ジャイアントエッグ

takechan

第一話 アバンタイトル

「はぁはぁはぁはぁ……これは、フィイア様に」


 生い茂る熱帯樹木も搔い潜って前を走る淑やかメイドのクモリに、淡く発光するウズラ程の卵を手渡された。


「はぁはぁ……ちっちゃ……」


 あまりの小ささに思わずぼやくと、「フィイア様がもっと大きな卵を見つけていたら良かったんですよ!」とでも言いたげな目で睨まれたが、


「……今はこの低等級にも縋るしかないんです」


「はぁはぁはぁはぁ……」


 真剣な言葉に、私は「すぅ……」と深く息を吸い、両手の上に乗せた卵を見つめた。


「当たり属性来い! アイファウンドユー……!」


 ピキッピキピキッピキ……


「物理か火! 物理か火! 物理か火! 物理か火!」


 パカッ


 割れた卵から光と共に出てきたのは、稲妻模様のシマウマのような小指サイズのエッチャーだった。


「電気属性ですね」


 クモリが振り向きざまに判別してくれる。


「も゛ー‼ ま゛たがよ゛ー‼」


 私の汚い叫びは、木の葉に吸われ儚く消えた。静電気で髪も逆立ってくる。


 バチッ


「いたぁっ! ……むーっ」


 尾に触れた指先を痛みが走り、使い道に困るこの電気エッチャーを涙目で睨む。


 ガサガサッビュン!


 その時、細い枝木を幾つも掻っ切って飛んできた風の刃が、クモリの肩を厚手の服布ごと切り裂いた。


「しつこい!」


 思わず悪態をついてしまったけど、血の滲む肩を抑えながらも黙って走り続けるクモリの背中に、私も黙ってついていく。


「はぁ……はぁ……貴女様は……一族家臣皆の秘宝です……」


 暫く走り続けたけど、ふとクモリが足を止めた。荒い息に上下する背中には、もう

赤がいっぱい滲んでいる。


「どうか秘宝たるままで」


 私の両肩を抑え、普段は閉じている糸目で確と見つめられた。爺や皆のように、ここで最後の殿になる覚悟なのだろう。


 頷くしかない私を見ると、追跡者達の方角へゆっくり振り向いた。肩と腕に別々のエッチャーが乗り、人を呑み込む大きさの旋風と水球が同時に展開され水を巻き上げた旋風に成長していき、空いた手の指に拙く鉄糸を絡ませた。


「さようなら。……私のフィイア」


 その言葉に合わせて、私は全力で駆ける。後ろから激しい交戦音が聞こえてくるけど、決して振り向きはしなかった。ぽたぽた目から落ち行く雫が、森に水をあげようとも。


「はぁはぁはぁはぁ……」




 ***




「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……うわっ」


 睫毛からの侵略者が視界をじわっと歪めてきた。


「ん〜……」


 アーモンド形のくりくりに大きい二重眼ふたえまなこが塩分攻撃にじーんと沁みる。


 琥珀のような黄色い瞳を擦ると、整った鼻筋やふっくらの頬や唇にも小さな水滴があったことに気づき、手に着いた雫を振り払った。


「はぁ……」


 生い茂る木に陽光の半分を遮られてはいるけれど、赤道付近の熱帯大雨林は現在乾季真っ只中で、四十度を往復する蒸し暑さ。ゆらゆら木漏れ日が、じりじり肌を温める。


「あっつ……」


 日の当たりによっては黄金に光るオレンジ色の髪が汗を吸って束になり、後頭部の緩いポニーテールでは括り切れず、鎖骨や包帯で隠された肩をくすぐる感触が気持ち悪い。


 ぽたっ


 先端から垂れた水滴が、葉で跳ね弾け土に消える。


 汗で蒸れるそれらを耳にかけようと、顎まで伸びた前髪を真ん中で分けた。


 アナテナス・オニソチンチャスの色白肌は、十一歳の子供らしさに日射熱を添加して、薄紅色に染められている。


 身長百三十五センチメートル。平均よりやや小さめの体格。ジャージー素材のスキニーパンツが健康的な肉付きの足を惹き立てるが、今は熱を吸って邪魔くさい。


 平均以上に大きな大人顔負けの胸に張り付いたビッグシルエットゆるゆるのシャツを握りしめると、搾られた汗が指の隙間から腕を伝い落ちていった。


 手に持った石鉈には枝葉をかき分けた汁や葉クズがついていて、


「なんかヒリヒリする思た……」


 その際に引っ掛けたのか、手首には小さな傷が赤い糸を引いていた。


「……どんだけ歩いたやろか……」


 熱と汗を逃がす為振った視界に、ふと小さな沼が映る。


「何でこんに苦労しとんのやろ。馬鹿馬鹿しい」


 まだ沼があるということは、まだ盆地の中ということ。


「あの沼は……きたなそう…………溺死は確実やけど、気分悪そうや。どうせなら綺麗な方がいい」




「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 傾斜がきつくなってきた。適度な乳酸にジンジンポカポカしてきた膝を止め、ふと後ろの谷側を眺める。


「はぁ……はぁ……ふぅぅぅ……」


 随分登ってきたらしい。山肌の傾斜は気まぐれで、幾つかの崖が見えていた。


「あの崖は……枝葉が邪魔やな……高さも心許ないわ……一思いに逝けやんのは、きっと苦しい、痛いのは嫌や……」


 先端を結んだロープを「とりゃ」と細木に投げ、くるっと通してから一緒に握って体を持ち上げる。等間隔の結び目が、指の滑りを防いでくれた。


 未開の熱帯山林には獣道すら乏しく、この一本のロープのみが天上から垂らされた蜘蛛の糸。小さく軽い子供の体じゃなかったら、この細腕で登り続けるのは無理だったろうと、握力が死んでいく手を見つめる。


 その先に映ったそれなりに大きな木をじーっと眺める。ロープに頭を通せそうな輪っかを作り、引けば締まるように結んだ。


 そしてもう一度ゆっくり眺める。


「あの木は……締め括るには味気ないか……どうせなら……どうせなら、最後くらい美しい場所で……」




 そうして山頂を目指し歩いていたら、鬱蒼とした森の中、目の前に、淡い光を放つ、山小屋程の巨卵を見つけた。


 ――ジャイアントエッグ――

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