第9話 学園都市ファンフルーテン
ぼくは田舎の村から出てきたので、世間知らずであることは自覚している。行動の一つ一つが周囲の常識とは外れているだろうことを前提として、できるだけ慎重に動くつもりだ。
街の出入り口には検問のようなものがあり、出る方は特にないようだが、入る方は軽い管理がされているらしい。ぼくは初回ということもあって、別口に案内される。こちらにはほとんど人が並んでいなかった。
通行証を持っていれば、ほとんど会話もなく通過できるが、ぼくのような人物は最低限の調査が必要らしい。なるほど、しっかりしている。
「学生希望か?」
まだ若い風貌の男は、ぼくを見てまず、そう言った。
「いいえ」
「あー、じゃあ目的は」
「姉に逢いに」
可能な限り、端的に、虚飾が施されないよう――つまり、相手に誤解されないよう、ぼくは言葉を放つ。あれこれと話してしまうと、どうしたってぼくは、不運な誤解を生んでしまうから。
「その姉は学生か」
ああ、これはあれか。
「ニルエア・ワロンヌ」
「――ああ、あのエルニアの、じゃあ弟さんか」
「有名なのか?」
「二年目でトップクラスに編入した実力者だからな。うちの息子から聞いたことがある。よし、これが通行証だ。なくすなよ? もし次に来る時にも使えるし、何かあった時、警備隊の詰め所で見せることもある。商店によっては提示を希望するところもあるからな」
「わかった」
「ようこそ、学園都市ファンフルーテンへ」
「ありがとう」
ふう……とりあえず、面倒ごとに発展することはなかった。うん、良い人だ、覚えておこう。
ここは学園都市。つまり、都市そのものが、学生たちの暮らす学園そのものになっている。イメージとしては、いくつかの学園が集まっている都市――で、合っているはず。
通りを歩いてみても、若い人が多い。ただ、学生たちが生活をする場である以上、大人たちがその地盤を固めているのも事実。
年に一度くらいは帰ってくる姉さんから、多少なりとも話は聞いていたので、あとは実地で確認しながらやっていこう。
とりあえず、魔物の素材を買い取ってもらおう。多少の金はあれど、本当に多少なので、今後のことを考えると換金しておいて損はない。
こういう場合は冒険者ギルドを訊ねた方が良いんだろうけれど、ぼくは冒険者になるつもりはない。あれはあれでメリットもあるけれど、冒険者のルールに縛られてしまう。それほど窮屈ではないにせよ、今はその気がない。
便利に使えるならそれでもいいけれど、詳細を聞いてからだ。
まあ、よくわかってないので、とりあえず大通りから奥の通りへ移動し、人を割けるよう移動しつつ――ああ、たぶんこの店舗だ。
解体屋の看板が出ているのでわかりやすい。
中に入ると、禿頭の男がカウンターで新聞を読んでいた。
「……なんだ?」
「素材の買い取りはしているか?」
「表の看板を見なかったのか、うちは解体屋だ」
ああ、別事業かな? それにしたって繋がりはありそうだけど。
「学生か」
「いや」
「なら冒険者か?」
「違う」
「ふん、だったら仕事は受け付けない」
「わかった」
やっぱり後ろ盾というか、自分のことをちゃんと証明できないと仕事はしてくれないか。うん、ぼくの不運があるにせよ、最初から許可された方があやしいから、これはこれで良い反応だ。
だからぼくは背を向けて、外に出る。もし条件が揃ったらここへ来ることにしよう。
一日か二日くらいなら宿をとるお金はあるけれど……ん? いや、まともに宿で寝れるかどうかっていう問題もあるな。
空を見上げれば、時刻は昼にはちょっと早いくらい。半日くらいは猶予があると考えて、いろいろと――。
「よう」
ん? なんだこの小僧……じゃなかった、同い年くらいだから、若い男性か。
「素材の売りを断られたって感じだな?」
ふうん、そう見えるかな。
「ワケアリな品でも抱えてんのか? だったら良い店を紹介してやってもいいぜ」
「……」
「多少のいわくつきでも買い取ってくれる」
「断る」
面倒なことしか想像できない。
「――へえ、そうかい。ま、もし頼みたくなったら俺を探すんだな」
なんだ、引き際はあっさりしてるじゃないか。てっきりもっと、強引に来るかと思ってたんだが……それとも。
ぼくのツキが、落ち着いているからか。
彼が離れて行く方向とは逆に行き、少し迂回するようにしてぼくはまた、あの解体屋に戻ってきた。
中に入れば、店主はこちらを見て、嫌そうな顔をする。
「何度来ても変わらんぞ」
「確認がしたい」
「あ?」
「今、外でワケアリの品でも買い取ってくれる店舗があると、声をかけられ断った。この都市ではこれが当たり前か?」
「……」
一息、彼は新聞を閉じてカウンターに置いた。
「当たり前なわきゃねえだろ。そんなもんが許可されちまったら、俺らの仕事がなくなる。どうして断った?」
「ワケアリの品なんて持ってない」
「そうか」
「ルール違反という認識で合っているか?」
「そうだ」
「取り締まりは」
「本腰は入れてねえよ。役割は――冒険者ギルドか、警備隊か」
「強引に引き止められなかったのは、その程度のものだと思って構わないか?」
「まあ、そうだな。間抜けを引っかけて遊び半分か、それこそ善意だったんだろう」
善意、ねえ。ぼくに対してはあまりなさそうだけど。
「事情が聞けたなら充分だ、ありがとう」
「……冒険者や学生になりたくない事情でもあるのか?」
「学生にはなれない。冒険者はどんな仕事なのかを、きちんと理解していない。ぼくの性質上、人助けや時間制限のあるものは、できないから」
「そうか。見せられる素材はあるか?」
なんだろう、買い取ってくれる雰囲気じゃないけど……まあ、隠してるわけでもなし。
次元式を使った
「なんだあ?」
「なにが」
「術式か?」
「そう。便利な荷物袋」
「……そうかい。この毛皮は自分で剥いだのか」
「うん。食料のついでに」
基本的に、狩ったのならその命を無駄にしたくはない。細かいものでも、使えそうならとっておくようにしている。
「そこそこ上手くやってるし、状態も悪くねえよ。このまま加工屋に持っていっても、そう文句は言われねえだろ」
あ、もういいのか。じゃあまた、影に落として収納しておく。
「うちは、冒険者メインで仕事をしてるが、お前さんは魔物を見つけて討伐することは主体じゃないんだな?」
「違う。襲ってきたからやっただけ。よくある」
本当によくあるんだけど、まあ、通じないだろう。
「解体ができるんなら、稼ぐって意味合いで、商業ギルドに登録するのも手だぞ」
「――違いは」
「商業ギルドの場合、商売だ。お前さんがどの程度、本腰を入れるか知ったことじゃねえが、加工屋に品を卸すのだって、立派な商売だ。うちも、解体を商売にしてるからギルド登録してある。一年に何度か、まあ、生活するくらいに金の動きがありゃ、登録抹消されることもねえ」
「面倒なところは?」
「あ? 大きく金を動かすことにならなけりゃ、特にねえよ。上納金っつーか、手数料は取られるが、それだって売り上げの一割くらいで済む。店舗持ちになると話は別だが、詳細は受付で聞けばいい。紹介状を書いてやってもいいが……お前さん、どのくらい売れるものを持ってるんだ?」
「さっきの毛皮なら八枚はある」
「充分だ。加工屋を紹介してやる、まずはそっちに顔を出せ。どうせ商業ギルドからは、顧客を持ってからもう一度来いと言われるからな」
「先回りか、ありがたい。基本的にぼくはツイてないから」
「準備の重要度を理解してるんならいい。少し待ってろ」
何かを書いている様子だが、内容は見ない。けれど、やはりぼくは警戒してしまう。
上手く話が進む時こそ警戒しろと、一般的には言うらしいが、ぼくは常にそうだ。今回のことが上手くいっているのかは、よくわかっていないが。
「ほれ、持ってけ」
「ありがとう。……どうしてぼくに?」
「困ってるんじゃねえのか」
「そうだけど」
「だったらそれでいい」
「そうか。……また来る」
「おう」
うん、大人というのは線引きができている人が多いな。深く立ち入らないから、ぼくの影響も少なくて済む。いや、対一だからってのも理由か。
ともかく、ぼくは手紙を受け取り、今度こそ店を後にした。
確かここでは、昼過ぎから学生たちが街に出てくるはず。なんでも、師弟関係というか、外部でかつ現役の人物の下について勉強する時間帯になっているらしい。課外実習、現場実習――呼び方までは知らないけど。
確か姉さんは、戦闘系の先生から学んでいると言っていた。何を目指しているのかは知らない。
通っている学園は聞いているので、そちらに向かってもいいが、まずは手紙を持って加工屋に行った方がいい。運が悪いやつが、ついでで物事を済まそうだなんて、笑い話だ。
大通りを渡った逆側の路地に入り、しばらく歩いて目的の加工屋を見つけたぼくは、中に入ってすぐ。
「ああ? なんだ、あんたか。売りの相談か?」
さっき声をかけてきた青年と、また顔を合わせた。
で、カウンターの中にいた女性に頭を殴られていた。
「いってえ!」
「お前、またやったのかい? 怪しいと思う相手に声をかけるのはやめな!」
「けど先輩――いでえ!」
「お前のその感覚は疑っちゃいないけどね、トラブルの元だって言ってんだろうが。――悪かったね、あんた」
「いや」
吐息を一つ。だいたい理解できた。
「彼が正しい」
言って、ぼくは紹介状を彼女へ渡した。
「きみはツイてないと、最近思ったことは?」
「俺? ああ……っと、そうだな、ちょっと前に面白い商品を見つけたんだけど、手持ちがちょっと足りなくてな。本当に少しだったのに、交渉も上手くいかなくて、買い逃したってのはあったな」
「ぼくは、常にそうだ」
よくあることなのだ、残念ながら。
「欲しい本を見つけたのに金が足りなくて、金策をしたり家に取りに行っている間に、戻ってきたら売り切れる。商業ギルドの受付に行っても、おそらく、何故か急用ができて待たされて、中座した職員は二時間も戻ってこないし、営業終了だから明日また来てくれと――きっと、ぼくはそう言われるだろう」
「おいおい、具体的な上に、なんだ、そんな経験をしてんのか?」
「いつも、ぼくはそれだ。ツイてない」
だから。
「きみは正しい。ぼくを見て、何も感じない方がおかしいんだ」
「……なるほどな。いや、わからねえし、わかりたくもないが、俺の勘が当たってたってことにしとくよ」
そうだ、だからぼくにはあまり関わらない方がいい。抑えてはいるけど、ぼくの不運は他人にも影響するから。
「ディートのやつ、珍しく世話を焼いたのか」
「店主か?」
「そうだよ、私が加工屋だ。こいつは見習いさ。で? 今売れる商品はあるのかい? 買い取りはできないが、見るくらいはいいんだろう?」
「ああ、うん」
先ほどと同じよう、毛皮を取り出して置いたが、反応は違う。ぼくの術式には一切反応せず、すぐ毛皮に目をやった。
「へえ、これ、自分でやったのか?」
「そうだ」
「上手いもんだ。腹からさばいて両足を抜いたのは、よくわかって――待て」
うん? その通りだし、これくらいは常識だと思うけど。
「待て……あんた、討伐証明できるかい」
「ん? ああ、一つだけなら頭がある。牙はそれぞれあるけど」
取り出したのは頭骨である。もちろん牙もついているが、熱してから洗ったものなので、どのくらいの素材価値があるかどうかはわからない。ここは素材屋ではなく、加工屋だ。素材そのものを加工して、商品にしてから売るのである。
「このサイズ、やっぱりこいつはダークハウンドか」
「はあ!? ブラックウルフじゃねえのかよ!」
ここでぼくを見ても困る。
「魔物の種類は知らない」
「魔力の通りが違うから、やってみな。しかも傷がない」
なんか睨まれた。
「首を落としたのかい?」
「それは結果。前足の間、腹部を狙った。首は血抜きで。肉は食べた」
というか、ぼくにとっては食事がメインだ。
「とんでもないことをしたって自覚はあるかい?」
「……?」
「なしか」
いや、確かに術式で巨大化はしたし、火は吐くし、速度もそこそこあるし、噛みつきだけじゃなくひっかきも威力はあったけど、対策してやれば大したことはない。先生たちみたいに、すれ違いざまに首だけ落として、しかも動作が見えないくらい素早くやる、なんて真似はできなかったし。
あれは本当にすごかった。
向かってくる相手を、受け止めたように見えたのに、速度を落とさずそのまま木にぶつかった黒い犬から、首だけ横に落ちるなんて――何をしているのかさえ、わからなかったから。
ぼくはまだまだ、そんな領域には手が届かない。
「ほかに素材はあるのかい」
「ん? 同じのなら八枚」
「おい、なんの冗談だそりゃ。ダークハウンドが群れるなんて話は聞いたことがねえぜ」
「一ヶ月もあれば、八匹くらいは」
つがいの場合もあるし、特に考えていなかった。生態も知らないから。
「あとでかい亀があるけど」
周囲を見渡せば、商品棚が置いてあるの。
「ここじゃ出せない」
「亀? 海かい?」
「いや」
「ここで出せないとなると、オスリタートルか。状態は」
「焼いて食べたあと、水洗いはした」
「売る理由は」
「生活費」
「――店は任せたよ。私はこいつと商業ギルドへ行ってくる。あんた、ツイてないんだろう? 私がいりゃ多少は改善されるかい?」
「たぶん」
「なら案内してやるよ」
「うん、頼む」
多少の強引さは有効だ、と教えたのが良かったのだろう。そこからの展開は早かった。
商業ギルドに行き、受付に行ったのだが。
「メーレに、サノが来たと伝えてくれ。伝言が終わったらすぐ行くよ、いいね?」
なるほど、強引な手法である。事実、案内されるより前に、上へ向かった。一般人が立ち入る一階、奥にある個室ではないあたり、彼女にはそういう繋がり、強みがある。
そして、部屋に入ってからも早かった。
「邪魔するよ。サノ、こいつを登録してやってくれ、今すぐ」
「あんたね……」
そりゃそうだ、頭が痛くなる。そんなものは受付でやれって言いたくもなるだろう。
「こいつはどんくさくてね、受付に任せたら明日に回されることが目に見えてる。それに私は、今すぐにでもこいつと取引がしたいのさ」
ああ、良い言い方だ。運が悪いから、なんて言っても信じられないだろうし、どんくさいか、うん、これは良い。
「取引が発生するならうちの領分だけど、あんたんところは冒険者から卸してもらってるんじゃなかったっけ?」
「お得意様をないがしろにするつもりはないさ、そりゃ経営の話だ」
「ええと、そっちの子はいいの? 大丈夫? 強引に話が進められてない?」
「いや、それでいい。座ったらどうだ? どうせ三十分くらいは待たされる」
「そんなことはないだろう。さっき伝えたばかりじゃないか」
そうだといいね。
彼女たちは古い知り合いらしく、近況報告がてら、世間話をしていた。ぼくはそれを聞きながら、たまに相槌を打つくらいで、立ったままだ。あまり座っていて、嬉しい事態になったことがないので、人と逢う時はこうしている。
だから、三十分以上立っていたって、疲れはしない。先生たちの訓練では、立つだけで八時間とか、最初はやってたから。
「すみません、お待たせしました」
やや慌てた様子で入ってきた女性が、カードと書類を置いて退室する。
「一時間かからなかったか……」
「なるほど、あんたの言ってたことが少しわかったよ」
「……? よくわからないけど、名前は?」
「ディア」
「じゃあその名前で登録しておくから」
カードのようなものを、四角のケースに入れ、手元で何かを叩く。何かの表示、いや、展開式の応用かな?
「はい、じゃあこのカードを取り出して」
「……ぼくが?」
「そう、最初に手が触れた人の
「わかった」
カードを取り出すと、もう一度入れてと言われたので、すぐ戻す。
「……うん、登録は完了ね。はいどうぞ」
今度は手渡された。
軽く日差しに当てるようにしてみるが、5ミリもない薄さであり、軽い。表面には商業ギルドのマークが刻まれており、裏面は何もない、シンプルなものだ。
「基本的に取引をする場合、必ずカードを提示するように。取引内容、それから金銭のやり取りも記録されるようになってる」
それを参照することもできるわけか。
ふうん……解析するか。
内部構造をコピーして術式展開すると、周囲に二十三枚の術陣が表示された。
「あと金額に関して――ちょっとなにしてんの?」
「ん、ああ」
忘れてた。
一人で研究してる時とは違うんだし、ちゃんと見えないよう不可視化しておかないと。
よし。
「続けてくれ」
「いや……」
ああ、そうか、このカードは記録媒体であると同時に、鍵になっているみたいだ。つまりあの箱に鍵穴がある……となると、鍵から逆算して穴のある物体の構成を作ってやればいい。
実物はすぐそこにあるけど、それほど難しい構成じゃない。
「それで、金額が?」
「ええと……そう、取引における手数料をギルドが徴収する仕組みになってるのと同時に、金額の保管もできる。たとえば少額だけど100ラミルの取引があった場合、5パーセントが手数料になるんだけど、受け取りを30ラミルにしておいて、残った70をカードに入れておけば、いつでもギルドで引き落としが可能になるの」
「店主は?」
「あ? ああ、そういう取引情報もカードに登録できるからね、私もギルドに顔を出してカードを出せば、ラミル硬貨をいちいち持ち運ばなくてもできるのさ」
なるほど、金のやり取りをカードで数値化させてるのか――っと。
たぶん、こんなもんで完成かな。試してみれば、カードの情報が手元に出た。
「大丈夫だとは思うけど、正式登録されるためには、ここ一ヶ月くらいに1万ラミルくらいの取引を――ってあんた何してんの!?」
「……? カード情報の確認だが」
取引内容、所持金額、ぼくの名前の情報だけだ。
「もしかして冒険者ギルドも同じカードか?」
「それは、そう、だけど……」
だったら、相手を確認する時にはカードの内容を見ればある程度、信憑性のある情報が手に入りそうだな。
「――まさか、装置もなしにカード内容を見るとはねえ」
「できないのか」
「簡単にできたら使われてはいないさ」
そうか、じゃあ目隠しも術式に組み込んでおこう。忘れないように、今夜にでも。
「1万ラミルの取引と言ったが」
「ああ、うちに戻ってやれば問題ないさ」
1万ラミルあれば、一ヶ月くらいは過ごせる金額だから、大金ではないにせよ、それなりの取引だろうに。
「やっぱり先に取引ありきなのね」
「まあな。おいあんた、質問はあるかい? ないなら戻るよ」
「書類を。何かあればまた」
手引書のようなものを受け取り、ぼくたちは戻る。帰りもやや警戒ぎみだったが、誰かに引き止められるようなことはなかった。
そして。
店舗の裏にある倉庫へ。
「毛皮は一つ8万ラミル前後、オスリタートルは状態を見てからだ。出しな」
「ああ」
全部の状態を見たいだろうから、毛皮を八枚と頭蓋骨、それから牙だけ。亀のほうは甲羅――というか、中身がないだけのものを取り出す。全長2メートル、高さは1メートルはないにせよ、頂点を見るには
「こりゃ見事なもんだねえ……よく討伐したもんだ」
「やらないとぼくが死ぬ」
だからこの戦利品は、求めたものじゃない。
一年くらいは安穏と暮らせるくらいの金が手に入ったけど、それに安心するような生活は、とっくの昔に捨てている。
「ただ素材を売るだけなのに、随分と時間がかかったね。あんたは慣れてんのかい?」
「まあ……それなりに」
「そうかい。とりあえず取引を済ませるよ。ほかに何か質問は?」
「宿の紹介を」
「なるほど、それは大切だ。あんたが一人で探し回っても、見つけられなさそうだね」
こうして、ぼくは初めての取引を終わらせた。
まあ、なんというか。
昼過ぎになってしまったが、いやはや、夕方まで続かなくてよかったなと、そう思った。
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