第二話 オープニング
チュンチュン……ピーピー……
どこかで小鳥達が囀る早朝。山の上から顔を出した朝日が真横気味に差し込み、村を囲む巨大な防壁のひび割れと家の格子窓を通って頬を差す。
「ふわぁ……ぁふぅぇぃ」
大きな欠伸と共に毛布を蹴り飛ばし、枕代わりにしている薄青色と茶色の羽毛を持つふっさふさのクラゲのようなエッチャーを撫でた後、長い黒髪頭をこてんこてんさせながら、ゲル状のペルシャ猫っぽいエッチャーを肩に乗せ、サンダルを履いて軒先に出る。
「はい、出して」
すると、肩に乗ったゲルシャ猫が顔の前に水玉を出現させた。顔より少し大きいくらいで、綺麗な球を描いて空中に漂い続けている。
「ごくっごくっ……つぁぁ」
先ずは喉を潤し、そして頭から突っ込んだ。冷たい水が気持ちいい! まだ微睡みの中に居た甘えん坊の意識がようやく伸びして起きてきた。だが髪から滴る水のせいで服も足元もびしょびしょだ。
「おいで」
家に向かって呼びかけると、薄いベニヤのペットドアからふっわふわのイタチっぽいエッチャーが出てきて、ゲルシャ猫が乗っていない方の肩に乗った。
すると、ウチワを全力で扇いでいるくらいの風が水分を纏った肌を打ち、
「ふぃ~今日もあったかいなぁ~」
三十度近い気温も相まって少しずつ髪や体を乾かしていった。
部屋に戻り、着替えながら卵殻製の姿見を覗き込む。
女性にしては大柄な百七十七センチメートルの身長。黄色っぽい白肌で、三十一歳既婚者とはいえ生娘の新鮮さすら残した、沈み込むような包容力を醸す豊満な体付き。腰まで伸ばした艶やかな黒い髪と、それより黒い漆黒の瞳。長い睫毛に口黒子、慈愛とも挑発ともとれる流し目は、夫曰く夢魔を想起させる妖艶な雰囲気を発しているらしい。
むちぃっとお腹やお尻を軽くつねりつつ、むすぅっと不服な表情で部屋を出て、どさぁっと野菜をまな板にのせた。
肩のゲルシャ猫が出した水で野菜などを洗い、石包丁で刻んでいく。手で握った朱色のシャチっぽいエッチャーが、火を生成して鍋を温める。
いい匂いが立ち込めだすと、
「おはよう」
「はよ〜」
夫と子供が起きてきた。子供の爆発させているオレンジ髪を手櫛で直し微笑みながら「おはよう」と返す。
「手伝うよ」
横に並んだ夫が、手袋をして鍋を持っていく。焦げ茶色の少し癖のある短髪で、程よく引き締まった筋肉を褐色肌が惹き立てる精悍な青年だ。
ぼーっと見惚れている間に、いつの間にか子供が鍋敷きやら食器やら匙やらを並べていて、
「「いただきます!」」
皆の分もよそってあげると、子供はそわそわした様子で、
「お母さんっ、いつものは?」
「昨日切らしたんやったね。新しいの持ってくるわ」
倉庫には様々な備蓄から随分専門的な薬品までずらっと並んでいるが、その中から赤ちゃん用粉ミルクと書かれた瓶を持っていく。
「はい」
「ありがとう!」
子供は早速自分の皿に振りかけていく。
「ホンマ好きやね」
「うん、おふくろの味ぃ~」
幸せそうに食べる子供に、つられて笑顔になる。
「アナスが好き嫌いせん子で良かった」
村の家々では、同じように不思議な生き物達が生活を支えている。
一つ、エッチャーは道具である。
とある大きな交易都市の中でも、一際大きな丸いお屋敷。広大な庭には、使用人達が屋敷中からかき集めたゴミを持って焼却炉に向かう列が出来ていた。その最後の一人。
「ご苦労様です、ナネトル様」
「やぁ、ご苦労さん」
受け取ったゴミを軽々しく放り込み、軽快な挨拶を返したのは、黒髪マッシュの褐色美青年。腕に抱えている朱色の煙をモックモク纏ったサメっぽいエッチャーが、ゴミの山に大火力の炎を吐いて、みるみるうちに灰燼となっていく。一通り焼き終えると、朱モクサメは口の端から黒煙を漂わせた。
「お見事です」
「慣れたさかいさ。それより爺、膝の調子悪そうやな」
老練の執事は、少し痛そうに左膝を摩る。
「歳ですかん。最近てんで言うこと聞かんのです」
そんな話をしていると、複数の使用人を連れ立って庭を徘徊する御老人が目に入った。戦争で右足を失ったそうだが、その右足にかっちかちのオオサンショウウオのようなエッチャーが巻き付いていて、問題なく歩けている。
「ルチル御爺様と同じもんつこてみるか?」
「御冗談を。庶民の給金で手ぇ届きまっか。それとも退職金に色を?」
「ははっヘソクリ吹き飛ぶわ。そんなんは御父様に言いや。退職金ちゃうく勤労ボーナスとしてな」
老執事と二人、静かに笑い合う。
「やあナネトル!」
そこに、黒髪ウルフの褐色美青年がフランクに現れた。
「様をつけや分家もんが!」
「誰が年下三男坊なんぞ敬うかボケェ」
挨拶代わりにチョップしたり秘孔を突いたり乳繰り合う。
「ほんで、またフィイア見に来たんやろロリコン」
「純愛じゃ! 消すぞ! ……あっフィイアちゃーん!」
遠くに見えた末妹に向かって嬉し気に走っていく。朝の管食はもう済んだのか、侍女に車椅子を押された少女だ。白髪交じりの長い黒髪に、黒い眼帯と耳栓と鼻栓をした褐色の顔。膝の上に両手を置き、言葉も発さないで、押されるがまま庭を散歩している。
何も感じ得ないはずが何故かタイミングよく首だけを向けた末妹につい触れようとした手を、糸目の侍女にはたかれる様を眺めながら、
「そんなおもろいもんちゃうやろ……」
取り残されたナネトルは静かに呟いた。
そんな日常を屋敷の窓から見下ろす紳士。褐色肌に立派な髭を携えた精悍な男は、尻尾をピンと立てた黒光りするイモリのようなエッチャーを耳に当て、誰かと喋っている。
「ほな振込確認したさかい、えぇ、七等級コーチング来週からでんなぁ。えぇ勿論私めが直々に、えぇ、よろしゅうお願いします」
耳から黒光りイモリを離すと、ガッツポーズ片手に部屋に備え付けられた秘蔵のワインセラーへ直行するのだった。
一つ、エッチャーは財産である。
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