第2話 特級探索者、魔王と遭遇する

「……これで千体目!」


 僕は両手に持った大剣を振るう。風を切る鋭い音がなった後、赤鬼が真っ二つになって絶命する。


「ふぅ、今日もいい汗かいた。これでスキルポイントも沢山……! 次はなんのスキルツリーを伸ばそうかな……!」


 僕——黒鉄くろがねレンはダンジョンで探索者をやっている高校生だ。


 全身を覆う漆黒の重装鎧と、背中に携えた黒の大剣。そして鎧の上から告げている焦茶のマント。これが僕のダンジョン内での姿——ダンジョンアバターだ。


 僕は壁際から生えている水晶のような鉱石に映った身体を見て、つい口元を緩めてしまう。


「特注で作ってもらったけど、すごい作り込みだし、高かった分いい買い物したな〜〜」


 なんたって、自分の姿が厨二病の夢である黒騎士なのだ! アニメやゲームで出てくる漆黒の騎士。無口で、クールで、めちゃめちゃ強くて……まさに厨二病の夢そのものだ。


 ちなみにこのダンジョンアバターは、ダンジョン内で活動するために必須の物だ。


 ダンジョンアバターはダンジョン内の過酷な環境に耐えるために作られた第二の肉体。ダンジョンに入る時は、皆が必ずこの肉体になる。


 感覚としてはVRゲームみたいな形に近い。僕らはダンジョンに潜る時は特殊なカプセルの中に入り、意識だけをダンジョン内に飛ばしているのだ。


 このダンジョンアバターは外観や性能は自分好みに設定可能。外観に関して言えば、外注することで自分だけのアバターを作ってもらえる。


 僕は何ヶ月とかけて貯めた貯金でこのアバターを作ってもらったのだ。細部のディテールまで凝った精巧な作り……、ギミックは全て取っ払い、見た目のみに全振りしたアバター。


 厨二病の夢、漆黒の騎士。これで無口クールなロールプレイまでやったら、本当の本当に厨二病の願望そのものっていうわけよ!!


「そして、夢のためには鍛錬は重要! 毎日感謝のモンスター千体狩り……! 初めて三ヶ月でようやく一時間を切ったぞ!」


 漆黒の騎士が弱かったらそれはそれで幻滅してしまう。僕はそんな自分の理想を壊さないために、ダンジョンでの探索活動に励んでいた。


 毎日、モンスターを千体倒す。始めた時は六時間とか普通にかかったけど、三ヶ月経過した今では深層の魔物相手でも一時間あれば千体倒すことができる。


 おかげでぐんぐんたまるスキルポイント。自分の戦闘スタイルは確立してしまって、殆どのスキルは取り尽くしてしまったせいか、最近はかなり持て余している。


「僕にユニークスキルとか、レジェンドスキルみたいな特別なスキルがあったら良かったんだけどなあ」


 ダンジョンアバターはスキルツリーによって強くなっていく。スキルツリーは無数に存在し、中には特別な条件を満たさないと獲得できないような、超レアなスキルツリーもある。


 探索者で有名な人たちはみな、そう言ったスキルツリーを持っている。ちなみに僕にはない。


「まま、ないものねだりをしても仕方ないし、もう少し探索してから今日は出ようかな」


 ノルマのモンスター討伐が早く終わるようになった分、探索時間が増えた。ダンジョンの深層だと探索するのは危険だが、その分、有用なものがたくさん手に入る。


 鉱石素材や植物系の素材、モンスターから得られる素材もかなり貴重で、換金するとすごいお金になったりするのだ。


「このダンジョンは和風ちっくだから、もしかしたら呪具や妖刀、それこそ鬼の酒とかあったりしないかなあ……!!」


 僕はいつも潜るダンジョンはテキトーに決めている。今日潜ったのは和風なダンジョン。神社や鳥居みたいなのが飾られていたりして、出てくるモンスターも妖怪や怨霊系が多い。


 深層まで来ると鬼や天狗、土蜘蛛みたいな一筋縄では行かないようなモンスターがウジャウジャとやってくる。最初は苦戦していたけど、今となっては剣の一振りで倒せるようになってしまった。


 そんな強いモンスターから得られるものは大きい。特に鬼の酒なんてダンジョン外でも高価で取引されるほどのもので、富豪が大金を叩いて欲しがるそう。


 ただ、鬼の酒はダンジョンアバターに使用するとユニークスキル数種のうち、ランダムで一つ手に入るらしい。鬼系のユニークスキル……考えるだけで夢が広がる。


「いいか!! ここから先は魔王、酒呑童子の住処だ! 気を抜くなよ!!」


『はい!!』


「すごい人だ……こんなところまでよくあの人数で降りてきたなあ」


 ダンジョンを探索している途中。大広間に集まった探索者たちを見つける。


 パッと見たところ、中層から下層レベルの探索者の混成パーティー。人数は数百を超えるだろう。すごい人数だ。


 ダンジョンは上層、中層、下層、深層っていう風に別れているけど、これだけの人数で階層を順番に降ってきたとは考えにくい。恐らく転移系の魔道具とかで転移してきたのだろう。


 しかし魔王っていった……? このダンジョン、魔王がいるのか……。魔王は話だけ聞いたことがあるけど、実際は目にしたことがない。


 曰くモンスターたちの頂点。

 曰く高い知性を持ち、一部では人間と共存している存在もいるのだとか。

 曰く数百の探索者を一時間足らずで全滅させるような圧倒的な暴力の化身だとか。


 曰く魔王を倒すと莫大な富と名声が約束されるのだとか。


 とにかくすごい存在だ魔王は。全てのダンジョンにいるわけではなく、一部のダンジョンのみに存在している。


 この人たちは今からその魔王に挑むつもりなのだ。僕も興味はあったけど飛び込み参加はよくないだろう。ちょっと、今の自分の実力を試すために魔王と戦ってみたい気持ちはあったけれど……。


「それは次の機会にでも」


 僕はその場を離れて探索を再開する。


 探索再開から一時間半近く。偶々、さっきの大広間に戻ってきた僕はその臭いに思わず表情を歪めてしまう。


「すごい血の臭いだ……。もしかして全滅したのか?」


 ダンジョンアバターの作りは人間ととても似ている。傷つけば血も出るし痛みも感じる。曰く、こういった機能は人間として感覚を正常に保つために必要なのだとか。


 大広間に足を踏み入れる。ぺちゃ……ぺちゃ、という水たまりの上を歩くような音が響く。水たまりの上だったら良かったけど、実際は血の上。かなり物騒だ。


 僕は大広間の奥。開け放たれた門からそーっと中を覗く。そこには……。


「いいの、いいのぅ! 面白いのぅ!! これだけで今日は満足……おや、少しはマシそうなやつが来よったか。おい、隠れておらんと出てこい」


 僕に対して呼びかける少女の声。


 少女が手に持っているのは……ダンカメかな? 最近流行りのダンジョン配信をするために必要な機材のはずだ。


 驚くところとか、気になるところとか色々あるけど、僕が一番驚いたのは彼女の感知能力。


 僕は今、気配遮断や隠密系のスキルを複数発動している状態だ。非戦闘時は常にそういったスキルが発動している。


 これによってほとんどのモンスターには一方的に先制攻撃を行える。


 複数種の隠密系スキルを獲得してから気配を悟られることなんて無かったけど……彼女は一瞬にして気がついた。なるほど、これが魔王というやつか。


 ……心が昂ってきた。魔王と戦える。思いもよらない機会に、不思議と僕は一歩二歩と前に出ていた。



 ——魔王と黒鉄レンの戦いが配信されるまで後数分。


 

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