心に残した傷の償い方

春風秋雄

うちは水道レスキューではない

俺は受話器を耳にあて、いら立っていた。

「あのー、申し訳ないですが、あなたは、どちら様でしょうか?」

「だから、さっきから言っているじゃないの。ヤ・マ・ワ・キ、ヤマワキヨシノ。とにかく、すぐ来てくださいよ。このままじゃあ、ずっとトイレの水が流れっぱなしじゃないの」

「それは、多分、タンクのブイが引っかかっているのだと思います。ご自分で直せると思うんですが」

「こんなか弱い私に直せるわけないじゃないの。とにかくすぐ来て」

この話ぶりで、とてもか弱いとは思えない。

「いやいや、場所もわからないのに、行けるわけないじゃないですか」

「そっちに記録残ってないの?まあいいわ、じゃあ、今から住所言うから控えて」

「え、でも」

「ごちゃごちゃ言わずに控えなさい!」

「あ、はい」

女性は住所を言う。とりあえず、俺は控えた。驚いた。俺の事務所からすぐのところだった。

「とにかく、すぐに来て!」

「と、言われましても、どうして私が行かなければならないのでしょうか?」

「何言ってるのよ。あんたとこで修理してもらってからおかしくなったんでしょ。あんたところに責任があるんだから、来るのは当たり前でしょ」

「うちで、修理はしてないと思いますが」

「はああ?何言ってるのよ。あんたとこ、水道レスキュー水森さんでしょ?」

「違いますけど」

「‥‥」

「もしもし?」

「水道レスキュー水森さんじゃないの?」

「違います」

「じゃあ、おたくは誰?」

「小柴司法書士事務所の小柴と言います」

「あ、そう。ごめんなさい」

女性はそれだけ言って電話を切った。

何だったんだ。最初から違うと言っているのに、人の話を聞こうともせず、立て板に水で話し続けたくせに。そもそも、水回りの修理に“ミズモリ”という業者に頼むかよ?怪しいだろ、そんなところ。

時計を見ると、18時を過ぎていた。今日はもう帰ろうと、帰り支度をしていると、また電話が鳴った。

「はい、小柴司法書士事務所です」

「あのー、さっきは失礼しました」

さっきの女性だ。

「ひょっとして、ヤマワキさんですか?」

「そうです。私、さっき住所を伝えてしまいましたよね?それとフルネームと」

「ああ、確かにメモさせて頂きました」

「申し訳ないですが、メモを処分して頂けますか?それって、個人情報ですから」

「ああ、わかってますよ。処分しますよ」

「お願いします。そんな情報が洩れて、変な投資の営業とか来るの嫌なので」

「そんなことしませんよ」

「先ほどは、本当に申し訳ありませんでした」

妙にしおらしく謝って来た。

「それで、トイレは直ったのですか?」

「まだです。業者に連絡しているのですが、全然つながらなくて」

女性は泣きそうな声でそう言った。少し可哀そうになってきた。

「私は、業者でも何でもないですが、私で良ければ、行って見てみましょうか?」

「え、本当ですか?直せますか?」

「見てみないとわかりませんが、ブイが引っかかっているだけならすぐに直ると思います」

「じゃあ、お願いしていいですか?住所言いますね」

「さっき聞いたメモがありますから、大丈夫ですよ」

「さっきのメモ、まだ処分してなかったんですか!」

俺は行くのをやめようかと思った。


俺の名前は小柴博昭。34歳の独身だ。親父は不動産業を営んでいる。3人兄弟の末っ子で、兄貴と姉貴がいるが、姉貴は嫁いで実家にはいない。俺は東京の大学を出て、地元に戻り、しばらくは親父の会社を手伝っていたが、不動産屋は兄貴が継ぐので、俺は司法書士の資格をとろうと勉強をしていた。そして5年前に司法書士の資格を取って事務所を開業した。親父の会社の関係で不動産登記の仕事がそこそこ回ってくるので、それなりに食べていけている。実家暮らしの時は兄の家族がいるので、肩身の狭い思いをしていたので、事務所開業を機に事務所の近くにマンションを借りて一人暮らしを始めた。まだ事務員を雇う余裕はなく、小さな事務所で一日一人で過ごす日々を送っていた。


ヤマワキヨシノと名乗る女性のマンションは、俺の事務所から車で5分もかからない場所だった。あれだけのやりとりをして、本来であれば腹を立て、相手にしないのが普通なのだが、俺はその女性が気になっていた。ヤマワキヨシノという名前に記憶があったからだ。


エントランスでインターフォンを鳴らし、小柴だと名乗ると、ロックが解錠された。エレベーターで3階にあがり、メモにある部屋番のところまで来た。ドアフォンを鳴らすと、ヤマワキさんが出てきた。顔を見た瞬間に山脇佳乃だと思った。面影がある。しかし、俺はそのことには触れないようにして、部屋にあがった。

「わざわざ申し訳ないです。トイレはこっちです」

山脇佳乃は、そう言ってトイレに案内した。見ると、水が流れっぱなしになっている。俺は持ってきたドライバーでまず元栓を閉めた。水は止まった。タンクの蓋をあけてみると、やはり鎖が絡まってブイが引っかかっている。俺は手を突っ込み、鎖の絡みを解いた。そして、元栓を開く。今度は水は流れなかった。

「これで大丈夫だと思います」

「本当だ。簡単に直った。ありがとうございます。修理代出しますよ。いくら払えばいいですか?」

「そんなのいりませんよ。大したことはしてないので。じゃあ、僕はこれで失礼します」

俺はそう言って玄関に行こうとした。

「だったら、せめて夕飯食べて行きませんか?」

意外な申し出に俺は戸惑った。

「あ、もう奥さんが作って待っていますか?」

「いや、結婚はしてないので」

「だったら、一緒に食べましょうよ。それぐらいしないと申し訳ないです」

「でも、旦那さんが帰ってくるのでしょ?知らない男が飯食っていたら変じゃないですか」

「旦那なんかいないですよ。私も独身ですから」


山脇佳乃が出してくれた夕飯はカレーライスだった。懐かしい味がした。とても美味しい。

「ごめんなさいね。偉そうに夕飯を食べて行ってとか言っておきながら、カレーライスなんて」

「いや、美味しいです。これは市販のルーですか?」

「2種類のルーを混ぜて、ヨーグルトとインスタントコーヒーを少し入れているの」

「へえ、それでこんな味になるんだ。美味しいです」

「小柴さんって、小柴博昭君だよね?」

俺はドキッとして、スプーンを持つ手が止まった。

「気づいてたんですか?」

「さっき、電話を切ったあとで、小柴司法書士事務所をインターネットで検索したら小柴博昭って書いてあったから、ひょっとしたらって思って、小学校の時の卒業アルバムを引っ張り出して見たら、同じ字だった。部屋に入って来た時は確信持てなかったけど、じっくり見ていたら面影があるなと思って」

「そうか、僕は部屋に入った時から、あなたが小学校の同級生だと気づいていました」


山脇佳乃は小学校の時の同級生だ。俺は小学校卒業と同時に新しい家に引っ越したので、中学は別々になった。それ以来山脇佳乃とは会っていなかった。そんな山脇佳乃をよく覚えている理由は、彼女は学校でイジメにあっていたからだ。母親はいなく、父親に育てられていたが、小学校2年か3年のときに父親は交通事故に遭い、脳機能障害を負った。まともに働けなくなり、様々な支援を受けていたと思う。小学生で父親の面倒を見ながら自分のことは自分でやる生活だったので、着るものもサイズが合わないものを着ていたり、風呂にろくに入ってないのか、近くに寄ると臭ってくることもあった。小学校の子供は事情なんか知らないし、仮に知っていたとしても事情なんか関係ないので残酷だ。ただ単に見た目が異常というだけでイジメの対象になった。俺はイジメには興味がなかったので、積極的にイジメたことはなかったが、仲間外れにされるのが怖くて、イジメに加担したことが2回あった。高校になり、小学校が同じだったやつと話した時、山脇佳乃の家庭の事情を初めて聞いて、本当に申し訳ないことをしたと思った。しかし、本人と会う機会もなく、直接謝ることも出来ず、年月が経つにつれ俺の記憶から消えかけていた。


「小学校の時は、申し訳ないことをしたと、ずっと後悔していた。改めて謝ります」

「何で小柴君が謝るの?」

「いや、僕もイジメに加担したことがあったから」

「小柴君からはひどいことされた記憶はないよ。それより小柴君には助けてもらった記憶しかない」

「僕が助けた?」

「図工の時間に彫刻刀を忘れた私に、そっと使わない彫刻刀を貸してくれた」

全然記憶にない。

「イジメのリーダーだった川崎君が私をからかおうとし始めたら、いつも小柴君が川崎君を呼んで、サッカーや格闘技の話をして私から興味を逸らしてくれた」

それも記憶にない。

「体操服が小さくなっても、なかなか買いに行けなかった時、朝学校に行ったら机の引き出しに体操服が入ってた。私の名前が書いてある布の下には、小柴純子って書いてあった」

姉貴の名前だ。そうだ、それはかすかに覚えている。イジメに加担した後、何とか償いたくて、お袋に言って姉貴のお古を持って行ってあげた。

「他にも色々あったけど、小柴君って、何て優しい人なんだろうって思ってた。だから、小柴君には感謝しかないよ」

俺は、自分がしてあげたことはすべて忘れていた。ただただ、イジメに2回加担したことだけは鮮明に覚えていた。

「お父さんは元気?」

佳乃さんは俺の質問に意表をつかれたのか、驚いた眼をして俺をみた。そして、スプーンでカレーをすくいながら答えた。

「3年前に逝っちゃった」

「そうか、…」

俺はそれ以上の言葉が出てこなかった。

「やっと解放されたと、その時はホッとしたんだけどね。でも、やっぱり寂しいね。唯一の肉親だったから」

もっと聞きたいことがたくさんあるはずなのに、俺はそれ以上何も聞けず、黙々とカレーを食べた。


佳乃さんのマンションに行って、1週間くらいした頃、事務所に電話があった。

「はい、小柴司法書士事務所です」

「あ、小柴君?」

「ひょっとして山脇さんですか?」

「そう。マンションの照明をLEDにしようと、シーリングライトをネットで買ったんだけど、取り付け方が全然わからないの。小柴君、できる?」

「出来ないことはないけど、うちは司法書士事務所で、便利屋ではないですよ」

「そんなのわかっているよ。でもお願い。他に頼める人いないんだもの。夕飯作っておくから」


シーリングライトをつけ終わったあと、夕飯をご馳走になった。今日は寄せ鍋だった。

「鍋なんて、一人じゃつまらないから、小柴君が来てくれてよかった」

「ご馳走になっているのに悪いんだけど、仕事上の用でないときは、事務所に電話するの、やめてくれないかな。回線が1本しかないので、お客さんから電話があった時に話中になるのはまずいし、来客中でも事務所の電話が鳴れば出なければならないので」

「じゃあ、携帯の連絡先教えてよ」

「連絡先教えたら、また何か頼まれるのかな?」

「事務所に電話されるよりいいんでしょ?」

俺は、仕方なく連絡先を教えた。


連絡先を教えてから、佳乃さんのところには2回行った。1回は模様替えしたいので、タンスを運ぶのを手伝ってだった。そしてもう1回は揚げ物を作りすぎたので、食べに来てだった。揚げ物は美味しかった。


風邪気味だったのに、雨の中を顧客のところや法務局などを走り回っていたら、高熱が出た。仕方なく病院へ行ったら肺炎をおこしかけていると言われ、脱水症状もひどいので急遽入院することになった。お袋に連絡して入院の準備をしてもらった。

入院した翌日、山脇佳乃からLINEが入った。入院したと返信したら、すぐに見舞いに来た。

「入院っていうから、ビックリしたよ。大丈夫なの?」

「まあ何とか。早く処置したから、大事にいたらなかったけど」

「よかった。ちょっと安心した」

「僕が入院したら何か頼みたいときに困るからね」

佳乃さんはジッと俺の顔をみた。

「そんなことで心配してるんじゃないよ。本当に体のことが心配だったんだから」

佳乃さんは目に涙をためて言った。俺は慌てて言った。

「ゴメン、そんなつもりで言ったんじゃないよ。心配してくれてありがとう」

「私、毎日見舞いに来る」

「いやいや、そこまでしてくれなくても」

「私が来たいの。もうそろそろ小柴君を家に呼ぶ口実がなくなってきたから。毎日見舞いに来れば、毎日小柴君に会えるもん」

それは、もしかしたら、そういう意味か?俺は佳乃さんの言葉に喜んでいる自分に気づいた。その時、看護師さんが病室に入って来た。

「小柴さん、先生の方から、退院の許可がでましたよ。よかったですね。明日退院になりますよ」

看護師さんが出て行ったあと、佳乃さんを見ると茫然自失といった状態だった。


退院してから、3日後に佳乃さんの部屋で快気祝いをしてもらった。事前に、お酒を飲むので車では来るなと言われた。俺のマンションまでタクシーでもしれているし、歩いて帰っても15分くらいなので、俺は車を置いて、徒歩で佳乃さんの部屋へ行った。

佳乃さんは、ちらし寿司を作って待ってくれていた。アルコールが入ると、二人ともよくしゃべった。佳乃さんは、お父さんのことがあったので、仕事も休みがちになることから、正社員では働かず、パートで転々と仕事を変えていたそうだ。今は小さな食品加工の会社で正社員として事務員をしているということだ。今までお付き合いした男性も何人かいたそうだが、お父さんのことがあるので、結婚は難しく、どの人とも長く続かなかったそうだ。

「小柴君は結婚しようと思った女性はいなかったの?」

「学生時代はそれなりに彼女はいたけど、結婚は全然考えなかったな。こっちに戻ってからは、司法書士の勉強でそれどころではなかったし、気が付いたらこの年になってた」

何回も時計を見ながら、そろそろ帰らなければと思うのだが、お酒の酔いもあるが、ここにいるのが心地よくて、なかなか腰を上げられなかった。でもさすがに12時近くになったので、もう帰ろうかと思った時、佳乃さんが言った。

「今日は泊まっていったら?」

「でも…」

「私は明日は休みだから、全然大丈夫だよ。寝間着ならお父さんのために買っておいた新品があるから、それを使えばいいし」

俺にとっては、とても魅力的な提案だった。まだ佳乃さんと一緒にいたいという素直な気持ちと、泊まることで何かを期待する部分もあった。

勧められるまま、浴室でシャワーを浴びていると、浴室のドアが開いて、佳乃さんが入ってきた。そして、俺の背中に抱きつき消え入りそうな声で言った。

「私を好きになってとは言わないから、私も女だってことを思い出させて」


たった1本の間違い電話から、こんな展開が待っているとは想像もしなかった。俺は、ベッドの中で、佳乃さんの裸の肩を抱きながら言った。

「ひょっとしたら僕は、小学校の時から山脇さんが好きだったのかもしれない」

「私は小学校の時、小柴君のこと好きだったよ。中学が離れて、とても悲しかった。トイレの件で再会して、どうしてもまた会いたいって思って、色々口実を考えてたんだから」

「素直に会いたいって言えばよかったのに」

「言えるわけないじゃない。私の一方的な片思いだったんだから」


あれ以来、度々佳乃さんの部屋に泊まるようになった。ある日、佳乃さんが聞いてきた。

「川崎君とか小学校の同級生とは今も付き合いあるの?」

「川崎は実家が工務店なので、親父の会社とは接点があるんだ。だから必然的に俺とも仕事の繋がりはあるので、結構会ってる。他にも小学校の時の友達と時々会ったりするよ。同窓会にも出来るだけ顔を出すようにしてるし」

「ふーん、そうなんだ」

川崎とか、小学校の同級生と俺がまだ繋がっているというのは、佳乃にとっては嫌なのかなと、ふと思った。


佳乃さんと付き合うようになって、3か月くらいすると、俺は佳乃さんとの結婚を意識するようになった。うちの親は家を出た末っ子の結婚相手なんか左程興味ないだろうし、佳乃さんの両親はいないので、佳乃さんさえOKしてくれれば何も問題はない。俺は意を決して、佳乃さんに結婚しようと言った。すると佳乃さんは

「私、結婚には興味ないの。今の関係で充分。もし小柴君がどうしても結婚という形に固執するなら、他の女性を探して」

俺はショックだった。当然佳乃さんも結婚に応じてくれるものだと、勝手に思っていた。


俺は、佳乃さんに結婚したくない理由があるのかと何回か尋ねた。その度に理由にならない理由を言うが、それが本心とは思えなかった。

ある日、俺はとうとう佳乃さんを追い詰めるようなことを言ってしまった。

「結婚したくないというのは、僕と一生を過ごすのは嫌だということなのか?」

佳乃さんは、悲しそうな顔をして俺を見た。

「あなたが、そう思うのなら、そう思ってもらってもいい。でも、私は、今の状態で一生あなたと共に過ごせたらいいなと思っている」


いくら結婚できないと言われても、俺は佳乃さんと別れることは出来なかった。結婚だけがすべてではないと自分に言い聞かせていた。結婚しなくてもいいから、せめて一緒に暮らそうと、同棲の提案もしてみたが、佳乃さんは同棲も拒否した。


仕事の関係で、小学校時代の友達の川崎と会った時、別れ際に川崎が言った。

「今度、久しぶりにお前の家で飲もうよ。他のやつも誘ってもいいし」

俺は気軽に、また企画しようと返答した。川崎は結婚しているので、俺の部屋で飲むのが落ち着いていいと、何回か俺のマンションに来たことがある。川崎と別れて、ふと思った。佳乃さんが結婚したくない理由は、これかもしれない。結婚して一緒に暮らせば、嫌でも川崎や、小学校時代の友達が俺の家に来る。そうすると、あいつらと顔を合わせることになる。佳乃さんとしては、それが嫌なのだろう。そう考えれば、同棲を拒む理由もわかる。俺はその日、佳乃さんのマンションへ行った。


「なあ、佳乃さんが結婚したくない理由って、川崎や小学校の時のメンバーと顔を合わせたくないからなの?僕と結婚すると、どうしてもあいつらと顔を合わせることになるから、それが嫌で結婚したくないと言ってるの?」

俺の問いかけに、佳乃さんは固まった。図星のようだ。

「あいつらは、もう佳乃さんのことをイジメたり、変な目で見たりしないよ。この前、川崎に佳乃さんと付き合っているって言ったんだ」

途端に佳乃さんの顔色が変わった。

「何で、そんなこと言うのよ!」

「ちょっと、落ち着いて聞いて。川崎は小学校時代のことをとても後悔していた。あの頃は子供だったから、何もわからずにあんなことをしてしまったけど、後で佳乃さんの家の事情を知った時に、何てことをしてしまったんだと、とても後悔したと言っていた。機会があれば、佳乃さんにちゃんと謝りたいと思っているけど、なかなかその機会がなかった。街で佳乃さんを見かけたことがあったけど、とても綺麗な女性になっていた。小柴と結婚するなら心から祝福するし、その時は、佳乃さんに正式に謝る機会を作ってほしいとも言われたんだ」

「それ、本当?」

「本当だよ。あいつは本当に佳乃さんに謝りたがってた。それは他のやつらも同じだ」

途端に、佳乃さんは泣き出した。大粒の涙を流しながら、とぎれとぎれに喘ぐように話し出した。

「私は、川崎君たちに、どう思われたっていい。何言われてもかまわない。そんなの大したことじゃない。でも、でも、小柴君が私と結婚したら、小柴君があの人たちからバカにされると思っていた。あんな女と結婚したのかと言われると思ってた。そんなの、耐えられない。小柴君は何も悪くないのに、私のためにバカにされるのは、絶対に嫌だった」

そこまで言って、佳乃さんは俺の胸で泣きじゃくった。俺は佳乃さんの本当の気持ちを聞いて、そんなことを思っていたのかと、驚きを隠せなかった。そして、気が付いたら俺の目からも涙があふれていた。俺は、佳乃さんを強く抱きしめて、耳元で静かに言った。

「結婚しよう。そして、あいつらに謝ってもらおう」

佳乃さんは頷きながら、大きな声で泣き出した。佳乃さんは、本当は子供の頃にも、こうやって泣きたかったのかもしれない。

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