第4話 卒業式の後に…(最終回)
バレンタインデーの丁度1ヶ月後、ホワイトデーの3月14日が真美の中学校の卒業式だった。
バレンタイデーから卒業式までの間に、私立高校の受験、本命の公立高校の受験、予餞会など3年生としての行事が色々あったが、その間に真美はバレンタインの日に感じた、上野に対するモヤモヤした感情が、異性への恋心だと気付くのに時間は掛からなかった。
(お母さんも言ってたけど、男の子を好きになるのって、ほんのちょっとした出来事がキッカケなんだね)
真美の場合は、バレンタインの日に上野が最後に見せた笑顔を見た瞬間だった。その瞬間、今までにないドキドキを感じたのだ。
エッチなことをしてきて女子には嫌われていたが、全て洗い流して許せるような、素敵な笑顔だった。
元々イケメンで背が高いのだから、普通にしていればバド部の女子からあんなに嫌われることなく、卒業まで過ごせたはずなのに。
(もしかしたら高岡…君が、主導してたのかな)
真美のドキドキは日を追うごとに増していき、あわや私立受験の日には寝不足で遅刻しそうになるほど、頭の中の上野の存在が大きくなっていた。
(もっといいチョコを上げれば良かったな…)
とはいえ、バレンタイン前日までは上野のことをどちらかといえば避けていたので、仕方ない。
またクラスも、真美は1組だが上野は4組と、離れているのも真美のモヤモヤの原因になっていた。
たまに廊下ですれ違うことがあったが、それまでは
「またエッチなことするんでしょ!」
「お前にはやらねーよ」
「何よ!」
みたいなやり取りがあったものの、バレンタイン以降は上野と偶に廊下ですれ違っても目が合った瞬間に、顔が真っ赤になって目を逸らしてしまっていた。
(完全に初恋だよ…。お母さんが言ってた通りだ
もん、今のアタシ…。しかも上野…君に。どうしよう…)
と思いつつも、今更バド部の同期女子に相談できる訳もなく、真美は1人で中学ラスト一ヶ月に、悶々と恋の悩みを抱えてしまっていた。
その内、解決策も見出せないまま、卒業式当日になってしまったのだ。
(今日を逃したら、上野…君に告白出来ない!絶対卒業式の後に掴まえて、告白しなきゃ!)
そう気合を入れて、真美は卒業式の朝、中学校へと登校した。
咲江も真美の変化は感じ取っていた。
それまで男勝りの喋り方をしていたのに、急にいかにも可愛い女の子的な喋りになったり、咲江に、恋が上手くいくおまじないはないかと聞いて来たり。
「あっ、アタシじゃないの!友達が聞いてきたから」
と真美は言っていたが、そんなことは嘘だととっくに咲江は見破っていた。
だから卒業式の朝、真美を玄関から見送る時は、
(真美の初恋が上手く実りますように)
と、そっと通学カバンに恋愛成就の御守りを忍ばせておいたのだった。
少し時間を空けてから、咲江はこの日休みを取った正樹と共に、真美の中学校の卒業式へと出掛けた。
その時に、やっと真美に好きな男の子ができたということを、正樹に初めて報告した。
「そっかー。真美もそんな年なんだね」
「そうだよ。いや、ちょっと遅いくらいじゃない?アタシの初恋は中1だったし。確か正樹君は小6じゃなかったっけ」
「サキちゃんよく覚えてるねぇ。俺もいつサキちゃんに話したか覚えてないくらいなのに。そうそう、いつも遊んでくれてた近所のお姉さんが中学校に上がって制服姿を見たら、突然大人びて見えてさ。憧れみたいなもんかな~」
こんな話をしながら、真美の中学校へと2人は向かっていたが、歩く時はいつも手を繋いでいたし、今も繋いでいる。
咲江は、両親がラブラブだったのを見せ付けられているため、両親がラブラブなら子供はグレないと咲江が信じていたのもあるが、やっぱり何歳になっても咲江自身が正樹のことを大好きと言って憚らないのが大きいだろう。そんな咲江の気持ちを受け止めている正樹もまた、咲江が何歳になっても正樹君が好き!と言ってくれることに、感謝していた。
さて真美の卒業式自体は滞りなく行われ、真美が卒業証書をもらう場面では、正樹も咲江も感動していた。
その後、最後の学活には親も参加し、無事に全ての行事が終了して、無礼講の時間となった。
「真美、沢山の思い出作ってから帰ってくるんだよ!」
正樹が混乱状態の中にいる真美に声を掛けると、ちょっと驚いたようではあったが、大きくマルを作って頷いて見せた。
「さあ俺たちも思い出作りしようか!ハハッ」
「正樹君、なーにを言ってんの?まだ他の人がいる時に…もう…」
咲江は少し顔を赤らめながらも、再び正樹と手を繋いで真美より先に家路に付いた。
一方、真美は卒業生と在校生で入り乱れている学校内を、ひたすら上野を探し歩いていた。
(上野…君は女子には嫌われてたけど、バドミントン部の男子の後輩からは慕われてたから、部室にいるかもしれない)
真美は1ヶ月前に男子と女子で歴史的和解が成立した、バドミントン部の部室へ行ってみた。
そこには同期の女子も来ていて、前部長の佐藤は女子の後輩達から、次々と泣きながら抱き付かれていた。
真美も到着したら、あっ伊藤センパーイ!と女子の後輩から抱き付かれ、サイン帳に何か書いてくれと求められた。
(スターになったみたい♪)
と、喜んでいる場合ではなかった、上野を探さなくては。
真美は後輩の女子のサイン帳に一通り書き込んだ後、上野君見なかった?と尋ねてみた。すると
「あれ?そう言えばついさっきまでおられたんですけど…帰られたのかな?」
「そっか、分かったよ。ありがとう!」
真美は下駄箱へと向かった。バドミントン部は男子の比率が低いため、後輩と別れを惜しんでも、すぐに終わってしまうのだろう。としたら、教室に戻る可能性は低い。もう後は帰るだけだから、下駄箱だ!
真美は途中から全力で走り、下駄箱へ着いた。その時丁度、上野も下駄箱に着いたところだった。
(いた!ラッキー!)
「うっ、上野君!上野くーんっ!ハァハァ…」
真美は精一杯の声で上野を呼んだ。上野は驚いた表情で真美の方を振り返った。
「えっ…伊藤さん!…そんなに汗かいて、どっ、どうしたの?」
「…んっと、あのね、その…、実はね…」
と、告白したいのに、息切れと照れでなかなか次の言葉を切り出せない真美より先に、上野が喋りだした。
「でも良かった、伊藤さんに会えて。あの…バレンタインのチョコ、ありがとう」
「へっ?」
真美は思わぬ上野からの一言にビックリした。
「あのさ、まだチョコを貰う前は、同期の女子と仲直り出来てなかったからさ、他の女子からはポッキー1本とかダース一個とか、ちょっと悲しいチョコばかりだったけど、伊藤さんがくれたチョコは凄い凝った手作りチョコでさ。俺、感動したんだ。卒業式の日にはお礼を言わなきゃと思って伊藤さんを探してたんだけど、なかなか見付からなくて、諦めて帰ろうとしてたんだ」
「そ、そうなの?本当に?」
本当は32個の手作りチョコの内の一つなんだけど…とは、とても言えなかった。上野が喜んでくれてるなら…
「うん、本当だよ。だから会えて良かったよ、本当に。ありがとうも言えたし。あと、コレ。俺からのホワイトデーのお返し。これもどうしようかな、って思ってたんだけど、会えて良かった…。お返しは伊藤さんだけだから、すぐ隠してね。中身は家に帰ってから見てみてね」
上野は、ラッピングが施された箱を真美に手渡した。
「上野君…」
しばらく2人は無言のままで俯いていたが、上野は覚悟を決めた表情になって話し始めた。
「俺さ、もう伊藤さんに会えるのが最後かもしれないから言うけど、実は伊藤さんのことが好きだったんだ」
「えっ、ええっ?」
真美はいきなりの告白に動揺し、やっと落ち着いたのに、再び顔が真っ赤になり、心臓の鼓動が速くなった。
「同じバドミントン部の中で、エッチなイタズラしてごめん。でも俺、伊藤さんのことが1年生の時、初めて会った時から好きだったから、伊藤さんには直接イタズラはしないようにしてた」
確かに、上野から直接何かされたことはない。偶々更衣室を覗かれたことくらいだが、それは他の女子も同時にいたから仕方ない。
「あのっ、その、上野君…」
「ごめんね、卒業式の日に。もし、伊藤さんに彼氏がいたら謝っといて。上野っていうバカな男が卒業式の日にカッコ付けて…」
よく見たら、上野は涙を堪えていた。卒業式の後、本当にお別れというタイミングで、3年間積りに積もった思いを伝えることが出来たからだ。
「あっ、あの!アタシに彼氏なんていない」
真美ももらい泣きしながら、一生懸命に答えた。
「え?彼氏いないの?じゃ、じゃあ、好きな男子とかは?」
「い、いない…。あの…あのね?アタシ、バレンタインからの日から、ある男の子のことが急に好きになったの。今までアタシが感じたことのない感情だったの。でもその男の子に会えるのは、もしかしたら卒業式が最後。高校は何処に進むか知らないから。アタシ、初めて男の子を好きになったってことを、その子に伝えたくて、学校中を走り回って、やっと今ね、下駄箱で見付けたんだよ!」
「そうなの…って、えっ?まさか、それって、もしかして…万が一…間違いじゃなきゃいいんだけど、俺の事?」
真美は真っ赤な顔で思い切り大きく頷いた。
「ほ、本当に?伊藤さんが俺の事を好きになってくれたの?」
「本当だよ!バレンタインの日までそんな気持ちは全然無かったのに、バレンタインで上野君と高田君が真剣に謝ってたじゃん。そして佐藤さんが許して、女子みんなも許して…みんな笑顔になったじゃん。その時の上野君の笑顔が凄い素敵だったの。…もう、イチコロだったんだから!」
「ほ、本当に…?…ね、伊藤さん、俺の足を踏んでみてよ」
「へ?なんで?」
「なんだか奇跡みたいな出来事が夢か本当のことかどうか、痛みで確かめてみたいから」
「クスッ。上野君も面白いね。いいの?じゃっ、じゃあ、遠慮なくいくよ!せーのっ!」
下駄箱に上野の悲鳴が響いた。
【帰宅後】
「お母さーん、お父さーん、ただいまでございまーす!」
真美は上機嫌で帰宅してきた。両手に沢山の色んな荷物を持って。
「真美、お帰り。どうしたの、えらい嬉しそうだね?」
咲江はそう言って出迎えたが、もう分かっていた。初恋が実ったのだろう。良かったね!
「まあね。女も15歳になると、色々あるよね。とりあえずまずは、卒業証書と、最後のクラスプリント!それと通知表!どーぞ」
「はいはい。あっ、その他の真美の色んな話とか聞かせてよ」
「分かってるよ〜。でも、ちょっと待った!話はちょっと後からね〜」
真美はスタスタと自分の部屋に上がり、上野からのホワイトデーのプレゼントを、丁寧に開いた。
中にはオルゴールと、手紙が入っていた。
(え?手紙があるよ…)
真美は封筒から手紙をソッと取り出し、読み始めた。
《Dear 伊藤真美さん
この手紙を読んでくれたということは、俺のホワイトデーのお返しの箱を開けてくれたってことだよね。
とりあえずホワイトデーのお返し、何がよいか分からなかったけど、俺が買える女の子向けのものを選んだつもりです。
そしてバレンタインデーのチョコ、ありがとう。
他の女子からはミジメな義理の中の義理ってチョコしかもらえなかったけど、伊藤さんは手作りのチョコをくれて、本当に嬉しかったです。食べずに永久保管したいくらいだったけど、腐っちゃだめだから、食べました。美味しかったよ。
俺は実は中学でバドミントン部に入った時、伊藤さんを見て一目惚れしました。
でもなかなか告白出来なくて、つい女子の気を引こうとして、エッチなイタズラとかを、高田と一緒に仕掛けてしまいました。
でも伊藤さんにだけはそんなイタズラをしたくなかったけど、高田に連れられて仕方なく女子更衣室を覗いた時、たまたま伊藤さんと目が合って、その時は一生の終わりだと思いました。
でもでも、俺の伊藤さんを好きな気持ちは消えなくて、卒業式の日に告白しようと思ってました。
伊藤真美さん、大好きです!付き合って下さい!
これまでお互いほとんど喋ってないから、何高校を伊藤さんが目指してるのか全然分かりません。奇跡的に一緒の高校だったらいいなと思ってるけど…。
もし、もし良かったら、何高校に進学するかだけでも、教えて下さい。手紙とかもらえたら、俺、めっちゃ喜びます!ちなみに俺は公立の本命は○○高校です。まだ合格かどうか分かんないけど。
違う高校だとしても、元気に頑張ってください。もし付き合ってくれたら、せめて週に1回くらいは会いたいです。
じゃあ、元気でね!
From 上野久志》
急いで真美は、返事を書いた。どうやって渡すかを考えるより先に…
《Dear 上野君♡
お手紙ありがとう。あたしも上野君のことが大好きです。付き合ってください!早速だけど、あたしの本命の公立高校は……
………
From 伊藤真美》
「お母さーん!お母さーん!」
真美は叫びながら、リビングへと戻ってきた。
「元気がいいねぇ、真美。お父さんに用はないの?」
「うん、お父さんには用はないの。お母さんは?」
「たまにはお父さんも頼りにしてくれよ…まあ今日はいいか。お母さんはお風呂の準備してるよ。なんだか最近はお母さんに負けっぱなしだなぁ、俺…」
「まあお父さんはまた後でね。お母さーん!」
真美は風呂場へ急いだ。
「お母さーん!」
「どうしたの?まだ制服から着替えてなかったのか〜、真美様は。お母さんは逃げないよ?」
「制服は…脱いだらもう着れるかどうか分かんないし、しばらくいいじゃん。あのね、今日はお風呂、一緒に入らない?女同士トークをしたいんだ」
「おっ、珍しい!真美様から一緒にお風呂の提案!よーし、お母さん、その話に乗っちゃうよ?」
「うん、だから早くお風呂沸かないかな?」
「こればかりは真美様の念力をもってしても難しいでござるなぁ。あと30分待って下され」
「ははぁ、母上殿、了解でござる」
真美は何でも話せる友達のような明るい母と、温和でいつも見守ってくれている父のもとに生まれて良かったと、改めて感じていた。
(早くお母さんにお風呂で、高校が一緒になれたら、彼氏と一緒に登校するコツを教えてもらわなくっちゃね♪)
【終わり】
急いで!初恋 イノウエ マサズミ @mieharu1970
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