第5話 ごめんね
大人なのにルーフェンと離れちゃうなんて失態だわ。
だって見るもの聞くものすべて珍しくて、面白くて、ついついあれは、これはってなってしまったのよ。
これもそれもすべてはホビット族の知りたがりの血のせい!
ああもう恥ずかしい。
はい、自分を責めるのはこれで終わり!
急いでルーフェンたちを探さないと、こういうときはどうしたらいいんだっけ? 人間はわたしより大きいからどこかで目立たないと、けど、どこかってどこで?
きょろきょろしていると、わたしは、あっと声をあげた。
路地で男の人が絡まれている。
それも、見るからに危なそうな男!
昼間だってくらい路地のなかで奥に連れ込まれて、あれこれと口にしている男の人と二人の男。
こ、これは、やばいやつでは?
止めるっていっても、どうやって。
わたしで?
えーと、えーと、そうだわ!
「てめぇ、いい加減に」
「おとさぁーん」
わたしは出来るだけ甲高い声をあげる。
それに絡んでいたたちの悪い男たちがああんとドスの利いた声をあげて振り返った。ひぇ。こわい。
けど、ここでひるんだりはしないわよ。
絡まれていた男が、えって顔をしている。あんたねぇ!
「おとうさん、いたぁ」
ぶりっこ声をあげてわたしは駆け出してフードの男にぎゅうと抱き着いた。
「おとうさん、はやくいこう」
「え、っと」
足を思いっきり踏んづける。あわせろ、ばか!
「いって、あああ、ああ、わるかった。わるかったよ。おまえを一人にして」
よしよし、あわせてきたわね。
「おとうさんって、てめえ、子連れ」
「おとうさんをいじめないで! ごめんなさい、おとうさんがわるいことしたの」
わたしはうるうると涙目で男たちを見上げた。
男たちが動きを止めた。
ふふん、これでも人間たちが小さいものに弱いのは知ってるんだから、特に子供相手に弱いこともね。わたしは中身は大人だけど、見た目をふる活用よ!
じぃと見つめると、それだけでううっとうなって後ろに下がっていく男たち。
舌打ちをして、
「もう二度と、俺たちをかぎまわるんじゃるぇぞ」
捨て台詞と一緒に去っていった。
ふぅー。やったわ。
わたしは脱力した。
「なんとかなったな」
なんて、のんきなことをいう男を睨みつけた。
「キミのおかげで。ホビット族だろう? そのとんがった耳でわかるよ。助けてくれたのか」
うぐぅ。それはわたしが大人であることもこの人にはわかっているということだ。子供の真似までして助けてくれたのに男は微笑んで感謝している、らしい。
黒のフードに、旅人らしい軽装の服、覗き見た顔は思ったよりも若く、体はがっしりとしている。
黒髪は長く、肩ぐらい。無精ひげの生えたところは男らしい。
「俺は非力でね。何発か殴られる覚悟はしていた」
「ふぅん」
「しかし、ボビット族がここに? 珍しいな。その軽装は冒険者ではないだろうし、仲間は?」
「あ、それは」
わたしは苦い顔をした。奥歯で本日一番の大きな苦虫をがじぃと噛む。うう。
「迷子なの」
しぶしぶと白状する。
すると、男の人は驚いた顔をして、
「ふぱ、それなのにおせっかいをやくなんて、ほんと、お人よしだな、ポビッド族は」
「う、うう」
「よしよし、おとうさんが一緒に探してやろう」
「ちょ、もう」
「まだあの男たちが近くにいるかもしれないぞ」
などとのたまうからわたしはぐぅと反論を飲み込んだ。
わたしの手をつかんで表の通りに出てくる。すると、いきなりわたしの脇に腕をいれた。ちょ、なにするのよ! わたしはびっくりしていると、よっとと軽い声をあげて肩車をしてきた。
いやーー!
これでもうら若き乙女をなんてことするの!
「ほら、これで探し人が見つかるだろう」
「ううっ」
わたしは苦し気に唸った。
恥ずかしい。
けど、これは仕方がない。自分に言い聞かせる。高いところは気持ちよくてついつい口元が緩む。だめよ、わたしは大人なんだから、なんて言い聞かせてもだめだめ、楽しい。
うふ。
つい笑っちゃう。
そうしていると、人だかりを見つけた。
そこに知っている狼――シャロン!
「あそこっ」
「おいおい、髪の毛をひっこぬくなよ」
つい力をいれてちゃうわたしに男の人が叫ぶ。だって仕方ないわ。人だかりにやってやれ、そこだとか声がする。
なになにとわたしは目を凝らすと、人だかりが邪魔をしていてはっきり見えない。ああん、もう!
「奴隷ふせいが」
男の罵る声。
わたしのなかでそのとき、何かがキレた。
音にしたらぷっつん。
「うう、これは前にいけないぞ」
「だったらお願いがあるの」
「あん?」
「わたしのこと投げて!」
「投げって、あ、ああ、そうか。よしっ」
わたしの意図がわかったらしくて、思いっきりふりかぶってきた。わたしは身を縮めて、備える。よーし。
どーん!
あー!
くるくるとまわって、そして、落ちる。
あ、やっぱりルーフェンだ!
ルーフェンが気が付いたらしく顔をあげて、あって顔をした。あって顔! そして、わたしは、ルーフェンにつかみかかる男に思いっきり落ちた。
ホビット族の特徴として、すごく頑丈なのだ。
精神も肉体も大変頑丈。だから思いっきり落ちたわたしは男をお尻にひいて、えっへん。
くるっと振り返る。まだ二人いる。
「わたしの家族になにするのよっ」
思いっきり噛みつくと二人はたじろいだ。そりゃあ、そうよね、いきなり空から落ちてきた女の子なんてびっくりするわよね。あ、けど中身は大人です。
わたしの後ろで、うーっとシャロンが唸っているのも効果あったらしい。
「こいつは奴隷だぞ」
つるつるの頭をしたいかつい男が言う。
「だのに、主もつれずうろうろしているから俺たちが声をかけた」
「奴隷ですって」
「アンタ、家族とかいうが、主か」
「主じゃなくて、家族よ」
あ、いや、主になるのか。けど、ルーフェンの主は旦那さまだし、て、まって、奴隷ってどういうことなの。
「こいつは罪人奴隷だぞ」
「罪人、奴隷?」
ますます困惑するわたしに、なんだ、なにも知らないのかと男が吐き捨てた。
「こいつら、黒い肌の民は、奴隷だ。それも顔に刺青があるのは、罪を犯したやつだ。おおかた逃亡でもしたんだろう。こいつが俺らにぶつかってきたんだ。奴隷の分際でな! これは躾ってもんだぜ」
わたしは、ちらりとルーフェンを見る。
いつものみたいに表情はない。瞳が揺れていてわたしははっと息を飲んだ。だから言い返していた。
「そんなこと関係ないわ、奴隷だからってうろうろするなっていうのは失礼でしょ。この子はわたしの家族なの。わたしが身の保証をしている、あっちいきなさい」
しっしっと犬でも払うみたいに手を振る。
「奴隷も奴隷なら! 主も主だな! 礼儀ってもんを教えてやるよ」
それに男たちは鼻を膨らませて、歯をむき出しにして襲い掛かってきた。なんて短気なやつら! 唖然としていると、わたしの後ろにいたシャロンがうなり声をあげて牙を剝きだしにして男の腕に噛みついた。
うぎゃあと叫ぶ男――なにさ、血は出てないんだから相当手加減されているのよ!
「こいつ」
もう一人が、なんとナイフ! ぎらりと輝く刃にわたしは唖然。
「街で武器の使用は違法よ」
「うるせぇ」
自棄っぱちだ、こいつ!
襲い掛かってきたのにすっとわたしの前にルーフェンが影のように出てきて、猪のごとく向かってくる男の顎にパンチをお見舞いした。うっひゃー! だめだ、ホビット族の血が騒ぐわ!
けど、一発で倒された男とシャロンによって泡を吹いて倒れる男たち二人、そこにばさりと音がした。見ると、男たちの荷物の袋に穴があいていて、これって
「本? それも、こんなきれいな本って」
薄い紙に、きらきらとした鮮やかな色合いの本。目がつい奪われてしまう。
「異世人の本だ」
ルーシフェンが呟いた。
異世界のものはすべて禁忌とされている。許可されたものは、認定印がついている。
確か、獅子の、印は……見てみたがない、これは。それにこれ、いくつもの言葉、これってバーガーって……書いてある!
「違法物だわ!」
わたしが悲鳴に近い声をあげ、それに聞きつけたように市を取り締まる商人ギルドの長がやってきてくれた。
わたしたちはこの次第を説明して、ちょっとまぁやりすぎですよとお小言はもらったけど、たいした咎めはなく解放された。
というのも、ルーフェンの顔を商人ギルドの長が知っていたのだ。それは、そうよね、ルーフェンはこの街を旦那様の使用人なんだし、ただ、反応が怖いものを見るみたいな顔のあと、わたしのことをみて、不思議そうにして
「アンタの嫁さんかい」
「……」
「ぐるる」
「え、いや」
「そうか、そうか、アンタもようやく落ち着いたんだね。それはよかったよ」
違うの。わたしとルーフェンは!
「大勢の前で大立ち回りをしたってきいたから、どんなでかい女かと思ったが、ボビット族か」
ふむふむ、しげしげと見つめられる。
「明るくて陽気で、みんなに好かれるボビット族なら、いいさ。誠実だしな」
おお、べた褒めだ。嬉しいけど、恥ずかしい。
頬がかっかっと熱くなる。
「こいつら、違法物をあれこれと抱えていたようだ。それも異世界のものとは邪悪だもんだ」
ギルド長さん、すぐに印を切る。
異世界のものは、主神とは別の力が働いているため、邪悪と考える人も多い。それでなくても未知なのだから。
「お手柄だ、これは報酬だ」
とわたしにずっとりと麻袋――ちらっとみると、金貨! かなりのお金なのにわたしはひゃあと声をあげた。
「違法もんは取り締まることが国で決められているからな。これは国からの報酬だ」
「あ、あ、はい。けど、えーと、これ、シャロンとルーフェン」
ふるふるとルーフェンが口を横に振る。シャロンも同じく。
「従者のやったことは、主のもんだぜ。じゃあな」
そうなんだ。
けど、ルーフェン、先から声をだしてくれない。言葉を忘れちゃったの?
「……大丈夫? 怪我はない?」
「……飛んできた」
うん? ああ、飛んだね。
「……危ないことをしないでくれ」
「ホビット族は丈夫なのよ」
頭は岩よりかたい。体のほとんどが鉄をはじくんだから。まぁ、はじくっていっても痛いことは痛いんだけどね。
「怪我をしたら」
「平気よ」
「だめだ!」
ルーフェンが怒鳴った。
これは本気で怒っている。たぶん、ずっと黙っていたのはわたしが飛んできたことの驚きと、怒りを抱えてうまく言葉を声に出来なかったんだわ。
「……ルーフェン、わたし」
こんなときはごめんなさい、よね。
ルーフェンが困っている。
彼は口数が少なくて、言葉もたどたどしい、たぶん、共有語に慣れてないんだわ。だからわたしはじっとルーフェンを見つめて、待った。
ルーフェンが言いたい言葉、わたしに聞かせてほしいから。
「あなたは、俺を家族と、言ってくれた、だから、守る」
「ありがとう」
その気持ちがとってもうれしくてわたしは微笑んだ。
「気を付けるわ。ルーフェンとシャロンが守ってくれるものね」
わたしの言葉にルーフェンがはじかれた顔をして、こくこくと頷いた。今にも泣きそうな顔をして、大きいのに彼はとても弱いのね。
シャロンもわたしのことを毛で包み込んでくれる。
「すまないが、話は終わったかな」
あ、忘れてた。
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