


「火傷痛いで無理かもなぁ」


 「あ~楽しみ」と気楽なフィイアに、皮肉を込めて言ってやる。


「長持ちしてよぉ囮なんだから」


 フィイアは意にも介さぬ様子で。


「くそったれ」


「しみったれよりまし」


「はぁ……なんでこんな奴助けたんやろ……」


 何が楽しいのかカラカラ笑っているフィイアが「まぁ元気出せよ!」と言ってくる。


「元気もくそも、前途めっちゃ多難やん」


 火傷も、未知の森も、凶悪なハンターも……十一歳の子供二人に何が出来るのか? どこまで出来るのか?


「尚更さ」


「なんで?」


「だって、世界は美しいから!」


 大きく手を広げ、そう言った時のフィイアの目は、他のどれより輝いていた。


「……くそったれ」


「しみったれよりまし! にしししし!」


 その大っ嫌いな笑顔を充分すぎる程綺麗に感じたと、この口角が教えてくれていた。

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