第2話 バレンタイン当日…え?何この気持ち…

 2月14日当日は、教室中がチョコの甘い香りに包まれていた。


 担任の先生も朝やって来るなり、今日はお菓子持ち込みは黙認だけど、この匂いはなんとかならないかなぁと苦笑いしていたほどだ。


「みんな、来週から私立の入試だよ?大丈夫?特に女子のみんな…」


 女子からは、口々に大丈夫でーすという声が上がった。


 その後、休み時間を利用して女子同士で友チョコの交換を一気に行い、真美のバッグの中も自作のチョコから友達からのチョコへと装いが変わっていった。


(みんな、凄いなぁ。入試が目の前なのに)


 色とりどりのカラフルな手作りチョコが、山のように詰め込まれていた。


 そして放課後になり、夏に引退したバドミントン部の部室へ向かう時間となった。


 他の部活はどうか分からないが、バドミントン部は引退した3年生がバレンタインデーには部室に再集合して、チョコを交換する習慣が続いていた。


 真美も同じクラスのバドミントン部員、山本美和と一緒に、バドミントン部室へ向かった。


「ねえ真美ちゃんは、アイツラのチョコは女子のチョコとは別にした?」


 山本美和が、部室に向かいながら聞いてきた。


「うーん、別にしたかったんだけど、アタシ、チョコ作りが下手で、お母さんに助けてもらっちゃったから、別にする余裕が無かったよ」


「そうなんだ。アタシは別々にしたよ!女子には可愛い手作りチョコ。アイツラにはチロルを2個溶かしてもう一度固めただけのチョコ」


「アハハッ!でもちゃんと手作りにはなってるじゃん」


 その内他のクラスの女子も集まってきた。


 隣のクラスの石田裕子は、ポッキーを食べて、最後に残った2本を1本ずつラップでグルグル巻きにしたのを持ってきていたし、さらにもう一つ隣のクラスの中本久美は、きのこの山で同じ手を使っていた。


「みんな、面白すぎー!」


「なんか、嫌いな男子に上げなきゃいけないチョコ選手権って感じじゃない?」


「ホントだよね!でも、アイツら遅いよね」


「きっとアタシ達に報復されると思って、ビビってんじゃないの?」


 と、女子7人が揃って話に花を咲かせていると、噂の男子2人がやって来た。


 1人は上野久志。もう1人は高田信勝。真美は2人とは別のクラスだったので、半年合わない間に男子ってこんなに成長するんだーと驚いていた。逆に男子2人も、女子7人を見てそう思っているかもしれないが…。


 だが他の6人の女子は、早速ガンを飛ばしている。


「ねえねえ上野、今日はどんな気持ちでここに来た?」


 早速元部長だった、佐藤真由美がプレッシャーを掛けている。


「いや、ホンマに女子の皆には嫌な思いばかりさせて悪かったって思ってる。ホンマにごめんなさい」


 上野は腰から90度頭を下げて、謝っていた。高田もそれを見て、マネするように謝罪している。多分、本部長の佐藤真由美が、この2人に渡した呼び出しメモを見て、どう謝ればよいか話しながら、恐る恐るやって来たんだろう…。


 上野も高田も、よく見ればイケメンなのに、バドミントン部の女子にエッチなイタズラばっかりしてきたから、その噂もあって、同学年内でも評判はいまいちだった。


「アタシなんか、何度パンツ見られたことか」


 中本久美が吐き捨てるように言った。


「アタシはブラのホック外しばかり仕掛けてくるから、親に頼んでフロントホックのブラに変えたんだよ!弁償してほしいくらいだわ」


 石田裕子が冷静に、しかし怒りを込めながら言った。


 真美は女子の糾弾を受けている2人の男子を見ながら、そういえばアタシは大してエッチなイタズラはされたことがないよね…?と、改めて思い返していた。


 精々、更衣室で着替えていた時に覗かれた程度で、それは他の女子も同時に覗かれているから、真美1人だけの被害ではない。


「本当に女子の皆には、俺たちがバカだったせいで、嫌な思いをさせました、ごめんなさい。お詫びに…いや、お詫びにもならないだろうけど、女子のみんなには2人で小遣いはたいて、デパートで少しでもいいチョコをと思って、こんなの買ってきました」


 2人は7つの袋をカバンから取り出した。そこには、北海道の名物、ロイズのチョコポテチが2箱入っている。


「…えっ?」


 佐藤真由美は明らかに戸惑っていた。


「1つはお詫び、1つは今までありがとう、そういう意味で2個にしました。受け取って下さい」


 と言って、上野と高田は手分けして7人の女子にチョコポテチが2箱入った袋を渡した。


「…上野、あ、ありがとう…」


 2人のイタズラに一番怒っていた元部長、佐藤真由美が、思いがけない言葉を口にした。それを聞いて、他の女子も驚いた表情で佐藤真由美を見ている。

 また上野達も、意外と「ありがとう」という反応が返ってきて、驚いていた。


「一つ買うだけでも迷う値段じゃん。それを…こんなに…」


「…いや、これだけでも女子のみんなには許してもらえないとは思ってる。でもごめん、俺たちの小遣いだと、これが限界で…」


 男子2人は本当に申し訳なさそうにしている。真美はそこまでしなくてもいいのにな、と思っていた。


「…アタシも胸触られたりさ、あんた達にはエッチなイタズラされたけど、男ってそんな生き物だよね」


 佐藤真由美がしばらく考えてから、そう切り出した。


「……」


「アタシには1つ下の弟がいるんだけどさ、家でもエッチなことばっかり考えてる。もう笑えるくらいによく分かるよ。例えばアタシが学校から帰ってそのまま制服姿で座ってたら、わざとらしくスカートの中を覗こうとするし。風呂に入ってたら用もないのに脱衣場に入ってきて、姉ちゃん、着替えで足らんものないか?とか聞いてくるし。仮に忘れ物あっても、お前には頼まん!っていつも怒っとるけど、やめんのよね〜。だからアタシは、立場上あんた達のエッチなイタズラには怒ってたけど、心のどっかで男ってしょうがない生き物だね~なんて思ってたよ」


「……」


 佐藤真由美がそんなエピソードを披露し、少し重たかったバド部の部室の雰囲気が、軽くなったような気がした。


「ねえ女子のみんな、この2人、どうする?まだ許せないって思う?」


 さすが元部長だ、統率力がある。


「…なんか、いつもの元気さがないし、もう卒業だし、うーん、謝ってくれたからもういいかなって感じ」


 真美と同じクラスの山本美和が言った。


 他の女子も段々、仕方ないよね、男子はスケベな生き物だしね、と言い始め、男子2人は思わぬ展開に少しずつ安堵しているのがよく分かった。下手したら殴られる、くらいの覚悟はしてきたのだろうか。


 男子2人は顔を見合わせ、少し打ち合わせ的な話を小声で交わしてから、上野が話し始めた。


「俺たちを許してくれてありがとう。本当に女子のみんなには嫌な奴らだったと思うし、決してこれで、ロイズでチャラにしようなんて思ってないから。ただ、バカな男2人が、雑誌で見たことを試してみたくて、同じバド部の女子のみんななら、笑って許してくれないかな、みたいな感じで、逆にみんなに嫌な思いをさせちゃったんだ。本当にごめんなさい」


「もういいよ、上野。たださ…」


「え?ただ…何?」


 佐藤真由美が場を仕切る。流石に部長だった経験って凄いな…。


「高校に行ったら、こんなこと止めなよ。本気で女子にキモイって言われてオシマイになるよ。あんた達、顔はイケメンなんだから」


「それはもちろん!これからはまともな男子になることを誓います!」


 ここで女子の誰かがプッと笑った。それにつられて、女子が次々に笑い始めた。真美ももちろん笑っていた。

 更につられて、上野と高田も笑っていた。


 そして今までのことはこれでオシマイ、これからはバドミントン部同期生として、お互いに高校に行っても頑張ろう、と和解が成立した。女子と男子のそれぞれの代表として、佐藤真由美と上野久志が握手した。


 真美はその場面を見て、これまではイヤラシそうなニヤニヤ顔しか見てこなかった上野の、爽やかな笑顔を見た瞬間、何かが体の中に走った気がした。


(えっ!なに?今の感覚…)


 よく分からなかったが、いつもとは違う感覚、今まで感じたことのない感覚だった。


 とりあえずバドミントン部恒例のバレンタインデーの日を終えると、真美は違和感とロイズのチョコ二箱を抱えたまま帰宅した。


(帰ったらお母さんに相談してみようっと…。男の子を見て、なんで変な気持ちになるのか…)


<次回へ続く>

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