第3話 咲江の思い出

「お母さーん、中学校の卒業アルバム見せて!」


 真美はバレンタインデーの日に帰宅するなり、咲江に言った。


「珍しいねぇ、いつもただいまってちゃんと言う真美様なのに、どうしたの?」


「あっ、ごめん。ただいまです!で、早くお母さんの中学校の卒業アルバム、見せてよ~」


「いいけど、なんでまた今日、突然?」


「なんかね、今日義理チョコを配りまくったら、バド部の男子に、変な感覚を感じたの。で、アタシこんな感覚って初めてだからね、お母さんが中学生の時の話を聞きたくなったの。でね、卒業アルバムを見ながら、お母さんに色々インタビューしようと思って」


 咲江は直感的に、真美の初恋なのではないかと思った。

 これまで家では男子のことを散々な表現でこき下ろしてきた真美が、同じ部活の男子にいつもと違う感覚を覚えたなんて。

 咲江は少しホッコリしながら、咲江と正樹の寝室の本棚から、中学校の卒業アルバムを持ってきた。


「真美、お父さんのはいいの?アタシのと正樹君のと、並んで置いてあるからすぐ持ってこれるけど」


「お父さんのは…別にいいや。今はお母さんと、女と女で話したいのよね」


 咲江は苦笑いしながら、ちょっとホコリを被った卒業アルバムを、ティッシュで拭いてから、真美に渡した。


「はい。真美はまだ当たってないんだっけ?」


「うん。アタシ達は卒業式の日に当たるから」


 真美はケースからアルバムを引っ張り出した。


「お母さんは何組だったの?」


「1組よ。1組で石橋だったから、結構早く卒業証書をもらって、あとは暇だったよ~」


「ふーん…。凄いなぁ、昭和って本当にあったんだね…。あっ、この人だ!」


 真美はアルバムの発行年月日を見てそんなことを言ってから、何ページかめくって、1組のページで『石橋咲江』を見付け、指さした。


「お母さんを掴まえて、この人だ!はないでしょ」


 咲江は笑いながら、真美と一緒に自分のクラスのページを見た。


 咲江自身もかなり久しぶりにアルバムを見るので、懐かしい。


「お母さんの昭和時代も、結構可愛い子が多いね。あの、松田聖子とかってアイドルのせい?」


「まあ、聖子ちゃんカットとか流行ったからね、お母さんが子どもの頃は。さて真美ちゃん、この中で一番可愛いのは、誰?」


「…母上でございまする…」


「うむ、良きに計らえ」


 と2人で笑いながら、真美は順番にページをめくっていった。


 実際に中学時代の咲江は、可愛い顔立ちをしていた。娘の真美にも、受け継がれているはず…。


「お母さん、何部だったっけ?」


「中学の時はテニス部だよ」


「テニス部かぁ、テニス部…あった!わぉ!可愛いじゃん!お母さん、モテたでしょ?」


「いや、お母さんはね…。まあ、お母さんのことより、真美のことでしょ、今は」


「まあ、それは後で話すよ。え、何これ?こんなコスチュームだったの?昔の体育って…。パンツ一丁で授業してたの?」


 真美は卒業アルバムをめくりながら、体育祭のところで手を止め、驚いたように咲江に聞いた。


「アハハッ、違うわよ。これはブルマっていう、お母さんが中学高校の頃は当たり前だった体操服。確かにちょっと恥ずかしかったけど、女の子はみんな同じ格好だから、気にはならなかったかな。でもお母さんが卒業した数年後に、女子も男子と同じ短パンに体操服が変わってね。それはちょっとショックだったかな」


「ふーん…。アタシがこのコスチューム着ろって言われたら、登校拒否するよ〜」


「アハハッ、そこまでひどい恰好かな?」


「うん!セクハラだよ、セクハラ!」


 何故か真美は怒り出した。


「まあまあ。昔のことだからね。真美が聞きたいってのは、お母さんの体操服のことじゃないでしょ?」


 咲江は真っ直ぐな性格の真美に苦笑いしながら、やんわりと話を元に戻した。


「あっ、そうだった!あのね、お母さん。お母さんは中学の時、好きな男の子って、いた?」


 やっぱりだ。真美はバド部の男子に、恋心を持ったに違いない。


「うん、いたよ。でもね、中学3年間で、お母さんが好きだった男の子とお母さんは、縁が無かったんだよ~シクシク」


「えー、こんな可愛い顔してるのに。モテなかったの?泣き真似までするなんて、お母さんの辛く悲しい過去を思い出させちゃった?」


「大丈夫よ。今は正樹君がいるもん。でもね、お母さんが中学生だった頃のバレンタインデーは、今の真美の時代よりも、好きな男の子への告白をする日って意味のほうが強かったの」


「へぇー。でも一部の女子は男子に告白してた。だからその風習は生き残ってるんじゃない?」


「そっかー。少し安心したかな。でね、お母さんは、中学3年間ずーっと、ある男の子のことが好きで、毎年バレンタインデーにはチョコを上げてたの。でも最後の3年生の時…今の真美と同じ時だね、その時に、キッパリと告白は断られちゃったんだ」


「えーっ、お母さんを傷つけるなんて許せない!こんな可愛いのに、誰、ソイツ?!アタシが、大事なお母さんの気持ちを踏みにじったのは許せないって抗議してくるから」


 真美は本当に真っ直ぐな性格だ。咲江は真美を宥めながら…


「ちょっと、ちょっと大袈裟だよ、真美。もしお母さんがその男の子と上手くいってたら、真美は生まれてこなかったかもしれないんだから」


「え?なんで?…あっ、そうか。お父さんと出会わない可能性があるんだ」


「そうよ。だからその時は辛くて泣いちゃったけど、結果オーライなんだよ」


「ふーん。ところでさ、お母さんは3年間その男子を好きだったって言ったよね?」


「そ、そうよ」


「何がキッカケで、その男子を好きになったの?最初、どんな気持ちになったの?」


 やっぱり真美は初めて男の子を好きになったんだね。咲江はそう確信しながら、自身の体験を話した。


「キッカケね…。よく覚えてないけど、1年生の時に同じクラスだった男の子でね、お母さんが何か忘れ物をしたの。そしたらその男子が、俺のを貸してやるよって、貸してくれたんだ。それがキッカケかなぁ」


「ヒューヒュー!いいなぁ、お母さんの青春!またその頃に戻りたいでしょ?」


「そうね、戻れるもんなら…って、戻ったら正樹君に会えないかもしれないから、戻らなくていいよ」


「お母さん、どんだけお父さんのことが好きなのよ…。で、どんな気持ちになった?」


「そうね、お母さんも男の子にそんなドキドキするようになったのは、初めてだったからね。気持ちはね…。同じクラスの時は、とにかくその男の子を見ては心臓がドキドキしてたし、目が合いそうになったら慌ててそらしたり」


「そ、そうなんだね。心臓がドキドキかぁ…」


 咲江は、真美が今日そんな感じになって、これって何なんだって思ったんだろうな、そう思いながら話を続けた。


「それでね、お母さんも、これが男の子を好きになるって気持ちなんだ、って気付いてね」


「そうなんだ~。うーん。アタシも…いやっ、お母さん!その子とはずっと同じクラスだったの?」


「ううん、ずっと一緒じゃなかったよ。えっと確か3年の時は5組だったはず…。あ、この男の子だよ」


「どれどれ。おぉ、確かにイケメンじゃん!この人も何か部活やっとったの?」


「うん、男子テニス部だったよ」


「ふーん。あっ、だからお母さんは女子テニス部に入ったの?」


「ううん、違うよ。テニス繋がりは偶然なの。でもいつも近くにいるから、練習の時とか、ドキドキしてたよ~」


「それはやっぱり、練習中は体操服だと思うし、そしたらあのパンツ一丁の姿を見られるから…?」


「だからその頃はあの体操服が当たり前だったから、特になんとも思ってないっていってるじゃない。お母さん以外の女の子もみんなパンツ…じゃない、ブルマだったんだから」


「不思議だね~。本当に今の時代に、アタシがブルマっての?あの体操服だったら、暴動起こすよ、きっと」


「まあまあ。それは別の話でしょ?で、真美の疑問とか、お母さんに聞きたいことは終わったの?」


「あっ、かなり解消できたよ!ありがと!」


 真美は結構いい顔をしながら、アルバムをケースに戻した。咲江の中学時代の恋の経験談を聞けて、満足したのだろう。


 ただそれをどう生かすのか?


 真美は最後まで咲江には隠していたが、好きな男子が出来たのは間違いない。


 しかし真美が感じた初恋らしき感情を相手に伝えるにしても、日が限られている。


 だけどここはそっと見守った方がいいだろうなと、咲江は思った。


(真美が初恋相手を見付けた、って正樹君に言ったら、驚くだろうなぁ。しばらく黙ってた方がいいかな?)


 <次回へ続く>

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