第4話 試験の合否

 試験を受けたのは九名だが、冒険者ギルドに到着すると、三組それぞれが違う部屋に案内された――のだけれど。

 エンスだけは、個人で別室だ。

 待っていたのは女性だった。

「なんだ、あんたか」

「あたしがいたのにも気付いてたんだね」

「そりゃそうだろ。三組に一人ずつじゃ

「そうかい。まあ座りな」

「おう」

「まずは、まあ、ほかの連中と同じにするか。今回の試験、どうだった?」

「どう?」

 エンスは小さく肩を揺らして笑う。

「それは、現役の冒険者のことか? それとも受験者か? あるいは、俺か?」

「なら受験者だ」

 評価をしろ、とのことらしい。

「まあ駄目だろあれは」

「駄目か」

「錬度自体は、そこそこだけど、まず警戒の仕方が駄目だ。あれじゃ、見えない相手に向かって、俺はここにいると示しているのと同じだからな。それに魔物避けの結界が張られていることに気付いてねえのも減点対象」

「……そうだね」

「拠点も駄目だな。火を熾さないならともかく、熾す前提ならもっと障害物が多い方が良い。最低でも木の葉がついた枝が二つ、これで煙の目視はされにくい。あと笑えたのが、見張りを立てて暢気に寝てたことだ。あいつらには言ったが、見知らぬ他人がいるのに寝るなんてのは、自殺志願者か、誘いの罠を張る時だけでいい」

「なるほどね。ほかの受験者に口出ししなかったことは、感謝してる」

「そこまで無粋は真似はしねえよ。こういう試験も、学生って立場を含めてのことなんだろ? 比較的安全でかつ、不合格を言い渡しやすい。実際に連中が現場に出たら、三回目で魔物に殺される未来が見える」

「まあ、ね。冒険者に、油断したなんて言い訳は許されちゃいない。その時には殺されてるけどね。……どうしてあいつらを襲った?」

「どうして、か」

 理由はいくつかある。

「セオリー通りの監視ってのが気に入らなかったのもあるし、覗き見されてるのも気分が良いものじゃない。食料の確保ってのも嘘じゃねえ。俺自身が、久しぶりの森で楽しくなったのも事実だ」

「――久しぶり?」

「昔にな。感覚にズレもあったが、まあ、その修正は俺がやることだ。間抜けで助かったってのも本音だよ。まともに正面からやり合えば、今の俺じゃ、なかなか面倒だ」

「そんなものは言い訳にならないね。面倒なら、正面からやり合わなきゃいいだけだ」

 まったくもってその通り。

 それが、現実というものだ。

「なんで冒険者に?」

「学費を稼ぎたいんだよ。一応調べたが、商人との個人契約って線もあるが、それにしたって冒険者になってた方が楽だろ。金も預けられるし、施設も使える」

「なんだ苦学生か」

「保護者はいるぜ? ただ入学金しか用意してなかったから、しょうがねえ」

「まだ入学前かよ……てっきり学生かと思ってた。これは興味本位だ、どこの学校?」

 彼女は細長い箱を取り出すと、ふたを開き、カードを差し込んだ。

「戦闘系だな」

「なんで、動けるだろ」

「この程度で何を言ってんだ……」

「いや、あまりメリットがないように感じてね」

「冒険者になるのと同じさ。学生でいることで、受けられる恩恵ってのは多いだろ? 特にこの学園都市じゃ、学生なら使える施設が多い」

「ああ、それはまあ、そうか。――さて、登録の名前はどうする?」

「エンス……ああいや、フルネームで」

「わかった。じゃあ確認してくれ」

 箱の上に浮いている表示枠が、リック・ネイ・エンスの名を表示しているのを確認して、頷く。

「いいぜ」

「カードを抜いてくれ。それでお前の魔力波動シグナルが登録される」

「おう、一通りは調べて知ってるよ。金も預ければ数値として扱えるんだろ?」

「でかい金を持ち歩くよりは、楽だよ。商業ギルドとも連携できるから、便利なもんだ」

「おう」

「帰るのはもう少し待ってくれ。ほかの連中が帰ってからだ」

「合格者はなしか」

「学生で合格者は、ほとんどいないよ。そもそも学校での教えが悪い――まあ、悪いと言っちゃいけないんだろうが、求められてない」

「現場主義だと、けが人が出るからな」

「やり過ぎ注意ってか」

 ここからは、雑談の時間だ。

「ってことは、冒険者になるには、学生上がりをイチから育てねえと駄目なのか」

「頭の痛い問題だよ。ま、ギルドは各地にあるし、ここのギルドの問題になるんだろうけど」

「仕事の傾向は?」

「ここの領地は、中立だ。各国から学生が集まってきてるし、お互いに国の事情は持ち込まない不文律がある。おかげで周囲の開発にも時間はかかってるし――むしろ、森や山に囲まれてた方が良いなんて考えてるわけだ」

「つまり、学園内の掃除みてえな仕事は当然のこと、周囲の安全確保って意味合いでも討伐の仕事は転がってるのか」

「逆に、各国にあるギルドからも冒険者は集まってきてる」

「昔から政治ってやつには詳しくねえが、勢力図はなんとなく。ちなみに教会は? でけえツラしてんのか?」

「それこそ政治でね。こっちに文句を言って来ることはないけど――なんだ、嫌ってんのか」

「生理的に無理なんだよ、ああいうの。個人的な事情だ」

 宗教そのものは、べつにいい。

 ただ、宗教を運営している側には、敵意にも似た感情を抱いている。それも生前から引き継いだものだ。

「そうだ、ほかの冒険者は無事か? 三人目はつい手を出しちまったけど」

「綺麗な脳震盪だ、後遺症もなさそう。翌日に改めてお前を見て、あたしも含めて自分の甘さを自覚したさ。本を読んでるやる気のねえガキだと思ってたが――大間違いだ」

 そう、ただ自然体でそこにいるだけのエンスに対し、ならばどこで踏み込むのか、それを考えた時にはぞっとしたものだ。

 隙はある。

 だが、そもそも接敵できるイメージが一切わかない。

 つまり、彼女たちの攻撃や接敵、そういったものを全てエンスは想定している。それに対する準備が、自然体のままできている。

「あんたが敵にならないことを祈るよ」

「そうしてくれ。俺は、敵に容赦をしたことがねえから」

 それからしばらく話をして。

 ほかの受験者が帰ってから、エンスも帰ることにした。

 まずは、学校への入学を済ませてからだ。


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