第6話 取引しましょう

「俺はシリウス、流れの薬師をしている」

 わたしのことを投げてくれたシリウスは、そう自分のことを語った。

 しかし。

 ルーフェンも、シャロンも、怖い顔。

 わたしのことを投げたということがひっかかっているようだ。

 けど、それはわたしがお願いしたことだからそんな怒らなくても……もう。


 夕方にさしかかりはじめた市にはちょうど食べ物が出回り始めたので、蜂蜜酒を買うことにした。葉っぱのコップに並々と注がれた蜂蜜酒はあまくて、とろりとしていて、アルコールも効いている。

 それにルーフェンは首をふっていやがるなんて! 仕方なく、わたしはルーフェンのぶんは蜂蜜水にしてあげたの。

 こんなおいしいお酒を飲まないなんて、ルーフェンは堅物ね。

 お酒を飲みながらわたしたちは、通りに出てきたテーブルと椅子に一つに腰掛けた。この時間の市は食べ物を買ってすきに食べられるようにいろんなところでテーブルと椅子が出ているのだ。


「しかし、違法ものが出回るとはな、こんな田舎すら……あの噂は本当だったんだな」

「噂?」

「この領地主は、違法物をこっそりと手に入れているって噂さ」

 シリウスの言葉にわたしは唖然とした。

 それって、旦那様のこと?

 うそでしょ。

 ルーフェンとシャロンがむすっとした顔でシリウスのことを睨み付けている。怖いのか、おいおい、なんだよとシリウスが声をあげるが、わたしは、それどころじゃない。

 あの人とは出会ってからずっと離れてるから何一つわからないけど、わたしの脳裏に花束をもってきて、結婚してくれと口にした彼の姿が蘇る。

「……調べなきゃ」

「おい、お嬢ちゃん」

「本当に違法物を集めているのか」

 わたしの言葉にシリウスが呆れた顔をする。

「危ないぞ。いくら冒険好きのホビット族でも足を突っ込んでいい案件じゃないぞ」

「あら、もうわたし、足どころか、頭つっこんでるわよ」

 だってその人、わたしの夫よ。

 それに、とわたしはスカートをまくしあげた。

「おい!」

 シリウスったら声をあげないでよ、ちゃんと下にはズボンをはいてるのよ。

 おなかのところから取り出したるわ、

「本」

「異世界の」

 くぅん。

 シリウス、ルーフェン、シャロンが驚いている。ふふん、驚いた? ホビッド族は戦いは出来ないけど、手先は器用なのよ。

 いきなり、がばりとシリウスがわたしのコートをかける。

 さらにルーフェンが抱え上げ、シャロンにのせられた。

 ちょっとお!

 二人と一匹、息があったコンビネーションを発揮してわたしを荷物のごとく移動していく。


「馬鹿野郎! あんなところで、そんなもの、つかまるぞ」

「あなたは警戒心がなさすぎる」

「がうっ」

 怒られた。

 うう。だって

「にしても、くすねたのか」

「だって、だって、知りたいことが書いてるぽくって」

「知りたいこと?」

「そう、話せば長いんだけど、とりあえず、我が家に行きましょう」

 そのままシリウスを連れてわたしたちは、戻っていった。

 うん、だからね


「うそだろう」

 目玉が零れ落ちそうなくらい、あごが外れそうなくらい驚くシリウスにわたしはにっこりと微笑んだ。

「わたしが、ここの女主人なのよ」

「……ここの当主はつい最近結婚したとは聞いたが、まさか、ホビット族をか」

「なによぉ」

「だって、おまえ、その見た目、いてぇ」

 シリウスってら叫んじゃって。どうしたの。水虫? なんでルーフェンとシャロンたら横でシリウスのことばっかり見てるのかしら。

 城に戻って、心配しているルーおじさんとサラおばさんにこんな時間だから二人は戻っていいことになっているのでわたしは丁重に二人に挨拶をして、今日の冒険については絶対に言わないと決めて見送った。だって二人ともわたしが連れてきたシリウスに

「愛人ですか」

 なんて言うのよ。失礼しちゃう! がらのわるい男たち囲われていたのを助けたっていうと、ものすごく心配されちゃったのよね。

 これはルーフェンを助けるためとはいえ乱闘したことは絶対に言わないほうがいいやつだわ!

 世の中には知らなくていいことがあるのよ。

 シリウスのことは可哀そうで保護したということにしておいた。ルーフェンたちもいるから大丈夫よ、と孫でも心配する顔をされたけど、わたしは二人をなんとか帰して、わたしの部屋に牛肉のシチューとかたい黒パンを運んで今までのことと次第とか、このあとどうしたいのかを話すことにしたの。

「アンタが女主人なのはいい、それで旦那の不正を暴くのか」

「不正してないわよ。たぶん、勘違い、みんな、誤解しているのよ」

 わたしはシチューをすすって言い返す。

 ああ、おいしい。牛乳の濃厚な甘さ、牛肉のかたいけど、噛み応えがあって、お野菜もごろごろと大きいのにほろほろと崩れてわたしの口のなかに広がっていく。

 しおと胡椒で味付けをしている、これは全体的に甘いのに黒パンをびたびたにひたすのだ。黒パンは長持ちできるように大きく、かたい。それをシチューなんかでふやかして食べる。噛めば噛むほど味がしみておいしい。

 飲み物は赤ワインをあたためて、ホットワイン。このなかにシナモンの枝をいれておくと匂いも味もぐっと甘いのだ。

 よし。気合十分、いけるわよ!

「わたしが知りたいのは、この本に書かれてあった、ことなのよ」

「異世界の本な」

 おなかのなかに隠していたせいで若干あたたかい、それを今度こそみんなが見えるようにテーブル上に置く。

 きれいな色の本だ。

 驚くほどにうすっぺらい。これが紙? つるつるしている。

 描かれている絵は、美しい女性が着ているドレスは白に宝石がちりばめられて、目に痛い。

 これは、どこかの女王さまなのかしら? このドレス、ドワーフ族やエルフ族の職人が作ったのと同じぐらいのハイレベルだわ。

 本のタイトルは

「えーがのこばなし?」

 なに、それ。

「読めるのか!」

 シリウスが驚いた顔をしてわたしに尋ねてくる。

 ホビット族は陽気で、秩序がない。楽しいこと大好きで、文字は苦手。わたしは、そんななかで唯一の文字が読める貴重なホビット族だった。パパが冒険者で外の世界の言葉を知っていたので、共有語を覚えたし、ママが寝る前にいろんな本を読んでくれたのだ。そのあと、誠実さこそすべてと思ったわたしは自分のためにいろんな言語を勉強した。共有語も、エルフ語、ドワーフ語、はてはドラゴンたちの使う神上語、災いの門が開いたら異世界の言葉もちょこちょこと入ってきたのでそれを独学で学んだ。まぁ、これは、ある人の助けもあったんだけど。

「ホビット族なのにすごいな」

「まぁね。とりあえず、めくるわよ」

 禁書だからっていきなり噛みついたりしないだろうし。

 ぺらり。

 ひぇああああああ!

 わたしはかたまった。

 だって、ページをめくったら、美しい人間と男がまぐわってるぅ! わたしは思わずルーフェンの目を閉ざせようと両手をあげた。あーん、届かない。

「なにしてるんだ」

「見ちゃだめよ。だ、だって、これ、これ」

「すごいな。口吸いの絵が、こんなにもリアルだとは」

「あああ、もう言わないで」

 なんて卑猥なの。いや、恥ずかしい! やめてよね!

「こんなリアルな絵はこっちの絵描きじゃ無理だ。それも人族ばかりだから、どれもうつくしいし、きっとそれ以上も」

「発禁! 発禁!」

 わたしが悲鳴をあげる。

 だって、口吸いなんてそんなお祭りのあととかにみんなこっそりと影に隠れてとか、それ以上も隠れてやることなのに。

 こんなどうどうと絵として残すなんて!

「この本が禁書になる理由はまあわかるな。貴族たちが高値でやりとりするのもわかる」

「う、うううっ」

「噂では、もっと過激なものもあるそうだし。その、あれだ、女のはだ、あいたぁ」

「ルーフェンの前で耳の腐るようなこと言わないで」

「おいおい、こいつだって男だぞ」

「ルーフェンはまだ十九なのよっ」

「へ、そうなのか」

 こくこくとルーフェンが頷く。

「ああ、アシャ戦争のときにこっちにきたのか」

 シリウスが納得顔なのにわたしはその戦争がいまいちわからなくてきょとんとする。

「とにかく成人してないのよっ」

 ちなみにボビット族の成人は十三歳。人間は二十一歳だそうだ。

「地方によるが人間だって十七で成人だぞ」

「ええ、そうなの」

「ルーフェン、お前、ル族だろう?」

 こくんとルーフェンが頷く。

「あそこは十一で成人だ。太陽神が作り出した戦士の一族だ。戦うために身体能力が特化していると聞いたが、実際見たのははじめたが本当に強いな」

「本当に強ければここにはいない」

 ルーフェンが目を伏せてぼそぼそと口にした言葉に、シリウスが肩を竦めた。

 なんとなく、ルーフェンにとってはいやなお話をしている気がする。

「話を戻すが、こういう本がこっちにはいってきたらやばいだろうな。それにここの地方当主さまが加担しているとしたら」

「旦那様はそんなことないわよ」

 わたしは言い返したあとすぐに迷った。確信なんてない。

「探してみましょう」

 意を決してわたしは口にした。本当はすごくすごくいやだ。けど、このままではいられない。

「ルーフェン、わたし、今から旦那様の部屋を探るわ」

「それは」

「彼が無罪であることを証明したいの」

「……あなたがそうしたいなら、したらいい。マスターキーはあなたがもっている」

 ルーフェンは渋々と口にする。

 わたし、とっても残酷なことを口にしているわね。だってルーフェンは旦那様の部下なのに。

「シリウス、わたしの味方になってほしいの」

「俺が?」

「何を見ても、逃げないでほしいの」

 それは暗に最悪の場合についてのことも含めて言ってる。

 わたしの手の中にはこの城のどこでもはいれるマスターキー。

 ぎゅうと握り締めてわたしは旦那様の執務室へと向かう。

 気が咎めないわけじゃない。

 むしろ、どきどき、不安いっぱい。

 だからわたし、シリウスを連れてきゃったのよね。

「お金をあげるわ。先のお尋ね者を倒したお金よ。あと、わたしの貯金全額あげる」

「おいおい、待て待て、お嬢ちゃん、そんな大金を出していいのか?」

「わたしとあなたは今知り合ったばかりの他人よ。だからこそ、ここはちゃんとするべきだと思ったの。けど、いろいろとあなたは知っているし、味方がほしいの」

 どんな人でも、シリウスの瞳は澄んでいて、うつくしい。わたしは今までいろんな人に会ったわ。

 だからシリウスは裏切らないと確信している。

「……わかった。金で雇われる。なんなら契約魔法をするか?」

「するわ」

 契約の魔法とはマナを使った簡単な約束ごとを破らないようにするものだ。

 簡単なものの効果としては丸三日は保つから、それを過ぎるとマナの消費と一緒に消えちゃう。

 契約を破ると、ちょっと体が痛いや不幸事に見舞われるくらいの本当にささやいものだけど、それを口にするということはシリウスはわたしに信頼を示してくれているのだとわかる。

 契約魔法はもっと高度なものならば相手の命だってたやすく奪える。

 これは双方が「契約を交わす」と同意しなければできない。

 わたしはさっそく、自分の右手をナイフで切った。痛い。血が流れるのと一緒にわたしのマナが高まる。

 同じくシリウスが自分の左手を切って、手を差し出してきた。二人で握手を交わす。

「わたしを裏切らないと誓って」契約主が、内容を決めるの。

「裏切れば双方、死よりつらい激痛と不幸を」罰については契約を結ばれる側が。

「同意するわ」

 血が混じって、そして鎖となってわたしとシリウスの手首につく。これで契約は終わり。

 わたしは盗賊退治でもらって報酬、金貨五枚を差し出した。

「前払いはこれだな。あとは終わったらもらう」

「いいわ」

 わたしはシリウスとルーフェン、そしてシャロンを連れて旦那様の執務室へと向かった。

 お願いだから、なにも出てこないでよ!


 けどね、そういう祈りってすごく脆いのよね。


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