ぼくはとにかくツイてない
第8話 ぼくは一人になる
運がない、ツイてない、不運だ。
生きていれば誰しもが、一度くらいはそう感じることがあるだろう。
たとえば、家具の隅に足の小指をぶつけたことは、どうだろうか。痛みに足を抱えながら、ああもっと注意していれば、と思うかもしれない。だからこれは不注意に分類されるのかな?
ぼくは三度ほど、これで骨折までしたことがある。
じゃあこういうのはどうだろう。家族と食堂に顔を出した時、一人だけ忘れられて料理が届かない経験とか。たまに、ごく稀にあるからこそ、ああ運がないなと思うんじゃないだろうか。
ぼくはいつも、二度、三度と注文を繰り返す。一度で注文品が出てきたことはない。
何にせよ、ぼくは昔からずっと不運な境遇が続いていた。
不注意ならそれこそ、何もないところで転んだり、身内が風邪を引くと必ずぼくに移されたり、そういうわかりやすいものもあれば、ちょっと理由がわからないものもある。
畑の仕事を手伝っていた時、ぼくが種を
村の外に出た時、ぼくに向かって魔物が集まってくる。あの時は本当に死ぬかと思ったし、死んでおかしくなかったらしい。
では逆転の発想で、ぼくを連れて行けば魔物が集まるのだから、それを迎え撃とうと作戦を練れば、ぼく以外のところに魔物は行くのだから、おかしな話だ。
いや、本当に、おかしい。
とにかく親にとっても、村にとっても、ぼくは疫病神のようなもので、村八分というか、ぎりぎり村の領域である片隅に一人で暮らしていた。食事を持ってきてくれるのは、親の優しさだろう。
そして何より、二つ上の姉は、とても運が良かったから、余計にぼくは悪く見えたはずで――幼い頃は、恨みも多少はあった。姉の方は、ずっとぼくの味方だったけれど。
十五歳になって、ぼくが村を出ると言った時、反対する者はいなかった。
いろいろあって、二人の女性から戦闘技術や生存術、そして魔術を教わったぼくは、なんとか一人で生きられるくらいの技量を会得できたので、旅に出ることにしたのだ。
とはいえ、二人の先生に言わせれば、ぎりぎりのラインらしいので、ここから成長しなくてはならない。
まあ、二人との別れのタイミングだった理由の方が強いけれど。
さておき。
旅をするに当たって、ぼくはまず一人に慣れなくてはならず、同時に、自分の拠点がない生活における安全性を改める必要があった。
楽しい楽しい調査の時間である。
昼夜問わず魔物に襲われるのも想定済みだし、結界を張って寝ていたら結界ごと蹴り飛ばされて森の奥地に移動していたのも、三日くらい続けばよくあることになる。
奥地から出ようと思ったら迷いの森になっていて、太陽はずっと同じ位置にあるのに気付いたら夜だし、同じところをぐるぐる回っているものだから、これは設置型の術式かと動かずに調査を始めたら、地形ごと変わる森の魔物だったことが判明し、どう脱出するかわからなくなった。
一ヶ月、ぼくはその森で過ごすことになる。
魔物だから倒そう、殺そう、そういう考えはない。上手く利用してやれ、と考えることもあるし、それ以上に余計な行動を起こしたくなかった。何かをやろう、そう思って行動することが多ければ多いほど、ぼくは死に近づく。そのくらいツイてない。
先生たちもそうだった。
そもそも脅威にならない、なんて馬鹿みたいな前提もあったけれど、基本的に敵対しない魔物には手出しをしなかったから、そういうものだとぼくも思っている。食事のためとか、そういう理由なら話は別だけれど、それもぼくの都合か。
動く森は、ぼくに敵意がない。
また、魔物の襲撃が極端に減ったことから、ほかの魔物もこの森に入ろうと思っていないことがうかがえる。
生かさず殺さずの監獄をイメージした。
多少なりとも魔物が入ってくるなら、ぼくは食事に困らない。けれど、出ようとしても邪魔をされる――こうなると、森の生態が気になった。
どうせ急ぐ旅じゃないと、そう受け入れてしまったから、一ヶ月もかかったわけだ。
森自体が生命になっているわけではなく、むしろ、大地そのものが魔物になっていた。
じっとその場から動かないでいても、太陽の位置は変わらないあたり、術式を使っている。景色を誤魔化す類かと予想を立てたが、実際にはぼく自身へ干渉している術式だ。
まっすぐ歩いているようでいて、緩やかにズレているのもわかった。直線になるよう枝を置き、さらにロープをつけて歩いたぼくは、振り向いてようやくそこに気付く。
まるで、目を閉じて歩いた時のようなものだ。まっすぐのつもりでも、実際には横にズレてしまう、そういう現象が起きている。
感覚のズレを引き起こしている。魔術式としては、いくつかの条件付きで、簡単ではない部類になるだろう。
加えて、大地が動いている。
これはイメージになるが、まっすぐぼくが歩いていたとして、通り過ぎた後ろの部分が、いつの間にか前へ移動している感じで、終わりがない。もちろん感覚が狂わされていて、直線移動になっていないので、余計にこの大地の移動を感知しにくい。
だったら、本体はどこにあるのか。
ううん、どこというよりも、敷地全体、あるいは大地そのもののような気がする。しばらく気を付けて周辺の調査をしたけれど、目立つ大樹のようなものが一つあって、何かしらのシンボルに見えたが、そんな簡単に発見できるものが核なわけがない。
目的は何だろうか。
たぶん、外に出すのも彼の意思で可能なのだろう。入り込んだ魔物が外に出るかどうか、つまり森が、彼が選別しているかどうかを確認できないのは、とかく魔物が好戦的でぼくを襲うので、討伐しなきゃならないからだ。傷を負っても向かってくるのは、ぼくがツイてないからだと思うし。
それに水場もあった。湧き水のある、小さな池だ。それなりの量があるので、飲み水はもちろんのこと、躰を洗うこともできる。多少の慣れがあれば生活には困らないのだから、人間を捕食するタイプではない――と、思う。
思うだけだ。一応、屍体らしい白骨も落ちてたし。魔物か人間か、調査をするほどじゃなかったけど。
うーん、遊び半分って感じもあるけど、直接危害を加えるわけじゃなし、誘導して罠にはめるでもない……かといって、ほかの魔物と手を組んでいる感じもないわけで。
よくわからん。
そもそも、魔物として捉えていいかどうかもあやしい。
で、一ヶ月の間、ぼくが何をしていたかというと、術式の解析だ。ぼく自身の感覚にまで影響する術式は面白い。ぼくが防御するだけでなく、利用価値もありそうだ。
だから、いつの間にか一ヶ月経過していた、というのが正しい。
実はこれから、姉のいる街へ行って、挨拶をするつもりだったので、目的がある移動だったのだ。多少は待たせても問題ないだろうけど。
さてそろそろ行くか――なんて、考えていたわけではない。
術式の解析がだいたい終わって、ここの生活にも慣れてきたなと思っていたところで、来客があった。これからぼくの術式にしてやろうと意気込んでいたのに、とんだ邪魔が入ったものだ。
んー、三人かな。性別はともかく、足音が重いのが一人と、軽いのが二人。この森の領域内に入って来たから、すぐわかった。術式で範囲そのものに同化してみたのが良かったようだ。
ということで、接触前にぼくは逃げる。これから街に向かうんだけど、ぼくは不運であるがゆえに、あまり人と関わりたくない。
これから関わるんだけど、極力避けたい。どうしたってトラブルになるから。
名残惜しいが、さよならだ、動く森。ありがとう、いろいろ勉強になったよ。
抜けるにはどうすればいいか? ――簡単だ、空を飛べばいい。
ぼくに翼はないので、空気を足場にして上空へ。追加の術式で光を反射させ、下からは見えないようにしておく。どうせ彼らは、あの三人は、タイミング良く上空を見上げるはずだから。
街道を歩くのはよくない。やっぱり森の中を進もう。
だってまだ、街に入る覚悟ができてない。
運がない、ツイてない――それがどれほど恐ろしいことなのか、ぼくはよく知っているから。
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