第10話 ミカとサヤ

 取引を終えてから、紹介された宿をとりあえず十日滞在で契約し、支払いを済ませたぼくは、その日は外に出なかった。

 運というのは、変化するものだ。運が良い人がいたところで、それが常に持続するようなものではないのと同じよう、不運だとて変化する。ここのところは、少なくとも街に入ってからのぼくは、安定していると言えよう。

 最悪を想定して準備をしておけば、不運というものは乗り切れる。

 運が良かった、悪かった――というのは結果であって、回避は難しいにせよ、防ぐことはできるし、軽減も可能だ。特に悪い方は……まあ、ある程度は防げるし、対処しないとぼくが大変なことになる。

 さておき。

 ギルドカードの内容を改めて解析したのと、迷った森の中でぼくが受けた術式の構築などに没頭していたら、いつの間にか夜になっていたから、仕方ないと翌日の昼前から行動を始めた。

 ぼくがやるべきことは、姉さんに逢うことだけだ。しかも、家を出て旅をすると伝えるだけである。

 なんというか。

 、というのがぼくにとっては問題なのだが。

 そういえば、この学園都市で宿なんて経営できるのか、なんて思ったものだが、利用者はそれなりにいるらしい。学生の大半は、各国から来ていることもあって寮を使うけれど、特に外部講師は最短で一ヶ月、という任期もあって、そういう人物がよく使うようだ。

 だからぼくのように、十日の滞在は珍しいと、店主が言っていた。言ったというか、顔に出てた。

 この学園都市は、あくまでも中立。各国の重鎮が来ていても、扱いはそう変わらずただの学生だし、利用するのを禁じている。

 ――つまり、かなりの武力が集まっているとも言えよう。

 そのわりに、入り口のところの審査が甘かった、いや、厳しくなかったのは、何か理由があるのだろうか。考えてもわからないから、覚えておくだけにしておこう。

 ぼくには、わからないことの方が多いのだから。

 ただ意識してみると、定期的に巡回している警備兵の錬度が高い――ような気がする。うん、これも課題だ。ぼくは相手を見て、実力を推し量ることができない。

 先生たちにも言われたけど、残念ながら人付き合いというものが極端になくて、対人経験もないから、やったことがないのだ。二人の先生だけじゃ、どうしようもなかった。

 その点では、ここで経験を積むのも良いかな。トラブルも起きそうだけど。

 さて。

 姉さんが生活をしているところは、どちらかというと戦闘を教えている学校である。敷地内に入る前、入り口に受付があった。

 小さな露店……ではないにせよ、窓口があって、そこにいる男性へ声をかける。

「ここに、ニルエア・ワロンヌがいると聞いた」

「あ? どうした小僧、その人物に何か?」

「ディアが来た、と伝言を。弟だ」

 頼むと、短く言ってぼくはすぐ背を向ける。これは布石で、明日にもう一度やってきて同じことを言えば、姉さんに伝わるだろう。運が悪ければ三度目もある、つまりこのくらいは想定内だ。

 けれど。

「――あんた」

 今まさに、学校に来ただろう女性が。

「正気?」

 ぼくに対して、声をかけてきた。

 黒い髪、頭の上の耳に、顔の横の耳。背丈はぼくより少し低いくらいだが、腰の裏に尻尾が三つ――初めて見た。

 黒狐くろきつね族だ。

「違う、ごめん」

 ん?

「正気でいられるの?」

「うん、今のところは」

「ミカさん、知り合いか?」

「いや。用事は?」

「姉さんに伝言。ぼくが来た、と」

「それ、ちゃんと伝えておいて。あんたはこっち」

 ちょいちょいと手招きをされ、通りを挟んで反対側にある喫茶店へ。普段は学生たちが使っているのだろう、ぼくはテラスで待たされた。

 すごいな、彼女は。腰に刀をいているから、たぶん学生に指導する立場なんだろうけれど、それにしたって一目で、いや、そうでなくても見ただけでぼくのことを――ぼくの不運を見抜くかれるのは、先生を除けば初めてだ。

 どうなんだろう、そんなにわかりやすいのか、聞いてみよう。

 戻ってきた彼女は、対面に座ってぼくには珈琲をくれた。背もたれの隙間から後ろ側に出している尻尾が、なんか可愛い。これが一家に一台あれば喧嘩もなくなりそう。

 ――あ。

「ごめん」

「なに?」

「尻尾、隠してたから」

 認識阻害モザイクの術式だ。大半の人は一本しか尻尾がないように見えるはず。

「ミカ」

「ディア」

 お互いに名前を交換して。

はなに?」

 彼女には、一体どう見えているのだろうか。

「ぼくはいつも、運が悪い」

 言えば、すぐ片手を上げて続きを制した。

 ――この人はすごい。

 今ある状況から、ぼくの言葉だけで何かを理解しようとしている。

「……仕組みは」

 問われたので、ぼくは指先で珈琲のカップを軽く弾いた。

「運は総量だ、と仮定している」

 一息、時間をおいて。

「仮定ね?」

「そうだ」

 ありがたい。

 ぼくの言動はなにかと誤解されやすいが、言葉を飲み込んで咀嚼そしゃくする時間を作ってくれると、そういう可能性も低くなる。

 誤解なんて、大半は思い込みだから。

「違ってたら指摘して。……運なんて不確定なものを、器があって水が入っていると仮定する。水の量は、理由はともかく増えたり減ったりして、ツイてる時もあればツイてない時もある。運が良い時はその水を使う、だから減る。いつの間にか増えている」

「うん」

「ただ、ディアの場合それが逆転してる?」

「おそらくは」

「器を小さくする」

「仮定の話だ、現実的じゃない」

 そもそも、器があったとしても、それがどこにあるのか、何なのかがわからない。

「……現実的なアプローチ。だったら」

 小さく吐息を落とした彼女は、珈琲を一口飲んで、ぼくを見た。

「石でも詰める?」

「うん、おそらくそれは成功する。ただ」

「相手の幸運でも奪う?」

「たぶんそれが一番近しい表現になる」

 その方法も、実は持っている。あるいは、それが完成したから、先生たちと離れられたとも考えられる。

「ニルエアの運が良いのと、因果関係は」

「――ない」

 今度はぼくが、一息を入れて。

「少なくともぼくはそう思っている」

 仮定の話というのもあるけれど、念のため、そう付け加えた。

 というか。

「姉さんは運が良い?」

「時には、それで切り抜けることもある。本人は自覚的なのが救いね。で、は直接関係が?」

「これは」

 彼女にはどう見えているのかは知らないけれど。

「自動的に相手の運を喰う術式だ。それを抑えてる」

「――」

 何かを言おうとして、あえて珈琲を飲む時間を作って、それから。

「そう、常時展開リアルタイムセルする必要があるのね」

 うん、その通り。

 本来なら、負担になるから常時展開なんてするもんじゃないけど、この術式には相手を喰うだけでなく、ぼくの運気の循環も兼ねているし、この不運が他者へ与える影響を抑える役目にもなっている。

「冒険者?」

「いや、商業ギルドには所属した。まだ、人と関わりたくない」

「……ニルエアへの用件は?」

「別れの挨拶――だけど」

 今のところは、だ。

「場合によっては。予定もないから」

「そう。普通に話せるの?」

「話せる」

 端的に区切ることにしているけれど、先生たちの前では普通に話してたから。それにまあ、今こうしている時も周囲の様子とか、それなりに警戒しつつも、会話をすること自体に緊張もあった。

 それに。

「今日は安定してる」

「そう。……ああ、友人が来た」

 彼女が片手を上げると、学校に入ろうとした女性がこちらに気付き――そして。

 一度足を止め、そして重い足を動かすようこちらに来た。

「――あなた正気? ああ、いえ、そうではなくて」

「ぼくは正気だよ」

「同じ反応ね、サヤ。この子はディア、運が悪い」

「……、うん、ちょっと待っててちょうだい」

 サヤと呼ばれた彼女は一度中に入り、カフェラテを片手に戻ってきた。

「運が悪いのね?」

「うん。さっきも言ったけど、今日は安定してる」

「あらそうなの?」

「荷物運搬中の人にぶつかりそうになったのが三回、スリとの遭遇が二回、上空から物が落ちてきたのが三回、呼び止められたのが二回……だけ。どれも対処できた」

 これがぼくの日常である。

 サヤさんはミカさんの隣の椅子に座ると、予備動作のないまま周囲に結界を張った。なかなか手早いことから、慣れているとわかる――が。

 なんだろう。

 防音と隠蔽のあたりかな、という大雑把な感覚で術式にアプローチ。壊すのが目的じゃないので、あくまでも解析で、ちゃんと昨日の反省点も踏まえ、解析された情報の術陣は見えないように構成しておく。

「頭が痛くなってきたけど、で、事情はなに?」

 二度も説明するのは面倒だなと思ったら、代わりにミカさんがやってくれるらしい。

 任せよう。

 うーん、外部からの攻撃や侵入に対しての警報は構成にあるけど、内部からは想定してないみたいだ。

 そもそも。

 結界とは何かと問われた時、ぼくのような魔術師ならば、範囲と区切りの二つだ、と答える。偉そうなことを言ってるつもりはないけど、これは先生から教わった。

 特定の範囲を作り、そこを区切る。

 たったそれだけのことができていれば、それはもう、結界なのだ。もちろん現実的には、その範囲に何をするのか、どう区切っていて、何をもって内と外が違うのか、そういう構成を含めて術式として完成する。

 そして本来、魔術とは、同じ効果を発揮するものはあっても、同じ構成のものはない。違う人が作ってるんだから、違って当然だ。

 区切り方も、範囲指定も、やり方は当然のこと、構成のどこに仕込むかも違う。ぼくがやっている解析は、同じ効果があるだろうと思う部分を抜き出して、確認しつつ、どうなっているのかを把握し、ぼくなりの解釈をつける行為になる。

 防音は確かにある。空気の流れを止めてしまうと、窒息の可能性もあるので、どちらかというとノイズを展開して、声という波を消してしまっている。ただ簡易的なので、外からの声もキャンセルしていて、長時間の利用はあまり向いていない。

 内側と外側の意識が、あまり強くないというか。

「あーうん、うん」

 二人の会話の中、確認の部分は適当に。

 隠蔽の方もあるけれど、隠すというよりは誤魔化すに近い。このくらいだと、人がいることがわかって、目を凝らしても、たぶんこの人だろう、と思うくらいか。

 うん。

 あくまでも簡易的なものであって、本腰を入れてる術式じゃないな。

 そんな結論を出して顔を上げると、ミカさんがいなかった。

「……?」

 周囲を見るが、いない。

「ニルエアを呼びに行ったわよ」

「ああ、なるほど」

「何をしてたの? 心ここにあらずって感じだったけど。生返事だし」

「術式の解析を」

「――へえ?」

 彼女は頬杖をついて、顔をぼくに近づけた。

「ネクストか」

「……それは?」

「スキルって言葉はだいぶなくなって、魔術と呼ぶようになったけど、やってることは同じなのね。その中でも、ちゃんと魔術と向き合って、術式を扱う人間を、次のステージに移ったって意味も込めて、ネクストと呼ぶのよ」

「そうか」

 なるほどね。

「スキルの方が楽なのは確かなんだけどねえ……」

 それはそう。

 複雑かつ困難で、手順を踏みながら学習しなくてはならないものと、単純で簡単、何よりできないものはできず、割り切りもできるものなら、人はだいたい後者を選択する。

「普通に話せるんでしょ? スキルの捉え方を聞きたいんだけど」

「ああ、うん」

 じゃあ、どうしようか。

 んー、よし。

 右手をテーブルに置き、裏面に術陣を展開しつつも、正規の手順で彼女の結界を解除する。そして、ぼくの結界を再展開。

「あら……」

「うん。どうせ誰かが聞き耳を立てていて、ぼくの言葉尻を捉えてろくでもないことに発展するから」

「それもよくあること?」

「うん」

 いつものこと、と言ってもいい。だからさっきの結界じゃ不足する。

「これ、隔離よね」

「ぼくの中の分類だと、迷彩系かな。外から見てもなかなか気付きにくいと思うよ。寝る時はもうちょっと複合させるけど……ええと、スキルだっけ」

「そう」

「ぼくは学生じゃないから、どう教わってるのかは知らないけど、一番しっくり来てるのは、世界に登録された箱かな。タンスみたいなものでもいいんだけど、まあ、箱が並んでる。スキルはその箱の中身を取り出して使ってて、そのために必要な鍵を持つ」

 つまり。

「適応する鍵が持てるかどうかは、本人の特性次第。となれば、努力もクソもなく、理解もなく、適応できるかどうかが主体であって、を選択するだけ、かな」

「だいたい同じ見解ね」

「ところで、今の魔術、つまりスキルに関しては教会が深く関わっているんだけど」

 一瞬、嫌そうな顔をしたのが見えて、ぼくは小さく笑う。

「ああいや」

「大丈夫、誤解はしないから」

「ありがたいね。サヤさんが教会の関係者じゃなくて助かったよ。でもどうする? 確定情報じゃないけど、全面戦争になりうるけど」

「ちょっと待って。……それは、スキルに関係してるのよね?」

「そうだよ。どちらかというと歴史、いわば成り立ちについて」

「今の魔術はかつて教会が主導して広めた……って話じゃなく」

「それも含めて、かな。どちらかといえば、どうして教会が主導したのか」

 しばらく彼女は考えて。

「……聞かせて」

 踏み込んできた。この様子だと聞いたあとに後悔しそうだけど、まあ、その情報を元にして、タレコミしてぼくを陥れようって感じもなさそうだから。

 信用できるかどうか、試す意味も込めて、話そうか。

「確定情報じゃないのは、念頭に入れておいて」

 ぼくはさらに結界を強化する。隠蔽を強くするのではなく、警戒レベルを上げるものだ。警報が鳴ったのなら、それは、誰かが侵入、あるいは分析しようとしている、つまるところ外部内部を問わず、何かしらの干渉があった時点で最大警戒するように。

「どうして確定していないかっていうと、あまりに古すぎて、伝承を拾ってそこから読み解いたから。――かつて、神と呼ばれる存在が十二の名を連ねていた。人びとは一定の年齢になると教会で祈り、いずれかの神から祝福を受けることで、スキルを使えるようになっていた。これがおおよそ、二千年前のことだ」

「二千年……」

「たとえば、戦神ディージーマならば接近戦闘スキル。生活神フィイアなら、火を熾したり、水を生み出したり、そういう生活に関わるスキル」

「……鍵、ね」

「うん。でも、今の仕組みから逆を考察すると、わかるよね? 彼らは神なんて呼ばれていたけど、ただ、箱を開けるための鍵を与えるだけの役目だ」

「待って。……今はいない、そうね? だから私たちは、というか彼らは、鍵を自分で作る必要がある」

「うん」

「だったら」

「そう、人の手によって殺された。その神がどういう存在かは知らないけど、まあ、恐ろしいことをするものだね」

「……人の手で殺せるなら神じゃない。そのうえ、今はもう、神はいないってことね?」

「うん。戦闘系の神が先に殺されて、残りは人の世に落ちたらしいよ。その時がたぶん、教会の最盛期だけど――同時に、神を殺した勢力と全面戦争で、結果的にかなり弱った」

「ああ、威信そのものの回復か。神はいなくなった、その事実が薄れた頃にようやく、魔術と名を変えて、スキルを発展させる……ただ、神の御業とは言わないし、言えなかった。そんな流れね?」

「だいたいは。どちらかといえば歴史の話だね、これは。今の教会でも、上層部しか知らないだろうけど、各地の記録を隠しているのは事実みたいだね。――ごめん忘れてた。もちろんこれはぼくが調べたんじゃなく、調査が好きな知り合いから聞いた話だよ」

「そう……とんだ爆弾ね」

「事実、未だに人はスキルから逃れられていない。便利だからね」

「なるほど、連中が幅を利かせてるのは、そこらへんが理由か。各地でコソコソやってんのも、いわば証拠隠滅みたいな感じね」

 そうだねと頷き、ぼくは強化した結界だけを解除する。

「さて、文字式ルーンとの区別は必要かな?」

「ええと、ごめん、詳しくはないけど、確か文字によって成立する術式よね?」

「使い手はあまりいないかもしれないね。そう、実は文字式も、世界に登録してある術式を文字によって具現するものだ。スキルと似ているところもあるし、未だに意味が失われている文字も存在する。逆に言うと、理解、意味付けによって汎用性があるとも言い換えられる。あまりにも的外れだと効果は発揮されないけど、解釈次第ではどうとでもなる――魔術に限りなく近しいものだ。生涯を賭して研究する理由には充分だね」

「……一般魔術よりも、世界に寄り添う必要がある」

「その通り。本格的な文字式の使い手と敵対したら、ぼくは逃走を選択する。世界に寄りそうなんて冗談じゃない」

 もうその事象は、寄り添っているなんてものじゃなく。

 溶け込んでいるに近い。

 それはもう人を辞めるのと似たようなものだ。

「このくらいにしておこうか?」

「そうね……ん、遅いわね」

「そう簡単には捕まらないよ、ぼくが関わってるからね……本当なら、明日か明後日まで同じことを繰り返すつもりだったんだけど」

「何度もやらないと駄目か」

「ツイてないのが日常だからね、仕方がないよ。誰かの手を借りたところで、多少緩和するくらいなものだ。以前の話を聞く? たとえば、ぼくが握手をした時なんかは、たまたま相手の指が急所に突き刺さって、激痛が走るのに身動きができず、しかも相手はそのことに気付かない、なんてのが序の口でね」

「たまたま」

「意図はないんだよ」

 そう、だから悪気もない。

「運が悪いのをどうにかするために、誰かの幸運を奪う必要があるんでしょ?」

「そうだね」

「片っ端から犠牲を出すような真似はしないと思ってるけど、魔物は?」

「よほど幸運のある魔物がいるなら、効果はあるかもしれないけど、今のところ効果的だった魔物はいないね」

「――人を喰ったことは?」

「あるよ。二、三日くらいはぼくと同じくらいの不運になるけど、いずれ戻るよ。まあ、戻るとはいえ、元通りにはならないけど」

 だって。

「人はね、たまたま、不運で、死ぬんだよ、サヤさん」

 今までただの一度も喰っていなかったら、ぼくは十年も前に死んでいるから。

 今の不運を受け入れられるのも、かつてと比較したら充分に幸運だからだ。

「まあ、ツイてないことはあっても、その大半は対策しておけば回避できるものだからね。何かが生じても、どうにかできるなら、脅威にはならない。それこそ、小指を角にぶつけるなら、日ごろから注意しながら、角に緩衝材でも巻いておけばだいぶ回避できる」

「……そう」

「だから、姉さんを喰うつもりもないよ。ぼくは姉さんがいなかったら、生きていないから。――今のところは、ね」

「それは、……ああ、そう、こういう誤解か」

 あ、気付いたか。

「だから、逆で、犠牲とかそういう意味合いじゃなく、あの子が望んで、あなたがそれを受け入れる状況ならまだしも……ってことね」

「うん、そういう感じだ」

 敵対したら排除するとか、そういう理由でもない。むしろそうなら、とっとと逃げる。

 ――ああ。

「来たね」

「そうね」

「今から結界を解除するよ。サヤさん、それほど重要じゃないから、あまり本腰を入れなくてもいいんだけど」

「なに?」

「最低三人は、こっちを見てる。耳を傾けてるのは探すのが面倒だけど、視線だけならわかるはずだ」

「――?」

「うん、ぼくにとって面倒になる手合いばかりが、ね」

 言って、ぼくはテーブルの裏側に隠していた術陣を消し、解除する。

 その瞬間、嫌そうな顔をしたサヤさんは、額に手を当てて肘をつくと、そのまま大きな吐息を落とした。


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