第3話 冒険者試験

 学校に入る利点は、もちろんある。

 一般的な生活を送りたいのもそうだが、何より図書館の利用権限を得られるのだ。学校内、そして学園が持つ大図書館。中身がどうであれ、司書としてのリック・ネイ・エンスには有用な場所となるだろう。

 ただ、生活を送るためには、それ以外のこともしなくてはならない。何故なら、司書の仕事で金が稼げないからだ。

 ということで、冒険者登録のため、ギルドへ顔を出した。

 冒険者とはいうものの、基本的にはギルドが所有している施設の利用権を得られる意味合いが強い。

 受付に行ったら、翌日に試験があるとのことなので、また改めて顔を見せれば、どうやら外で試験をするらしい。近くの森で一泊するだけの内容だ。

 試験を受けるのは学生が八名に加えて、エンス。それぞれ三人組になって、学園都市の外、森の中へ。

 エンスのチームは男女のペアだった。

 それぞれのチームに現役冒険者が付き添うが、常に傍にいるわけではないとの言葉通り、森の中の目的地についてからは、三組のチームはそれぞれ、別行動となった。

 自前の装備はともかく、追加の支給品はロープと水のボトルくらいなもので、食料の確保も考えなくてはならない、簡単なサバイバルだ。

「悪いけど」

 エンスは最初に、口を開く。

「俺のことは足手まといだと思ってくれよ? 見ての通り、ただのガキだ。けど試験の邪魔をするつもりはねえ。気にせずに、そっちはそっちでやってくれ。見た感じ、知り合いなんだろ、兄さんんと姉さんは」

「ん……まあ、同じ学校だからな」

「それだけの関係だけどね」

 その可能性の方が高いとは思ったけれど、ギルド側がそれを良しとしていることに、少し驚いた。

 ああいや。

 むしろ、それが当たり前になっているのかもしれない。当然なら、それを前提に合否を考えるはずだから。

 エンスは二人の後ろを歩きながら、片手に本を持って読む。

 まずは拠点を決めること。魔物がいる場所なので、かなり二人は警戒している様子だ。近くにいて、ぴりぴりとした空気を感じるくらいなのだから、思わず笑ってしまいそうになる。

 ここにいます、と周囲に大声で言っているのと同じなのに、そこには気付かないらしい。

 やや開けた場所を拠点と決めた。気付かれないよう空を見たエンスは、森の中で空が見える時点で好ましい場所じゃないとは思ったが、それはともかく。

「ああ、一日分の薪を集めるくらいは手を貸すぜ」

「食料はどうすんの」

「それもこっちで何とかするさ、気にしないでくれ。それともお前らのぶんまで必要か?」

「そこまでは頼まねえよ」

「だろうな」

 本を閉じて懐にしまい――次元書庫へ送っている――エンスは乾いた木を集め、彼らは食料の確保を始めた。ここからは別行動だが、それほど離れるわけでもないし、エンスも決めた拠点からは離れないようにした。

 適当に集め終えてからは、また本を開く。そこから昼過ぎくらいまで、彼らが戻ってくることはない。

 トラブル? いいや、そもそも、森の中で食料を確保するなんて、そう簡単に終わるはずもないのだ。少なくとも木の実はほとんどないだろうし、警戒している以上、小動物は近寄ろうとさえ思わない。

 彼らが戻ってきたのは、十五時くらいだった。

 姿が見えてから、ぱたんと本を閉じる。

「おかえり。入れ替わりで俺もちょっと見回ってくるぜ?」

「……おう」

「どうぞ」

 疲れている様子を横目に、エンスは移動を始めた。

 この森は、雑草はあれど比較的、足元は踏み固められた地面が多い。本を読みながら移動できたのも、草をかき分ける必要がなかったからだ。

 拠点を中心にして、円を描くようにざっと歩く。だから一時間とかからず、まるで食後の散歩のような時間だった。

 戻れば、既に火を熾して、彼らは休んでいた。

 ――どうやら、夜を過ごすのも、地面に寝転がるらしい。

 暢気なものだとは思うが、口出しはしなかった。


 夜が来る。


 夕方までにもう一度、食料の確保に行っていた二人だが、食べられる草を拾ってきて、火を通したくらいで、空腹はきっと感じていることだろう。

「夜間は見張りを立てるんだが」

「ああ、時間でローテか? 一人二時間――いや、お前らの疲労具合から見て、三時間か。最初は俺にやらせてくれ」

「だったら次は俺だ」

「そうね、ありがとう」

 見張りの仕事を時間分割する場合、どうしても真ん中の時間をやる人間の負担が大きい。寝て、起きて、また寝る必要があるからだ。それをエンスがやっても良かったのだが、こちらにも事情がある。

「夜明けから逆算して、日付が変わる頃までは俺がやっとくから、休めよ」

 何しろ動いてねえからな、なんて冗談交じりに言って、休ませておく。

 そして。

 深夜になってから、男を起こして交代する。

「おう、すまん。交代しよう」

 躰が痛そうだ。慣れていないのも一目瞭然であるし、寝床を作ろうとは思わないらしい。

 まあ、だからこそ学生なのだろうけれど。

「じゃ、俺はちょっと行ってくる」

「……は?」

 エンスは軽く、口元に手を当てて。

「便所と、水の確保だけだ。次の交代までには戻るさ」

「気を付けろよ……? 夜の森だぞ」

「はいよ」

 くるりと背中を向け、改めて夜の森の中へ。

 夜間であっても月明かりは存在する――が、半月であり、火の灯りほど見通せるわけではない。

 だから必要なのは、五感すべて。

 それこそ、鼻歌交じりに、エンスはかつて日常のように駆け回った戦場の感覚を思い出しながら、夜の森を移動する。

 かつて――とはいえ。

 生前の話だが、その感覚は生きている。

 目的の場所に到着する前に、木の枝を利用して高い位置へ。さらには飛び移り、やや大き目の木の上で、ロープを適当な長さで切って準備を始める。

 大木をぐるりと一周回して、軽く縛る。これを二つだ。


 ――ほら。

 監視役の現役冒険者がやってきた。


 拠点を決めた時点で、どこから監視するのか、当たりはつけていた。簡単に言えば、狙撃手が射線を通せて、かつ、見つかりにくいところに陣取るのと同じ理論である。

 そして、気を抜いているのかはともかく、エンスが待機している大木に背を預けて、一息。これが合図となる。

 自由落下に身を任せて、ロープを緩めたエンスは、裏側に音もなく着地し、一本目で顔、いや、口を狙って言葉を封じ、すぐ後ろ側で縛った。

 彼の選択は、剣を抜くこと。つまり両手が下がる、そのタイミングで二本目で腕ごと縛れば、身動きは簡単に封じられた。

「――よう」

 小声。

 ゆっくりと正面に回ったエンスは、口の端を歪める。

「油断し過ぎだぜ?」

 彼らの使う魔術と同じよう、あえて術陣を見せて周囲に展開させておく。効果はほとんどないが、何かをした、という印象は与えられるだろう。

 近づいたエンスは、彼のポーチから干し肉と、煙草を一本だけ奪う。

「全部は奪わねえよ」

 言って、煙草に火を点けた。

「ただ、さすがにこれだけじゃ足りねえよな?」

 すぐ戻ると言って、エンスは再び移動を始めた。

 気配を消すなんて芸当は、現実的じゃない。人間はどうしたってそこに存在するし、人は常に魔力をこぼしている。それを極力抑えたところで、人という質量は、そこに、存在してしまうのだ。

 だから、紛れるし、隠れる。

 人は、こういう自然環境で、無意識に、自然の音と、そうでない音を聞き分ける。そして前者は、大半の場合、聞き流してしまうものだ。

 自然と一体化する。

 移動によって生じる音を、風の音に紛れさせ、違和感を抱かせない。

 そして、風の流れ、向きを考えてエンスは、慣れた様子で紫煙を吐き出すのだ。

 釣りが開始される。

 もう一人の監視役を、煙草の匂いでおびき寄せれば――ほら。

「――おい?」

 何をしているんだと、間抜けにも近づいていく。囚われた男が首を横に振っても、エンスの接敵の方が早い。

 歩いている相手の背後から、まずは口を狙って頭にロープをかける。彼は思わず、両手でロープを外そうと口元に持ってきたので、肘の少し上のあたりにまたロープで縛りながら、足を引っかけて転がし、両足を縛る。

「おとなしく転がってろ」

 一度、うつ伏せにしてから、ほどけないよう縛り直してから、さて。

 もう一人やるか。

 今度は、殺意を乗せて誘導する。魔物ならば飛び掛かってくるだろう、そういう気配を作り、けれど、つかず離れずの距離感は人間しか出さない。

 現役冒険者なら、その状況を放置せず、最大限の警戒をしてくる。

 そして。

 拘束された二人を発見した時点で、彼は背負っていた両手剣を抜いて構えた。

 ――正解だ。

 味方、仲間が拘束されて放置されていた時、思わず駆け寄るのは二流である。だって、誰がどう見ても、それは罠だから。

 あえて姿を見せる、拘束された彼らが動きだけで示す、つまり背後。

 彼はコンパクトに、振り返りながら両手剣を降り抜く。そのまま木に当たる軌道だが、そのくらいは切断できるという自負があるのだろう。実際、エンスもそうなるだろう威力だと認識した。

 エンスは地面に張り付くようにして回避、そして、両手剣が木に食い込んだ直後、剣の腹を狙って衝撃を与えれば――力が分散し、推進力が失われ、食い込んだまま動かなくなる。

 その硬直を狙う。

 左手を相手の片耳に当て、右手で逆側の頭を叩く。

「――チッ、思わず手が出ちまった」

 脳震盪で倒れた男が両手剣で怪我をしないことを確認し、吐息を一つ。

 さてと。

 残り二人のポーチからも干し肉を貰い、さらにはボトルの水を自分のものへ移し替える。

「よし。今の戦闘音で気付くだろうし、すぐ解放されるだろ。イレギュラーがあって魔物が襲ってきたり、四人目が間抜けだった時は、それとなく誘導しといてやるよ。今夜はこれ以上、何もしねえから安心しとけ」

 一時間はかからなかったにせよ、これ以上の滞在はいらぬ心配をかけそうなので、ひらひらと手を振って、エンスは拠点に戻った。


 何事もなかったかのように。


「よう、戻ったぜ」

「ああ」

 いや実質、エンスにしてみれば、大した労力はかけていないのだが。

「――ん? なんだそれ」

「干し肉。今、調達してきたとこ。お前も食うか?」

「……いや、いらん。どっかに隠してたのか」

「まさか、んな面倒なことはしねえよ」

 だったら何故、と彼の顔には書いてあったが、それ以上の質問はなかった。

 だからエンスも、また本を開く。

「……寝ないのか?」

「次の見張りに交代したら、少しくらいは横になるさ。寝ないけどな」

「文句は言わないが、平気なんだな……」

「休み方を知ってるだけだ。だいたいな、見知らぬ他人がいるところで暢気に寝れるような――」

 一瞬、言葉を選ぼうか考えて、けれど。

「――自殺志願者みてえなことは、しねえよ」

 結局、そのまま直截ちょくさいした。


 夜が明ける。


 どうせ食料なんて持ってないのをわかっていながらも、朝食の時間を用意しているあたりが、意地の悪いところだろう。夜のうちに干し肉を食べていたエンスは、大して空腹を感じていないが。

 そして、魔物の討伐へ向かう。

 動物型、いや、狼型と呼ばれるブラックウルフ。群れになって動く性質を持っているが、冒険者がそれを散らし、一匹を受け持つことになった。

 あくびを一つ。

 本を読みながら戦闘を任せていたエンスは、五分を過ぎた時点で本を閉じた。

 一歩、足を前へ出すと同時に、警戒と殺意を混ぜてブラックウルフへ向ける。ようやく魔物はエンスの存在に気づき、直進してきた。


 すれ違う。


 腹部にナイフを生やした魔物は、先ほどまでエンスが本を読んでいた時に使った木にぶつかり、そのまま地面に落ちた。

「時間のかけすぎだな……おい、ロープ借りるぜ」

 返事を聞かず、置いてあった荷物からロープを取り出すと、魔物の両足を縛って木の枝を使い、吊り下げる。そしてナイフを引き抜き、首を斬った。

 血抜きは可能な限り早い方が良い。血の匂いで寄ってくる魔物もいるが、今ここにはいないのを確認している。

「おい、いつまで休んでるんだ? せっかくの飯が手に入ったのに、何もしないつもりか?」

「あ、お、おう」

「ごめん」

 剣を鞘に戻して、近づいてきたので、ナイフを男に渡した。

「手早くやるぞ、まずは腹を割け。適当でいい」

「わかった」

「内臓の位置を確認しろよ。座学不足だぜ、四つ足の急所、つまり心臓は前足の間くらいにある――そこ、ほれ見てみろ。穴が空いてるだろ、俺のナイフの痕跡だ」

「あなた、あの一瞬で心臓を一突き?」

「魔物との戦闘時間は、三分が目安だ。それ以上は体力、判断力ともに低下する――術式が使えるなら、下に穴を掘れ。で、内臓を全部取り出して埋めろ」

「わたしがやるわ」

 術陣が発生し、血が広がらないよう穴ができあがる。削れたぶんの土は周囲に残るので、そのあたりは魔術のルールだ。

 穴を空けて、そこに在ったはずの土が消えるようなことはない。

「毛皮の剥ぎ取りはいらねえだろ。このまま持って帰っても売れるだろうが、そんなことより今の飯だ。違うか?」

「その通りだ、違いない。拠点まで運ぶが、このまま引きずって構わないか」

「お好きに。できれば血抜きがほぼ終わってから、背負って運んだ方が良いぜ? 匂いが残る」

「ああそうか、そうだな、やや大きいが背負っていく」

 これにて、試験は終了だ。

 ようやくありつけた食事を終えて、彼らは帰路についた。


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