第一章 旅路には目一杯の幸あれかしと

第三話 しみったれとくそったれ①

「おっ……」


 驚きに口を開いたまま、俺は山小屋程の巨大な卵に擦り寄って、ぺちぺちと確かめる。


「おぉ……」


 とても硬質で、中身がぎっしり詰まっているかのような重厚感ある音だ。外気に比べればひんやり冷たく、淡い光を放っているとはいえ夜間でもそう目立つ程の光量じゃない。


「……ぉお?」


 周囲に人が踏み入った形跡は無く、いくら大きくとも木々の背丈を越していないことから、誰かに見つかっている可能性も低い。


「おぉう……」


 卵から生まれるクリーチャー、エッチャー。その強さや価値は卵の大きさに比例する。村で扱っているエッチャーは、精々拳大から人の頭くらいの卵から生まれたと聞く。比べてこれだけの巨卵……


「村一の狩人んなって毎日ご馳走三昧――」


 『やーい失敗作!』『絶作』『お前が末代!』……


「意地悪なあいつらも見返せるし――」


 『じゃ~ん! 今日はアナスの好きな猪肉鍋ぇ~』『アナス、遊びは本気やともっと

おもろい!』


「それに……二人を、探しに行ける――」


 …………。


「カッキーン……人生一発逆転ホームランや……!」


 沈み切っていた表情に、ようやっと野心の火がついた。


 ガサガサッ


「っ‼」


 腰に差した石鉈に手をかけ、茂みを凝視する。野生動物か、野生エッチャーか……前者なら吉、後者なら凶。今からじゃ身を隠す事もできない。


 ごくっとただ生唾だけを飲み込んだ。


 影から現れた者の身長は百三十センチメートル程。スク水やレオタード等のピチッ

とした服が似合うスレンダーな体型を、機能性重視の作業服が覆う。暑いのか開けた

胸元から覗く、シャツに起伏をつけない膨らみかけの胸。日光がよく似合う小麦色の褐色肌には沢山の汗と土汚れと小さなひっかき傷を浮かべ、帽子の下から臍くらいまで伸ばした柔らかい銀髪ロングを躍らせる。同年代くらいの幼さの中に、叡智と生意気さを混ぜた雰囲気の女の子だった。


「えっ……」


 どう見ても村の子供じゃないし、この辺りに他の村は存在しない。子供一人でこんな場所まで来たのなら、肩に乗るツインヘッドのアオダイショウっぽいヘビエッチャーは相当強力。どう考えても激ヤバの訳アリ。


「君の卵?」


 深層心理を射抜くような大きく力強いショッキングピンクの瞳とヘビエッチャーの縦の瞳孔が、こちらをじっと捉えている。


「どいてねっ、それ私のだから」


「っはぁ⁉ うわっちょっ」


 驚きすらどうでもいいと、無理やり巨卵の前から押しのけられた。


「俺が先見つけたんやけど!」


「思ったより冷たい……日光が殆ど当たってないからか……」


「俺が先見つけ、」


 ガッ


 その時、銀髪少女が思いっきり巨卵を蹴った。突然の事に驚かされたが、勿論巨卵はピクリとも動かなかったし、


「いい硬さ、いい硬さだぁ……骨に響く……」


 痛そうに涙目で足をプラプラさせている。


「これは動かせない……隠せる? いや……」


 それでもブツブツ自分の世界に入って考え続ける銀髪少女に、


「え、耳なし芳一?」


 本当に聞こえてないのかと言ったその瞬間、ぎょろりと視線が向けられた。


「……君の水エッチャーは?」


「無視えぐないっ⁉ 会話不能者なん⁉」


 風鈴の如く可憐な声とは対照的に、


「野生に散らされた?」


 恐ろしいプレッシャーを感じる。


「散ら? あぁいや、最初っから連れてへん」


 この猛射の中帽子も水筒もエッチャーの一体も持たず、石鉈と縄だけの貧弱装備だ。隠し立てても仕方ないから正直に言うと、


「へぇ、イカれてる」


 銀髪少女は不敵で妖しく、けれどどこかに楽しさを秘めて口角を上げ、そして……肩に乗っているツインヘッドヘビエッチャーが水を宙に漂わせる。


「マっっジかよやる気ぃ⁉」


 腰に差した石鉈に手をかけるも、


「はぁもう……大凶やん‼」


 あまりの打つ手無さに、つられて口角を上げ喚くしか出来ないでいた。


 ガサッ


「「っ‼」」


 仲間か!


 銀髪少女の背後、小枝を踏み折る足音と葉が擦れる音が近づいてくる。


 長身で大柄、百八十七センチメートル程のハンター崩れっぽいおっさんだ。使い込まれた実用性重視の冒険服の上からでもわかる。一見引き締まった細身に見えるが、

骨が太くがっしりと筋肉もついている。顎下まである土気色の縮れ毛を真ん中で分け、怖いくらいに力強い銀色の三白眼が帽子の下から睨んでいた。


「こいつはえぇ見っけもんだのぉ」


 太い声が髭に覆われた口から響く。


 俺は顔を強張らせながら野性的に飛びずさり、巨卵を背に手を広げ、


「どいつもこいつも後から来たくせに! 俺が見つけた卵やぞ!」


「いいや、わしが見つけた」


 大柄のハンター崩れはガキの牽制なんて意に返さぬ様子でギラリ歯を見せる。


「こいつら……ガチで話んならん!」


「つけれたんだ? 変態ストーカー」


 俺にはお構いなしに言いながら、銀髪少女は重心を落とし戦闘体勢をとる。仲間では無かったらしい。それに俺に向けたものとは比べも出来ない目の鋭さが、それほどの敵だと物語る。


 大柄ハンター崩れも引き連れたエッチャーを肩や腰に装着し、戦闘の構えをとった。


「ばってん、プロのストーカーじゃ」


 その言葉を合図に、物陰からもう一人ハンター崩れの男性が臨戦態勢で現れた。


 茶と黒が混じった汚らしい髪。ストレートだが、ハリネズミのようにボサついている。円らな黒い瞳で睨む、中量級の中では重めの体格をした出っ歯でげっ歯目のような三十手前くらいの強面だ。


「一人や無かったんかっ……」


 独り言ちた俺の顔はより険しくなっていた。


 エッチャーを一体連れた銀髪少女一人でも厳しいのに、新たに選り取り見取りエッチャーを引き連れた大人が二人。対して俺はゼロ。石鉈に手をかけてはいるけど、勝算など無いに等しい。


「絶対散らす……!」


 ダッ!


 強い語気と共に銀髪少女が駆ける。足元の覚束ない森の中をものともせず、小さな体を上手く使い、茂みや枝木の間を低姿勢で縫うように駆ける。そして一気に二人の頭上に飛び出した。


 ザバッ!


「何っ⁉」


 それと同時に、二人の足元に小さな波がぶつかった。


「うまっ!」


 低姿勢かつ高速で移動する事によって自分のヘビエッチャーを茂みに隠した。まさか一体しかいない所持エッチャーを自ら手放し単身突撃するとは考えにくい。


 エッチャーに知性は無い為、主人と離れたエッチャーは無差別放出のような大味の攻撃しかできないからだ。手数も頭数も劣る中、更に手札を投げ捨てるという意表を突いた一撃。


 三十センチメートルもあれば、大人でも津波には耐えられない。膝下を飲み込む急流が、大の大人をよろめかす。そして空中に飛んで逃れていた銀髪少女の手に、サバイバル用ナイフが白く光る。


「ぃけどっ」


 ガッ!


 鋭く振り抜かれたナイフが、突如出現した土の壁に阻まれた。


 げっ歯目ハンターの肩に乗ったごつごつした岩肌のウシガエル型エッチャーが能力を使用したのだ。




 ***




 大した嬢ちゃんだ。いざ戦いとなればただのひと時も逃げる事を考えず本職のハンター二人に向かってくる気概もそうだが、人間相手に全力でナイフを振るうなんざ素人に出来る事じゃねぇ。


 ましてやあのナイフにゃあ殺意が籠っとらんかった。急所一直線のナイフにじゃ。


 つまりあの嬢ちゃんは殺しを殺しとも思うてのぉ。


 はは……どがいな育ち方すりゃそうなる……!


 ビュンッ!


 今度こそ目が驚愕に見開かれる。能力使用中の土属性エッチャーに高速の石鉈が迫っていたからだ。能力使用中のエッチャーは主人から離れられない。


 その制限を突きよった! やったのは奥のガキ。縄を手に奇妙な体勢になっている。


 あいつ……!


 奥のガキと嬢ちゃんとわしらは直線状におった。あの刹那、嬢ちゃんへの対応と共に射線上におる奥のガキへの警戒も怠ってはおらんかった。したらガキは縄の結び目に石鉈を引っ掛けて、スリングの要領で投げた。


 だがノーコン。素人の投擲がそう上手ぅいくはずものぉ。外れたと分かった瞬間、わしらは迫りくる嬢ちゃんへの警戒を研ぎ澄ました。


 が、なしてか石鉈は後方から加速した勢いで迫っとる。奇妙な体勢で縄を引いとる奥のガキを見た瞬間、理解した。引っ掛けただけの縄を遠心力で締めてワンアクションに省略することにより、破れかぶれの投擲や思わす圧倒的センス。


 外したなぁわざとじゃ。縄が伸び切ったジャストタイミングで横方向に力をかけ、縄を木の幹にぶつける事で、括りつけられた先端の石鉈が円周上を急旋回急加速してわしらのエッチャーをかち割らにゃあ迫ったんじゃ。




 ***




「隙は倍突いてこそやろ……!」


 ザシュッ


 石鉈はウシガエル型の土エッチャーを切り裂いたが、ごっつごつの岩肌が硬く致命傷には至らなかった。


 でもこれにより、


 シュッ!


「くっ――!」


 銀髪少女のナイフが大柄ハンター崩れに届いた。急流に足を取られないように幹や岩を踏み台にして飛び回っている。その有り得ない身体能力に、ハンター崩れ達も出鱈目な軌道が読めずに捉えそこなっている。


 だが一体二ではやはり急所には届かない。


 ビュンッ!


 俺はもう一度隙を作るべく、さっきと同じ要領で縄付き石鉈を投げた。


 ブワッ!


 だが、後方から突如吹いた突風が石鉈の軌道を逸らし、ついでに縄も切り裂いていた。


 がさがさ、びちゃびちゃ……


 茂みの奥から更に二人、ハンター崩れが現れた。


 一人は赤茶色のオールバックで、目つきは小さいが鋭く、口も小さいが尖っている軽量級の男。二十代半ば程で、肩に手形模様のヤモリ型エッチャーを乗せている。


 もう一人は肩にスポンジ質のカラス型エッチャーを乗せた重量級の男。三十過ぎ程のつるぴか禿げ頭。眉無しで横長の瞳孔。茶色いぼつぼつ肌。大きな口を生理的嫌悪感を覚える形に歪めている。


「はぁ⁉」


「四人⁉」


 驚く俺と銀髪少女に、大柄ハンター崩れが笑う。


「プロじゃち言うたじゃろ」


 優れたプロは不確定要素を許さない。自ら数の有利を捨てるはずもなく、始まる前には増援を呼ばれていたのだろう。


 大柄ハンター崩れの肩に朱色の煙をもっくもく纏ったサメ型エッチャーが乗る。すると祭事で扱う程の巨大な火球が空中に生成された。


 四人のハンター崩れがそれぞれ能力を展開する。火に水に風に土に――。大火力の火を出してきたという事は、山火事を起こしてでも逃がすつもりは無いという事。




 一つ、エッチャーは力である。




「無理無理無理無理無理! お前勝てるん?」


 案の定激ヤバの訳アリだったこの銀髪少女なら、何か秘策でも――


「逃げたい‼」


 凄い情けない形相だった。


「逃げよう!」


 どさくさに紛れてツインヘッドヘビエッチャーを回収していた銀髪少女と共に、脱兎の如く駆けだした。


「君、目途ってある? 闇雲に逃げ回っても遭難するだけ! 体力消耗して終わりだよ!」


 追いかけてくる後ろを気にしながら言う銀髪少女に、石鉈を失い少し短くなった縄を巻き取りながらハンター達には聞こえない声で、


「近くに俺の村があるんや」


 銀髪少女は少し不思議そうな顔をしながらも、


「ふぅん、道案内は任せたよ」


 そのまま地面を濡らして滑りやすくしたり、鞭のように水を枝に叩きつけてへし折りバリケードを作ったりと遅延行為に余念がない。


 初めて踏み込んだ未開の地とはいえ、来た道は覚えているし、村の方角も分かっている。その通りに行こうとすると、


「頭を下げて!」


 瞬間、俺の頭上を何かが恐ろしい勢いでブオンと飛んでいき、髪の毛数本がはらりと切れた。


「風属性八等級の鎌鼬だ! 高速で射出された鋭い風は射程こそ短いけど、子供の手足くらい簡単に切り落とすよ!」


「いや怖い事言うなって! たかが風やろ? 大袈裟大袈裟ぁ~」


 シュバッ!


 更に飛んできた鎌鼬が、その先の細枝を切り落とした。


 俺の顔から血の気が引いていく。


「マジごめん! どうしたらいい?」


「風の塊だから距離を離せば無力化できるし、質量も無いから幹は切れない。常に木を背負う位置取りで逃げるんだ!」


「おーけー!」


 背中の木の幹からは風がぶつかった鋭い音がしたけど、確かに一刀両断みたいな威力は無いようだった。


「おっほ、なんや簡単やん!」


 それに気を良くすると、


「上手く囮しろよ!」


 銀髪少女が良い笑顔で言ってきた。


「なんで俺が囮やねん!」


 ボギィッ!


 瞬間、木の幹を貫通した石がチッと耳を掠め、森の奥へ消えていった。幹の破片が頬を打ち、赤い血がたらっと垂れる。


「土属性八等級の石礫だ! 質量があるから風の比じゃない、骨折るだけじゃ済まないからね!」


「どうすんの⁉」


「気合!」


「気合~⁉」


「長持ちしろよ囮!」


「こいっつぅ~」


 俺はガンを飛ばしながら、痛む頬を拭い尚走る。


「とにかく射線上に遮蔽物を作りながらだね! 細枝一本でも無いよりまし! がら空きになった瞬間、不可視の刃が飛んでくるよ!」


 銀髪少女がその言葉を言い終えるより早く、石礫や鎌鼬が乱雑に飛んできては、身を掠めたり、枝葉を折ったり、森にガッとかボキッとか音を響かす。


 更にボゥッと火球も飛んできたが、何故か俺の直前で不自然に落ち地面に広がった。行く手を阻まれなくて良かった。フォークボールのように回転がかけられていた

のかもしれないが、気にしている暇はない。


「やっべぇ~、お前なんかできへんの⁉」


 諦めてくれる気配は一切なし。銀髪少女の妨害工作があっても大人の足とじゃ走力が違う。おまけに強力な能力をポンポン撃ってくる。


「手一杯見て分かれ! 囮こそしっかりおとれ!」


「縄一本じゃ無理やろ!」


「無理はまだいけるって意味なんだよ! まだいける!」


「無理なもんは無理やろ!」


「少しは考えろアホ!」


「はぁ⁉ アホって言った方がアホなんです~!」


「黙れアホ! 口縛るぞ!」 


「おぅ縛れるもんなら縛ってみ…………縛る!」


「ん?」


 自分の腰に縄を結びながら、


「そいつどんだけおっきい水球出せるっ?」


 突然の奇行を疑問に思う銀髪少女に問う。


「子供二人ならすっぽりいけるくらい?」


「上等!」


「え、なに?」


 更に銀髪少女をきつく抱き寄せて完全に密着し、


「なに⁉」


 その腰にも結び、


「なにぃ⁉」


 そして眼下の崖を指さす。


「飛び降りる!」


 行きに確認した崖だ。崖というには傾斜は緩く、岩肌でもなく枝木が生えている。その天然のクッションと、水球を緩衝材にして飛び降り、一気に距離を稼ぐ。


 勿論無傷でいられる保証は無い。足首をひねるだけで詰みだ。だから銀髪少女の意思を確認する。その顔を覗き込む。


 近くで見ると、見事に均衡のとれた本当に美しい顔だった。


 銀髪少女は上下番いの痕が等間隔に点々と周りを覆う目を細め、桃色の口の端をにっと持ち上げ、野性的なギザ歯を見せて笑った。


「いいじゃん! 楽しそう!」


 そうこうしている間にも、ハンター達が迫ってくる。


「やろぉ~⁉」


 が、俺もにやりと笑ったんだ。


 瞬間、二人の体を大きな水球が包み込んだ。屈折によって木漏れ日がきらきら揺ら

めく視界に、互いを見合って頷き、飛んだ。


「「いやっふううううううううううううぅぅぅぅ!」」




 ***




「とんでもねぇガキどもじゃのぉ」


「追います? ムステラさん」


 リーダー格の大男に、重量級の禿げ男が問いかける。


「よう見ろリネラ。あいつらが大量に水ばら撒いたせいで辺り一面ぐっちょぐちょじゃ。濡れた崖は普段の十倍危ない。仕切り直しじゃ。大人しゅう迂回ルート探すでぇ」


 ムステラは、そうして部下に細かい指示を出していった。


「ガキの殺生は好かんが……顔、覚えたけんのぉ」


 獲物を追い詰めるハンターの顔をしながら。


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