第3話 初めての竜襲

「あぁぁぁああああああぁぁぁぁぁ!!!」


 燃えながら叫んで転がっている黒いものは視界の端に追いやって、俺は空を見上げる。


 そこには...鳥かな?とりあえずでかい空飛ぶ生き物が羽ばたきながら砦の周りを旋回していた。

 いや、彼らのうちの1つが急降下して砦の防壁に火を噴いた。多分鳥ではない。じゃあなんだと聞かれれば答えられないが...。


 というか、あれは多分ドラゴンというか竜だ。この俺が言うんだから間違いない。俺は詳しいんだ!

 防壁の尖塔に備えられたバリスタが時々あの光る矢を発射してはいるが、どう考えても数が足りない。向こうは空を覆いつくす勢いの数だった。

 でもそんなの関係ねぇ!申し訳ねぇが、俺は先に行かせてもらうぜ。










 とでも言うと思ったかぁ!?俺の飛行機を撃墜できるような砦さえ破壊できるような連中なんてろくでもないに決まっている。俺は彼女を探してから逃げることにした。


 「おーい!!...よく考えたら名前知らないけどどこにいるんだよぉ?!」


 「おい新入りか?!アホな事してねぇでバリスタに着け!!燃え尽きたやつに着け!!!」


 若い兵士に腕を引っ張られ、引っ張られるうちに中庭に置かれたバリスタに座らされる。

 

「俺は矢を持ってくる。動くなよ!!」


 そう言って彼は砦の建物へと走っていくと、しめやかに空からの炎に包まれた。


「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ...」

「えぇ...」


 付き合ってられない。速く彼女を見つけなければ。




 「ハッハッハッハッ...」

 

 俺はいつしか無言で砦の中を走り回っていた。何度か炎に焼かれかけたが服が焦げるだけで済んだ。さすが難燃性だ。中国製だけど!

 そして走り回っているうちに...いた!今まさに燃え盛っている厩舎のような建物の前に差し掛かると厩舎に繋がる屋根のある通路で呆然と立ち尽くしている彼女を見つけた。

 俺は駆け寄って肩を叩いた。

 

「おい!!これは俺でもまずいって分かるから逃げないと!!」

「うるさい!!!黙って!!!...あぁ、なんで...」


 彼女は俺の腕を振り払ってまた呆然とし始めた。彼女は中世のような、装飾のある甲冑を付けている。ちゃんと防護できそうな見た目だが、首にはドックタグのような板がぶら下がっていた。

 もしやと思ってそれを裏返すと、やはりあった。...ベガとだけ書かれていた。


 女性に対する態度としては最悪だが、俺は彼女の肩を強く叩いた。

 

 「ベガさん!!しっかりしろ!!!逃げるぞ!!!」

 「!...いや、私は竜騎士よ、戦わないと...でも、私の竜が...」

 

 震える手で燃える厩舎の中を指さすベガさん。その先にはいくつかの黒い何かが燃えていた。


「...違う、逃げるんだ。逃げるんだ!逃げるんだよ!!」


 彼女の手を取って走りだそうとする。が、動かない。重い。びくともしなかった。が、効果はあったようだ。彼女ははっとした表情になった。


「...そうだ、バリスタが、バリスタがあるわ。それを使えば...」

「ダメだ!!あんなのに勝てるか?!逃げるべきだ!!」

「あなたに何が分かるの?!あの子は燃えていて、砦は焼かれて、隊長も死んじゃったわ!戦うしかない、戦うしかないの!!」


 俺は逡巡した。確かに逃げても追いかけられるだけで、戦うべきかもしれない。だが、それよりももっといい方法もあった。


「今戦うのはバカだ!だけど、ここは隠れて生き延びて後から復讐すれば倒せるかもしれない!今戦ってもやられるだけだけど、生きて後から倒しに行けばいいんだ!だから、頼むから自分から死にに行かないでくれ...」


 情けないことに彼女の腕にすがりついていると。

 

「...なんで私の心配なんてしてるのよ。」


 ダメだったか?そう思い彼女の顔を見上げる。


「...分かったわ。今はあなたの言うとおりにしてあげる。だけど、今だけだから。」

「!...あぁ、分かった!とりあえずまだ燃えていない建物の地下に隠れるんだ!」


 今度は腕を引っ張るとやや抵抗があったがついてきてくれた。




「確かに言うとおりにするとは言ったけど、なんで...その...ここに隠れようと思ったの?」


 まだ燃えていない、適当な建物と言ったら木製の粗末な作りの雪隠、またの名を便所しかなかった。


「まぁかなり最悪だけど、死ぬよりましだからとりあえず入って」

「...嫌、別々の部屋にして。」


 嫌と言われて一瞬ドキッとしたが断られたわけではないので言われた通りに別の個室に入る。



 

 入ったはいいけどかなり臭いがひどい。やっぱり水洗式は偉大な発明だったんだなって。それに、気持ち悪い虫も俺たちと同じように物陰に隠れている。


「...ねぇ、他の方法はないの?」

「悪いけど多分ないね。あと、そろそろ静かにした方が良さそうだよ。」


 バサッバサッと敵と思しき竜が羽ばたきながらゆっくりと降りてくる音が聞こえる。


「分かったわ、あなたも見つからないで。」




「おい!生き残りはいるか?!居たら出てこい!捕虜としての資格を与えてやる!」

「流石にこの炎の中で生き残りなんていないだろ!早く帰ろうぜ!帰ってまた街で遊びてぇ!」

「おいおい、浮かれるなよ。まぁ確かにもう生き残りはいないだろうが...」


 三人組の男の声が聞こえる。それ以外にもいくつかの足音が忙しくその辺を走っているのも聞こえた。


「げ、ここ便所かよ。死ぬほど臭せぇ!」

「まぁ人間どもの文化なんてこんなもんだろ。少し前までは人間の町は道端にウンコが落ちてたんだぜ?」

「マジ?ガチで野蛮人だな...早く帰りてぇ。」




「おい、なんかカチカチ聞こえねぇか?」


 気づけば俺がカチカチ音を鳴らしていた。歯が震えていたことに今更気づいた。


「なら自分で見に行けよ!どうせグレートゴキブリとかそこら辺の音だろ。」

「いや、それは遠慮しておこう。」

「全員集合しろ!人数を確認してそろそろ帰投するぞ!」

「了解!」


 タッタッタと足音は去っていく。それに伴って俺の音も小さくなっていった。

 いくつか点呼の声が聞こえたのち、バサバサと竜の羽ばたきが去っていった。




「...もう出てもいい?少し頭が痛くなってきたわ。」

「うん、もう出よう。俺もそろそろきつい」


 少し開けて一応周囲を確認した後素早く外に出る。


「あー空気が臭くない!」

「あなたさっき震えてなかった?それで見つかりかけてたわ」

「それに関しては申し訳ない...」


 はぁ、とため息をつくベガさん。かわいい。


「それで、これからどうするの?多分ここに居たら地上部隊がすぐ来て捕まると思うわ」

「この辺の地形は知ってる?どこに行けば街に行けるのかな」

「東に行って山を下りればモリノという町があるわ。そこなら近いし安全だとは思うけど...あなた、体力はあるの?」

「ないです...」


 山登りなんてしたこともないし山下りなら難易度が下がるという事もないだろう。


「...そういえば、あなたの乗ってきた竜はいったい何なの?」

「竜?あぁ、飛行機の事なら...あ、そうだ!!」

「?なにか思いついた?」



 俺たちは飛行機の残骸があるところまで来ていた。

「...うん、いくらか木の棒があれば修理できそうだ。まぁエンジンとかはダメそうだけど」

「へぇ...これが飛行機...見たことないわ」

「これからグライダーなら乗れるよ。そう、グライダーならすぐに山を下れるはずだ!まぁ問題はどうやって山頂まで運ぶかだけど...」


 飛行機の残骸をグライダーに改造するという案を思いついたはいいが、修理なら1日あればできても運ぶのに何日もかかりそうだった。


「あぁ、なら私が運ぶわ。」


 そう言ってベガは機体をまるごと担ぎあげてしまった。


「えぇ...なんで持ち上げられるの?」

「私獣人だから。見て分からないの?」


 確かにケモミミや尻尾が生えている。かわいい。耳と尻尾だけで獣人を名乗るな。


「敵の地上部隊が来るまで何日ある?」

「この山を登るのは私でもきついから、3日はかかると思うわ。」

「なら楽勝だね。とりあえず今日はこれを運び切って明日から修理し始めよう。もう日も暮れてきたし。」

「ところで、あなたの名前はなんていうの?」

「あぁ俺は...いや、ソユーズと呼んでほしいな」

「ソユーズさんね?聞いたことない名前ね。まぁよろしく。」




 その日の晩、すべてを破壊された砦の中に運び終えてソユーズがまだあまり壊れていない部屋の中で眠りこけている頃、ベガは燃え尽きた庁舎の中で灰になった竜を見つめていた。


「...」


 彼女は灰をかき集めて瓶の中に入れると、それを抱き寄せて目を閉じた。


「...あなたの事、毎日思い出すわ。」

「...そして、連中を絶対に許さない。」


 そう告げた彼女の目はまるで青い炎が燃え盛っているかのように復讐に燃えていた。

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