第13話 夜の王、夜の眷属

 あれから四日後、ミカさんとサヤさん、そしてキーニャという女性がぼくの宿に顔を見せた。

 これは事情説明かなと思ったので、入り口のテーブルではなく、ぼくの部屋へ案内する。

 そもそも部屋とは、一つの区切りがすでにできている。こういう場所は、狭いと感じるかもしれないが、結界などを張るには実に適している。

 つまり、最初からある区切りを利用し、それを強化したり、曖昧にしたり、そういう付加が容易くなり、また、陣を敷くという意味合いで、拠点を作れるわけだ。

 さらに言えば。

「ちょっと待って」

 会話が始まる前に、ぼくは三十八枚の術陣を両手の間に展開し、ざっと目を通してから手を叩く。


 ――よし、できた。


 周囲の景色が変化している。全面が白色で、足元も天井も白――これは感覚が狂いそうだと思い、いくつかの術式を使って壁を再現し、それによって狭さ、つまり範囲を感じられるようになる。色合いはさっきの宿の部屋を参考に。

 天井は……うん、こっちも同じようにしておこうか。

「これは? 干渉するタイミングはなかったけど」

「うん」

 サヤさんに対し、ぼくは頷く。

「先日、男の人が持ってた魔術品を再現したんだ。今回は術者であるぼくも中に入ったけど、この空間自体は手のひらサイズのキューブくらいにできる。次元式の応用だ。格納倉庫ガレージを改良したような感じだね」

「わかりやすいね、それ。……格納倉庫の中に入ったことはないけど」

「解析して作ったの?」

「いや」

 あーいかん、思わず否定してしまった。

 誤魔化せばよかったのか。

「……うん、ぼくにとって作るってのは、かなりの苦手分野に入るからね。あくまでも、そう、模倣に限りなく近い。アレンジは入れられるけどね」

 あまり長く持続できるほど、ぼくの魔力は多くないので、すぐに解除して元に戻す――いや、戻る。

 持続的に魔力を消費しないなら、ぼくは中に入らず、目的の人物だけ閉じ込めた方が効率は良さそうだ。あとは循環系の構成を上手く改変する必要がある。

「そっちの解析がどのくらい進んでるか知らないけど、こんな感じだとは伝えておきたくてね。それで用件は?」

「そうね」

 軽く頭を下げたのは、今まで何も言わなかった女性だった。

「今回は手助けをいただき、ありがとうございます」

「ぼくは、ただ勝手にやっただけで、手を貸したわけじゃないよ」

「あらそう、ならいいわね」

 にっこり笑顔でそう言ったので、ぼくは頷く。

「キーニャよ。一応、ファズル王国では王族の血を継いでる」

「ふうん」

 だから二人が守るかたちになっていたのか。

「二人は幼馴染。さあ、まずはあの女性のことだけれど」

「もう死んだ?」

「ええ。――夜の王にわが身を奉げる、と言ってね」

「……?」

「あら、知らないのね。これは夜の眷属と呼ばれる種族の中でも、一部が口にする典型的な言葉なの」

「種族? ということは、明かりが消えた時に感じがあの移動は、種族的な何かか?」

「術式の反応じゃなかったでしょう?」

「まあね。次元式の移動かと思ったけど、それにしては違うなとは思ってたよ」

夜渡よわたりなんて呼ばれる移動手段らしいわよ。基本的には影に潜むらしいけれど」

「ふうん……? 彼らは敵か?」

「どうかしら。目的はよくわからなくて、うち……ファズル王国だけでなく、各国にちょっかいをかけてる手合いなのは確かよ」

「傭兵でもない?」

「ええ、違うわね。群れで動くことは、あまりないわ。戦争を引き起こした過去もあるけれど、あれも煽動に限りなく近かったから」

「なるほど、何か考えがあってのことか」

「――あなたの行動、決断が早かったのが気になるわ」

「ああ、うん。相手が何か知らなかったけど、助言を受けてね。面倒なのがちょろちょろしている、とだけ」

 実際に詳しい話は聞いていない。

 あれは確か、姉さんと逢った翌日くらいだったかな。この街の裏側を仕切っているある男が、ぼくに接触してきたのだ。

 まあ、ぼくがやたらと裏側の人たちに捕まるものだから、いい加減にしろと文句を言いにきた。いや文句はぼくが言いたいし、事情を話したら酒も奢ってくれたので、決して悪い人じゃないんだけど。

 実は昨日、いや、一昨日にも逢った。状況が終わったところで、あちらから接触してきたのだ。にやにやと笑いながら、いやあ災難だったな? とか言ってた。

「どこで、誰が、そういうのは知らなかったけど、ぼくはきっと引き寄せるだろうから、チェックだけはしてたんだよ。――あのナイフの特徴を教えてもらっていたから」

「それで即応したのね」

「どうしようかは、考えていなかったんだけど、あんな魔術品を用意していた以上、ぼくも巻き込まれるからね。そうなるなら、ぼくの敵だ」

 そして。

「ぼくは敵に容赦をしない」

「それは信念?」

「うん、似たようなものかな。結果としては良かったのなら、ぼくとしては何も」

「……そうね、ええ、納得したわ。それともう一つ」

「うん?」

「ミカとサヤに聞いたけど、なにあれ、運を食べるって。どういう術式を組んだのよ」

「こればかりは説明が難しいね。最初からぼくの性質、というか体質と密接に関連してるし、術式としてはなんというか、生命体の創造に近い部分もあるからね。アレ……というか、コレは、ぼくの不運そのものだ。食べるって表現は正しいけれど、吸い取るってイメージの方が近いかもしれない」

「だったら具現リニティ?」

「ああうん、それ」

「へええ、あんな複雑な術式を構成するなんて、二年くらいかかったでしょう」

「四年かな。そういうあなただって、領域型スフィアの術式を常時展開術式リアルタイムセルで拒絶したじゃないか。今もやってるそれを、解析してみたいよ」

「ああ、それもね。ミカは立ち合いをしていて気付いたみたいだけど、サヤは反応が遅れたわね。ニルエアだけを対象とせず、感覚が狂う領域を展開したのよね、あれ」

「うん。こっちに来るまでに、そういう森の中で一ヶ月くらい過ごしていて、術式を解析したんだよ。それを再現してみた」

「――森?」

 出入り口の扉に背中を預け、腕を組んでいたミカさんが口を開いた。

生きる森リビングフォレストのこと?」

「名称は知らないけど、歩いて脱出するのは難しいだろうね。彼――ああ、ぼくは便宜上、そう呼んでいたんだけど、彼の気分次第じゃないかな」

「地形の変化は?」

「見て取れたよ、あれは補強でもあるし、誘導でもある。水場もあったし、ぼくの場合は魔物が襲って来ることが日常だったから、食料にも困らなかった」

「感覚のズレに加えて、視覚的な操作か……冒険者が調査に向かったって話を耳にしてる」

「ああ、三人組かな? 来客があったから、残念だけどぼくはその時点で撤退したよ」

「あら、どうやって突破したのかしら」

「突破はしていないよ。――空から脱出しただけだ」

「なるほど、シンプルね。……あなた本当に面白いわね。うちに来ない?」

「今日初めて、まともに会話をしたばかりだよ」

「そうだけれど」

 関係を切らしたくはないと、そう言って彼女は笑った。

「今日はひとまず、報告だけ。もっと話していたいけど、この後に予定もあるから」

「そうか」

 ぼくとしても、魔術の話ならもっとしていたい。何より、彼女の、キーニャさんの常時展開術式は本腰を入れて解析したい。

 何かを新しく作ることができないぼくは。そうやって他人の何かを解析するところから始めなくてはならないから。

 さておき。

 彼女たちが去ってから一時間ほどしてから、ぼくは改めて部屋を術式で封鎖する。

 まずは術陣じゅつじんを敷く。

 本来なら地面などに刻むのだが、それを術陣の展開で補い、手持ちの宝石を大小八個を使い、常時展開に回していてあまり余裕のない魔力を補助。

 とはいえ、それほど長い時間は維持できないだろう。

 この術式は、遠くにいる相手と連絡を取るためのものだから。


 相手は、古い文献などを探し、集め、考察する友人だ。


 深呼吸を一つ入れてから、術式を起動する。魔力波動シグナルは部屋に充満するよう溢れるが、決して外には出ない。

 遠くにいる相手と魔力を繋げるだなんてこと、物理的にはほぼ不可能だから、ここでは別の手段を使っている。

『――なんだ』

 挨拶は後回し。まずは。

「夜の王に関して、知っていることを教えてくれ」

『教会と事を構えたのか?』

「いいや」

『そうか』

 へえ……自分を生贄にして死ぬ、なんて宗教的な何かを感じたけど、やっぱり関係してるのか。

「夜の眷属を二人、処分した」

『古い、古い話だ。俺が集めている文献や口伝の中であっても、古い物語だと表現するくらいに』

「信憑性はほぼなく、そうであっただろうと想像した上での、そう、おはなし、というやつか」

『そう思って聞いとけ。かつて夜の王と呼ばれる存在があった。友人は猫と蛇とある。彼は戯れに手の指を片方だけすべて斬り落とす――親指と、薬指、そして中指だけが人の形となった。金色の輝きを持つ親指と薬指を、金色の従属。黒色になった中指を、夜の眷属と呼ぶようになる』

「――夜の王は、では、金色か?」

『そう言われている。夜の王に従属した金色に対し、黒色は文字通り、夜の眷属となった。吸血能力はないにせよ、身体能力がそこそこ高い、吸血種のなりそこない、異種族だと捉えて構わない』

「では、生贄を奉げたところで」

『ああ、本質的にはまったく意味がないことだ。それにこれは俺の予想だが、夜の王は未だに存在している』

「確証が?」

『少なくとも猫目ねこめと呼ばれる存在が、今もいる。彼の友人だ。蛇の方もな……』

「なるほど」

『夜の眷属は教会を隠れ蓑にしているし、猫目は嫌っている。もしも接触したいのなら、兎人族を探せ』

「兎は珍しいだろう?」

『であればこそ、猫目が保護している。といっても、術式で目印をつけているんだが』

「深入りしないよう気を付けろ、と言うところだよ」

『俺の知ったことじゃない。そろそろ限界だろう、ほかに用件は』

「今のところないし、あと二回は備蓄がある。また連絡するよ」

『おう。じゃあなディア』

「うん、またねリュウゼツ」

 友人とはいえ、顔を合わせたのは一度だけ。なんでも先生の友人の息子だそうで、魔術にも詳しいから、それなりに手を貸してもらった相手だ。ぼくの連絡にも、不機嫌になることなく、ちゃんと受け答えてくれる、ありがたい友人である。

 しかし、夜の眷属か。

 場合によっては教会が敵に回るともなれば、多少は慎重に動く必要があるかもしれない。

 ただ、その時は。

 いや。

 まだまだ、戦力不足、いや、錬度不足かな。

 状況が動くまでは、無視しておこう。

 ――どうせ、準備が整う前に、何かしら問題が起こるだろうから。


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