第22話 得物の完成
馴染みの鍛冶屋を訪れると、なにやら怒鳴りながら客が出てきていた。
なんだか腹を立ててるなと思いながら横目で見て、すれ違い、あまり関係ないなと判断してエンスは扉を開けた。
「よう……って、機嫌悪そうだな。さっきの客が原因か?」
「ありゃ客じゃねえよ、エンス」
そろそろ五十の年齢が見えてくるというのに、筋肉質な男は面倒そうに煙草の火を消した。
「機嫌が悪いのは、どっかの小僧が面倒な注文打ちをしろと言ったからだ」
「そりゃ嫌な客を掴んだものだな」
「紹介があの女じゃなけりゃ断ってた」
小さく笑い、エンスはカウンターの椅子を引っ張って座る。
「ミカさんには弱みを握られてんのか?」
「恩がある。命を救われた上に、ここでの仕事を紹介してくれたからな。それに上客だ。鋼の鍛え方まで教えてくれた」
「良かったじゃないか。だから俺の注文打ちも受けられる」
「……とんでもねえ仕事だがな」
言って、皮の鞘に入った大振りのナイフを一つ、カウンターに置いた。もちろん注文通り、同じものが横にもう一つ。
「確認しろ」
「おう」
鞘からナイフを引き抜き、まずはそのまま、鞘の上に置いた。
ぱっと見たのならばそれは、一枚の金属板をナイフの形に繰り抜いたように感じるだろう。厚さは3ミリ弱、刃渡りは210ミリ、持ち手側もおおよそ200ミリ。刀身は幅を持って湾曲しており、研ぎによって刃紋が綺麗に出ている。幅は珍しく、100ミリほどはあるか。
握り手の部分には穴が二つ空いており、そこには木を加工して今の自分の手に合った筒状を作ればいい。
そして。
柄尻に当たる部分には、数字の6を少し横に傾けたくらいの輪がついていて。
刀身は、黒色に染まっていた。
「染色しねえ黒色だ、剥げることはないが、黒色の鉱石を混ぜてあるから、耐久度に関しては実践データがない。お前の注文通り、十五回以上は折り返し鍛錬をした」
「そりゃ大変だ。けど、良い経験だったんじゃないか?」
「それはそうだが、二度はごめんだ」
「そうかそうか、そりゃ良かった。じゃ、一ヶ月で使い潰すから次を頼むぜ」
「――あ? なんつったてめえ」
「耳が遠くなるほどの年齢か? それとも、次に作る代物もこいつと大差ねえって意味合いか?」
「チッ……嫌なことを言いやがる。不満か?」
「いや、満足はしてる。さっきおっさんも言っただろ、形状はともかく使ってみなきゃわからんこともあるから、徹底的に使うさ。もちろん、壊さないようにはする、使い手としては当然の配慮だ。それに、最初にツラを見せた時におっさんが放った言葉を、まさか忘れてないだろうな?」
そう、彼は間違いなく。
「使い手がどう使うか、想像もできんような代物は作れねえ――ああ、確かに俺はそう言った」
「嬉しそうなツラを見せろよ」
言いながら右手で持ち、両面をじっくりと見てから――手を離し、落下の途中で柄尻にある輪に親指を引っかけて、くるりと回し、握り直す。
「ん、こりゃ俺の方も調整が必要だな。そりゃ昔のようにはいかないか……」
「やっぱり、以前に持っていたのか」
「おう、昔に使ってた得物の再現だ」
そこでようやく、彼は組んでいた腕をほどき、カウンターの下から木を取り出す。
「柄用だ、十種類用意しておいた」
「なんだ気が利くな、ありがてえ話だ」
握り手の部分にある穴と同じものが木にも空いているが、やや大き目のサイズにしてあるだけで、削りは入れていない。そのあたりの調整はエンスが自分でやるべきだし、やるものだと彼も思っている。
ここは、重要な部分だから、他人ができるものじゃない。
「こいつだな」
触って、叩いて確認していたエンスは、一つの木材を選択する。すぐに彼は、ねじ式の留め具で握り手に固定した。
柄の完成は、ここから削りを入れれば良い。
「ほれ、使え」
「本当に用意がいいな」
作業用のナイフを渡されたので、そのまま削りを始めた。本当に細かい部分は、使いながらの調整になるが、使えるようにはしなくては。
「50グラムは重くしてもいいぜ」
「片方でか?」
「おう。軽くする方も50グラムまでなら許容範囲だ」
まずは大雑把に、ナイフの形状に合わせて削っていく。
「予想通り、一番柔らかい木を選択したな」
「おっさんだって、硬い木は用意してなかっただろ。握る部分に、そもそも金属の芯が通ってるんだ、硬さは必要ねえよ。すぐ割れるし、水にも弱い。それに感触が伝わりにくいんだ」
「感触?」
「受け流す時の感触。普通の剣と違って、比較的柔らかいオーダーだからな、まともに浮けたらすぐ使い物にならなくなる。だから、流す」
「それがお前の戦闘か」
「戦闘っつーよりも、技の一種だな。だいたい二ヶ月くらいか? 研ぎまでおっさんがやったのか」
「おう。ほかの仕事がなかったのは良かった」
「なに言ってんだ、注文打ちしかやってねえだろ? しかも大して金を受け取らねえくせに」
「お前はどういうわけか、ぱかぱか金を置いて行きやがるが?」
「あ? 制作の材料費に生活費を上乗せしたくらいしか取らないから、おっさんの労力とこれから先の繋がりと、なんとなく稼げそうな金額を加味した上で支払いをしてるだけだ。てめえの命を預ける得物に、渋る馬鹿はいねえよ」
「その金額は俺が決めるものだろう」
「自分の命の値段は、自分でつけるもんじゃない。作られた刃物だって、誰かがつけたって良いんだよ。俺としても、腕の良いほかの鍛冶屋を見つけるより、おっさんの腕が上がった方が早いし手間もない」
「言いやがる」
「実際に、そんな大勢の顧客を抱えてんのか?」
「長くやってると、それなりにはな。先代の客もたまに顔を見せる――が、新しく打つことは稀だな。だいたいは研ぎとか、修正とか、そのくらいだ」
「芸術品の類は?」
「性に合わん。注文した当人が飾ってるなら構わないが」
「金に興味はないってか」
「作るだけで楽しませてもらってる。……いくつか質問がある」
「なんだ」
握り手の部分は、金属部分を木で挟むようにして、つまり筒状をそこに作る。本来なら液剤を縫って木の補強もするのだが、それは後回しにして、二本目へ。
「どうして黒色にしたんだ?」
「そりゃもちろん、光の反射を最小限にするためだ。刃の部分はしょうがねえ、刃紋も綺麗だし文句はないけどな。利点もあるんだぜ?」
「どこが」
「首に当てた時、相手の視線だと黒色の部分しか見えない。これが鋼の銀色だと想像もしやすいが、刃の部分が目に入らないと、危機感が薄れる」
「何をされてるか、一瞬迷うってか?」
「恐怖がなくなるだろ? そういう、当たり前が変わる瞬間が欲しい時があるんだよ。幅が100ミリもあるナイフも、使い勝手が良くなる」
「それもだ。もっと細身に――というか、ミカが使ってるやつの短い感じでも良かったんじゃねえのか」
「そうだな」
刀ほど長くないのなら、脇差……いや、小太刀か。
「扱えるが、こっちの方が慣れてる。幅が半分だと、見極めの時間も半分だ。一応、全部に理由はある」
「設計図を持ち込んで、有無を言わせなかっただけの代物だとは思ってるけどな」
「だとして、こいつの完成度は十割か?」
「本当に嫌なことを訊くな、お前は」
満足していない作品を渡すなんて、作り手としては情けない話だ。
「七割だ」
「一度使ったら、早めに見せてやるよ。明日か明後日あたりには、ミカさんとやり合って感触を確かめるつもりだ」
「次を作るのは決定か……ま、いいだろう。お前には充分すぎる金を貰ってたから、資材を買い込めた。というか、ミカとやり合えるのか」
「そのために入学したんだよ。試験で手合わせしてな」
「へえ、どうだ勝てるか」
「勝つ? そりゃ具体的にどういう意味だ? ――と、まあ、おっさんは戦闘は専門じゃなかったな。悪いがそこらへんの学生と違って、勝ち負けの試合に興味はねえよ。俺がやる時は、殺すか殺されるかだ。そいつは魔物でも人間でも変わりはない」
「物騒な話だな……だがまあ、言わんとすることは、わからないでもない」
「敵に回った時の想定はしてるさ、俺から敵に回すことはないけどな。やり方は黙っておくぜ? まともな感性じゃ受け入れられない。その上で、正面からやり合えば勝ち筋は、ほとんど見えないな」
「正面からじゃなけりゃ良いのか」
「結果、そうなるのと、最初からそうなるのとじゃ、天と地の差がある。だからこそ教わるものがあるんだろ。それに、誰かより強いだのなんだのと、そういうのには興味がないんでな」
「そうか、まだ学生だったな、お前は」
そう言ったはずだけどなとエンスは笑うが、行動が学生らしくないのは自覚している。
「ん? そろそろ長期休暇の時期だろう? お前は帰らないのか」
「おう、俺は帰らねえよ。それに、今年は前倒しで休暇に入ってる」
「何かあったのか」
「一応、かん口令は敷かれてるが、恒例の演習中に事故があってな? 学園側としてもその対応もあって、学生たちは一足先に休暇入りってことさ」
「事故、ねえ」
「三ヶ所で同時に爆発があったらしい。こっちとしちゃ、ありがたい話だよな」
「俺にはあまり関係のない話か。それでも、同時期に休暇を取る同業者も多い。いろいろと手配しとかないとな」
「俺はようやく仕事休みさ」
「そうなのか? いや、お前が普段、何をしているかは知らないが」
「少なくとも得物が完成するまでは、冒険者の仕事をメインにすると決めてた」
「普通は逆だろう……市販のナイフか?」
「二ヶ月前に見せた時から、何度か買い替えてる。今持ってるのも、新品同然さ」
大まかな削りを終えて、軽く握ってみて、細かい調整に移った。
「指の形には削らないんだな」
「否定はしないが、微調整が利かなくなるし、そもそも握り方が一つで固定されちまう」
「ってことは、あまり強くは握らないのか」
「形が変わるほどじゃないな。基本的に握り手は自分で調整するさ。そこまで他人任せにすると、言い訳がしにくくなる」
お前のせいだ、などと。
鍛冶屋に向かって言うような間抜けにはなりたくない。
「よし、まあ、こんなもんか。本当に細かい部分は後でじっくりやる。おっさんの時間を奪うことはねえ」
「そうか」
二振りを鞘に入れ、まずは右側の腰――いや、太ももに近い部分にぶら下げる。そしてもう一本は、腰の裏に左手で抜けるような位置へ。
「んー……」
基本的には、ズボンを留めるベルトを利用しているのだが、あまり重いようだと、別の留め具やベルトを使った方が良い。そのあたりも要調整だ。
引き抜く。
両手で柄尻にある輪に指を通して抜き、回転させて順手で握り、また回転させて戻す。
「八割の完成度だ、おっさん。俺も満足とは言わないが、これで充分使えるぜ」
「だから、そいつは誉め言葉じゃねえよ。わかってて言うな」
「おっさんより一割増ってあたりに、気を遣ってるんだけどなあ」
「実際に使ってから、改めて評価しろ。まったく……」
「感謝はしてる。――追加料金はもう少し待っててくれ」
「おう。次の作成は視野に入れておく」
「頼んだ。また数日後に」
ひらひらと手を振って、エンスを見送る。
だが。
その数日後に傷だらけになったナイフを見て、最低でも研ぎをしなくては使い物にならないと彼は判断し、頭を痛めることを、今はまだ知らない。
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