学園都市
第21話 演習の事故
ここ一ヶ月、リック・ネイ・エンスがやっていたことと言えば、冒険者ギルドから以来を受けて仕事をやることと、外で魔物を狩ることだ。
良かったのは、エンスの実力があれば、どちらも並行して行えたことだろう。
はっきり言って、自分の錬度には不満がある。むしろ、ようやく本格的な訓練をやるべき段階、年齢に伴う肉体を手に入れられたと、そういう状況なのだが、
目安としては二年くらいを見ているが、場合によっては急がなくてはならない。そういうイレギュラーも含めて、先を見据えなくては。
当面の目標は一年の学費と、注文している得物の支払いだ。
仕事を選ぶ基準は、今の自分にできる範囲であること。結果的に一ヶ月の成果で最低のランクFから、二つ上がって、ランクDになった。ここから先は試験があるらしいが、まだ得物が届いていないので、という理由で先送りにしている。
ただ、さすがにまだ期間も短いため、得物の支払いは可能だが、学費はせいぜい半年分。エンスは先に支払いを済ませ、改めて手元に金のない生活が戻ってきた。
金なんて、必要以上に持たない方が良い。そのぶん稼ごうという意識が出てくるから。
さて。
改めて、また稼ごうと冒険者ギルドへ向かったのだが、随分と依頼が少なかった。ほんの三日前には、倍以上の数があったのだが。
「よう、姉ちゃん」
「はい? あらエンス、また仕事? しばらく立て続けに依頼を達成してたんだから、少し休んだ方が良いですよ」
「大した仕事はしてねえよ。俺にとっても安全な範囲でやってるさ。ま、学業を疎かにしてる時点で、でけえ口は叩けないか」
「それはそうです。仕事ぶりを見ていると忘れそうになりますけどね」
「そうか? ランクが上がると面倒も多そうだし、そこそこが一番だろうけどな」
「ご安心を。そういう話は出てませんよ」
「良いことだ。でだ、どういうわけか依頼が少ないだろ。何かあったのか」
「あ、そういえばエンスはこっちに来て間もなかったっけ」
「学生になったのも最近だぜ? 物忘れと一緒に自分の年齢も忘れられたらラッキーだな――いてえ」
頭を殴られた。あえて避けなかったのは、殴られて当然だと思っているからだ。
「まったく……学生たちが長期休暇で帰省する前、この時期に三ヶ国が周辺地域で軍事演習をするの」
「――へえ? 共同訓練ってわけじゃなさそうだ」
「もちろん」
「学園都市は中立で、不可侵の取り決めだろう?」
「だから示威行為ね。周辺三国は、演習の名目でお互いをけん制する」
「立地的にもここは、戦略対象になりうるのか」
「少なくとも、ここの学生全員が一つの国に入るのなら、それだけで充分な利益になるでしょうね。ただ間違いなく大規模な戦争を引き起こすことが確実になる」
「なるほどねえ……」
手出しができない、手出しさせない。場合によっては手に入れる。
三国の思惑も政治的なものがたぶんに含まれており、実際に戦闘をしてしまうほどではないのだろう。
「こっちにしちゃいい迷惑、か。ふうん……」
受付テーブルに左腕を乗せ、顔を近づけるよう軽く身を乗り出したエンスは、彼女の顔を見る。彼女は無意識に、目だけを動かして左右を見て、はたと、何かに気づいたように口の端を歪めた。
「ああそうだエンス、時間はありますか?」
「ん、そりゃ構わないが」
「依頼達成数もそうですが、ここのところ達成速度が速すぎます。個人的に聞きたいことがあるので、上へ場所を移しましょう」
「べつに悪いことはしてねえつもりだが、まあ、仕事もないって話だし、いいぜ」
どうやら。
思っていた通り、彼女はエンスの考えを察してくれているようだ。
受付は別の人に頼み、二階へ。少し考えてから、彼女はギルドマスターの部屋を選択した。
「こちらへ」
「おう」
事務室、と言えばいいのだろうか。正面には事務机があり、椅子に座って作業をしているのは中年の男だ。
「なんだ?」
「仕事を続けてください。ちょっと場所を借りますね、ギルマス」
「ああ? そっちは――確かエンスだったか」
「よう、初めまして。ご苦労さん」
手前にはテーブルを挟んでソファが設置されているが、エンスはまず窓際に行って景色を確認してから、近くの壁に背を預ける。
「姉ちゃん、確認だ」
「はい、なんでしょう」
「学園都市には、軍事力……戦力、つまり兵隊はいない。そうだな?」
「表にも、裏にもありませんよ。あったとしても、それは外部から入ってきてる人だけです」
「それは公式見解で、もちろん学園長も強く認識しているところだな?」
「あらら、政治家みたいな言葉ですね。もちろんそうですよ」
「冒険者の立ち位置はどうなってる?」
「冒険者個人が何をしようと、依頼を出していない以上、ギルドとしては何も。もちろん高ランク冒険者は別ですが」
「まあ、ちょっかいを出す馬鹿はいねえよな。ギルドとしても黙認って感じか」
「関係ありませんから」
会話の内容が気になったのか、ギルマスは嫌そうな顔をして手を止めると、煙草に火を点けた。
「おい、馬鹿な真似はやめろよ面倒くせえ」
「あ? 何の話だ? 俺はここに来て間もないから、知らないことを教わってるだけだぜ。俺一人で演習先に乗り込んだところで、何かできるなんて思っちゃいねえよ。それで姉ちゃん、演習ってのは花火でも上げるのか?」
「うん、それはそう。ただ彼らにとっては魔物がいる場所を、隊列を組んで、全員で到着すること自体が訓練というか、演習になるから」
「ご苦労なことだな。場所は?」
「そうねえ」
ギルマスの座っている場所の背後に、大き目の地図があり、彼女はその横に移動して。
「だいたい、このあたり。警戒しながらだと移動に二日くらいですね」
「学園都市としては、どうなんだ?」
「どう、とは?」
「もしも進軍を開始したら――あるいは」
「各国に属する学生もいますからね、また今年もやるんだと、そういう感覚です。それほど脅威だとは思ってませんし、学園側も外交努力をしていますから」
「それに配慮して、冒険者ギルドも討伐依頼なんかを取り下げてるわけか。日時は決まってないんだろ?」
「そうですね。ただ、遅くても二十日後くらいには始るかと。演習を三日やって、戻るまでの時間、さらに学生たちの長期休暇まで」
「日時の逆算か。で、示し合わせて三ヶ国がスケジュールを調整するタイミング、ね。なるほど、概要は理解できた。――いい迷惑だ」
「まったくです」
「じゃ、しばらく仕事はやめておくよ。ありがとな姉ちゃん」
「いえ、担当の受付としては当然ですから」
「……いつ俺の担当になったんだ?」
「はじめからですよ?」
「そうかい」
その言葉が本当かどうかは知らないが、言及はしないでおいた。
※
三ヶ国が同時に演習を行う、というのが大きな問題になっている。
これは三ヶ国が納得して、演習をやめると言わない限り、どこか一つの国が拒否する限り、続けざるを得ない。ただ行軍の訓練にはなるだろうし、全員分の食料くらいしか金はかならないだろう。ともすれば、狩った魔物の素材でプラスになるかもしれない。
戦争をしないことが大前提には、なるが。
演習の日が近づいてきても、街の様子はほとんど変化がない。解体屋や素材屋が、仕事がなくて暇をしているくらいなものだ。
だからこの時期、ほかの街へ移動する冒険者もそれなりにいて、ギルドの内部は
「こういうタイミングで、学生たちを集中的に鍛えるような仕事を冒険者側がやってもいいんじゃねえか?」
受付の女性が出してくれた珈琲を片手にエンスが言えば、彼女、サクラは苦笑する。
「慈善事業ではないので、学校が資金を出さないとうちは受けられません。各学校が雇うかたちでの出向はもちろん、冒険者の依頼として出向している人もいるけど、せいぜい二十人くらいなものです」
「ミカさんは後者だっけな」
「ああ、あの子はまあ、いろいろ事情があるようだけど」
「ふうん。うちの学校なんかは、教えがいがあると思うんだけど、実力行使ってやつが嫌いだとかいう、甘いことを言ってるからなあ」
「エンスは現場主義?」
「自分がやろうとしていることが、目指す先が一体何で、そのために何をすべきか、そういう思考を当たり前に持たない甘ったれが面倒なだけだ」
「厳しいねえ」
「姉ちゃんだって、まさか引退して受付をやってるわけじゃないんだろ? 有事になりゃ、ここに顔を見せる連中を黙らせる働きをするはずだ」
「ふふふ、期待されても困ります」
「専属になったのは、俺があっさりくたばらないように――か?」
「それはどうでしょう。少なくとも今まで受けた依頼の中に、忠告をするようなものはありませんでした。できる範囲での金稼ぎ……といったところね」
「リスクとリターンを考えりゃそうなる。ただ、できる範囲ってやつを自分で見極めるのが最も困難だ」
「まったくね。ところで、学校はどうしました? こんなところで油を売ってていいの」
「ちょいちょい顔は見せてるが、注文してる俺の得物がまだ完成してねえんだよ」
「あら、じゃあ今までは?」
「そこらへんのナイフ」
「よく我慢できますね」
「目の前にあるものは何でも使えって性分だからな。おっと、客が来たぜ……ん?」
「ミカじゃないの。珍しい」
腰に刀を
「いらっしゃい」
「うん。……まあいいか。速報が入った。演習現場で事故発生、部隊が半壊。おそらく三ヶ所同時」
「――緊急!」
彼女の動きは早い。
手元の紙にがりがりと文字を記すと、立ち上がった。
「リコ! 今すぐこの情報を都市運営に流して、上へ報告させること!」
「はあい」
「レンゾは同じことをギルマスに報告!」
「諒解であります」
受付業務をしている二人の女性は、何の疑いも持たず、その言葉に従った。
「驚かないの?」
「あ? 演習中の事故なんて、よくあることだろ。それとも、俺の知ってる演習とは違うのか?」
「たぶん違う」
「あ、そう。どうしてミカさんがそんな情報を持ってて、わざわざギルドに報告したのか、俺は訊いてもいいのか?」
「話してなかったっけ」
「聞いてない」
「私はファズル王国から来てる。そこの、まあ、王家の血筋の子が学生で」
「ああ、なるほどね」
「――エンス、そこで何を納得したのよ」
「簡単だろ? 気にするところじゃねえよ、姉ちゃん。演習をやってる三国以外にも、ここに来てる学生は多い。ちょっと頭が回るやつなら、諜報活動をさせるさ。何事もなくても、有事に動けるように。そうであっても、速報が入るには早すぎると思うけど――まあ、術式でどうにかしてるんだろ」
「それを理解できるのがおかしいんです。それに――エンス、何かしましたね?」
「おっと? 一体何のことかわからねえが、この学園には確か、戦力がなかったはずだ。事故だろ、事故」
「エンス」
短く、ミカに言われて。
「あー、三つのうちの一つが、俺の故郷だったから、私情は入ってる」
「ちょっと待って、待ちなさい。エンスがやったのね?」
「ここ数日、もちろん今日も、俺は学園都市にいるんだぜ。何を言ってんだ、姉ちゃんは」
「それはそうだけど」
「時限術式?」
「いや、感応式」
ルールがわかったので、彼女は黙ってミカに任せることにした。
やったのか、よくわからない。つまりエンスは、自分がやったと口にはしないのだ。その上で、何をやったのか、その内容を問いかければ、返答がある。
「時限だと同時にできねえから、まずそれぞれ三ヶ所に感応式の爆発術式を仕掛けておいて、実行の鍵だけは三ヶ所と繋げた」
「――そうか、魔物避けの結界ね?」
「
つまり。
二段階の認証だ。
魔物避けの結界を張るだけで発動はするが、実際に爆発はしない。その状態が三ヶ所同時に行われ、発動した時点でようやく、起爆する――どうやったか、は問題にしない。
今はその事実だけで、充分だ。
「あー……」
彼女は髪留めをとった。最初から魔術品なのか、長い髪が落ちるのと同時に、色合いが赤色から黒色へ。
「しょうがない、私が説明してくるわ」
「どうした姉ちゃん、嫌だと顔に描いてあるぜ?」
「嫌だもの。わざわざ、学園に戦力がないことを確認した配慮は、まあ、助かったけど」
「どうせ、演習だって黙認であって、一度たりともこっちは許可してねえんだろ? 文句を言ってきたら好機だぜ。俺なら大笑いしてやるところだ」
「性格、悪いですね、知ってたけど」
「姉ちゃんが都市運営と関わりがあるのは知らなかったよ」
「スノウリーカ・フェンブルド」
「へえ、学園長の血縁か。そりゃ大変だ、ご苦労様。愚痴を言いたいなら酒場に付き合ってやるよ、姉ちゃんの奢りでな」
「まったく……追加情報は?」
「運が悪くても、死者は五人以下。けが人は多数だ」
「わかりました。情報提供に感謝します、報酬はのちほど。私はギルマスに話してきますね」
「どーぞ」
ああ嫌だと呟きながら二階に行く彼女を見送り、エンスは小さく笑った。
「――死者はなし?」
「不思議か?」
「うん。配慮したのは、わかる。できるけどやらない、これも理解できる。でも、あえて狙う必要があるの?」
「そうか、ミカさんも戦場を知らないのか」
「知らないけど……関係あるの? 流儀?」
「人が争う戦場では、屍体を積み上げるよりもけが人を増やした方が効果的だ。部隊は仲間を見捨てない。罠を仕掛けるのもそうだけどな……何より、けが人を運ぶ労力、治療に使う物資、加えて食料の消費と、メリットの方が多いんだよ」
とはいえ。
かつての戦場で人が大勢動くなんてことは、そうそうなかった。
何故なら、世界的に人口は減少し、人を育てて戦場で使うよりも、兵器を開発して自動化させた方が、安上がりだったから。
「ま、突き詰めれば戦争なんて経済だ。クソッタレな話だぜ」
「……そう」
今回のことは、あくまでも嫌がらせでしかない。
何故こんなことを?
仕事をやろうとした時に、できなかった腹いせだ。
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