第4話 はぐれました


「で、その作り方は知ってるのか」

 ルーおじさんの一言にわたしの出鼻はくじかれた。

 思いっきり、木っ端みじんに。


 知るわけがない。

 だって、異世人<アーシアン>の食べ物なんて、こんな辺境の山の街に来るはずがない。

 わたしの掲げた拳はしおしお~と力なく落ちた。

 わたしはそっと椅子に座りなおした。

「ちょっと、ルーさん、若奥様が落ち込んでるじゃないのよっ」

「ルー、貴様」

「ぐるる」

「おいおいおい、俺はまともな意見を言ったんだぞ。全員で怒るなよ!」

「この子が必死に旦那様のために考えてるんだよ」

「だ、か、ら、それは作るレシピがって、睨むなよ」

 わたしは、しゅんと俯いてしょげていた。

 ルーおじさんの言うことは正しい。

 ホビット族の邑から月に一度しか外に出たことのないわたしは街ぐらいしか知らない。この街はわたしの知るなかでは一番大きい。けど、異世の食べ物なんて知ってる人はいないだろうし。

 ううう。

「そうよね、わたしの考えが浅かったわ」

 わたしの頬をぺろりと嘗めて励ましてくれるシャロンは優しい。

 ルーおじさんは、元気出せと口にしてデザートにここいらでよく取れるりんごを剥いてくれたし、サラおばさんはあたたかい紅茶をいれてくれたあと

「せっかくだし、街に散策にいったら?」

 と、提案してくれた。

 いつもは外に出るのはだめと言われているだけど、今日はいいらしい。やったわ、と嬉しい気持ちと慰められてるなぁというしょんぼりした気持ち二つが混ざってるかんじ。

 けどルーフェンは黙ってついてきてくれるし、シャロンはわたしのことを背中ののせて、さぁいきましょうの顔をしてとことこと歩き出す。

「ありがとう、シャロン」

 ふわふわの毛を撫でると、少しだけ癒される。

「シャロンに鞍を買うべきだ」

「鞍?」

「馬みたいにつけないと落ちる」

「あー」

 確かにそうね。

 ホビット族は基本的に歩く以外はしない。何かに乗ることはない。ううん。パパはロバにのったことはあると言っていたわ。わたしたちには馬は大きすぎて乗れないから。あと山の奥にいるグリフィオという大鷲族。彼らとブツブツ交換をしてたまに乗せてもらうの。大急ぎのときとかにすごく便利だけど、プライドが高くて、気難しいことで有名なのよね。

 わたしは、ここにきてからシャロンにはちょくちょく乗せてもらっている。まぁわたしの歩きが遅すぎるせいだ。

「けど、あるのかしら、鞍なんて、それも灰色狼のものよ?」

「商人なら、あると思う」

「商人ってなに?」

「知らないの、か」

 ルーフェンがちょっと意外そうに聞いてくる。

「知らないわ。それはなんなの?」

「遠くのものをもって売りにくる」

「遠くのもの? たとえば」

 わたしの質問に少しだけ考えたあと、思い出したように教えてくれた。

「東の国の果ての毛皮を、北で売ってることもある」

「なにそれ!」

 なんて便利なの!

 ああ、けど、それは道理よね。山のものは海では育たない。だからそれを持っていくと高い値で売れるはずだわ。

 商人はそういうことをするのね。

「けど、それって暑い国で毛皮なんて売っても売れないから、需要と供給を確認しきなゃいけないわね?」

「商人たちは、そのために商人だけのギルドを作って情報を交換している」

「ギルド?」

「職人たちの集まりだ。なにかあれば、ギルドはその属しているやつを助ける、依頼もそこが窓口で受ける。個人では対応できないものなんかはそうする」

 はー。そういうことか。

 邑では顔が知れてるけど、大きな街でそうでもない、というのはここにきて学んだ。人が多すぎるし、流れてくるものも多い。

 土をこねて作られた舗装された地面、建物、わたしのいた邑にはなかったものだ。

 人が多い、馬やそういう者も……わたしはシャロンのうえでのんびりとみるぶんには楽しい。

 ただし、そのぶん危険も多い、なんでも悪い人がいるそうだ。だから一人で出ちゃだめだってサラおばさんはいうし、ルーフェンもシャロンはいい顔をしない。けど今日はいいっていったのは、あんまりにも放置されすぎたわたしのことを憐れんでくれたみたいだ。そうね、結婚してここまでほっとかれるなんてずっと城のなかだと干しホビットになっちゃう!

 ルーフェンはわたしの後ろをのそのそと歩いている。

「ここからその、商人のお店、どこにいくの?」

「ギルドなら東の場所に」

「ふむふむ。東ね、シャロン」

 わんと声高くあげてシャロンが走り出す。

 風を切ると気持ちいい。

 ルーフェンはわたしたちの後ろをつかずはなれずついてきているのもわかる。

 落ち込んだ気持ちが明るくなっていく。

 見えてきたさきに、わたしは、わぁと声をあげた。

 市だ。

 いくつもの屋台が軒を連ね、わいわいがやがやと人の声が聞こえてくる。

 大きな街だと、市は定期的に行われる。

 この城下の場合、週に二回、月のはなゆりと、月のおにゆりの日に行われる。

 人間たちの暦は、二つ月の片方であるサールンの満ち欠けを基本に二十四週にわけられている。だって、片方の月であるルンーサは完璧な形で存在し動かないのだから仕方がない。

 双子の神の片方は主神に認められ、もう片方はできそこないとののしられ、それを悲しんだ弟神はわが身を完璧にするため、月となったそうだ。そうして完璧になろうとするため日々変化する、たいして完璧と言われた兄は弟の変わり果てた姿に悲しんで、主神にお願いして弟のそばにいて、いつか弟が自分と同じ完璧になることを祈っている……主神、あんたのせいじゃない! な成り立ちなのよね。

 人間はこれを基本に二十四日で月日を決めたそうだ。

 逆にわたしたちホビット族は星で月日を見る。たとえば東にタルタの星があればそれが春の訪れを意味して、ララの星が出てきたら夏、とう具合で星の動きを読んで動くの。

 時間については太陽神の動きに合わせているのは人間もホビット族も変わらないけど、こうしてちょっとしたことが違うのよ。

 そっか、今日は市だったんだ。

 わたしは、そろそろとシャロンから降りようとした。

「だめだ」

 ぴしゃりとルーフェンが言う。

「危ない」

「ちょっとぐらいいいじゃない?」

 むぅとルーフェンが睨んでくる。

「歩きたいの~」

「……シャロンから離れないようにしてほしい」

「離れない」

「俺からも」

「わかった!」

 やったわ!

 シャロンから降りてわたしはルーフェンの横に並ぶ。

「すごいわね。人の市ってお祭りみたい」

「市は朝は野菜、昼間は道具類、夜は食べ物屋だ」

「道具だったら、ここにシャロンの鞍もあるかもしれないわね」

 わたしたらラッキーじゃない。ついているわ。幸先がよすぎる。

 ふふんとにこにこしていると、ルーフェンがじっとわたしのことを見つめてくる。彼の目はよく見ると灰色狼と同じ、灰色だわ。

 褐色の肌でわかりづらいけど、頬には大きな刺青が施されている。黒のそれは翼が生えたみたい。*

「……若奥様は、どうして俺を怖がらないんだ」

「え、どうしてって今更だわ。たぶん人からみると怖い分類なんだろうけど、ホビット族にとっては人間は平等に怖いのよ」

 ルーフェンはそれこそ驚いた顔をする。

 わたしはルーフェンの手をとった。

「これなら離れないでしょう?」

「……いいのか」

「見た目が子供ぽいから手を繋いでも変じゃないでしょ」

 あ、異性に見えないの前に先手必勝! わかってるわ、ボビッド族はみんな小さい。人間でいうところの十歳くらい。恋愛対象なんてとても見えないわよね。

 離れ離れになるより、見た目の利点を生かしておくほうが大事よね。

 けど、手を繋いで人間を見て思う。

 サーシャもだからわたしをほっとくのかしら。

「そういうつもりじゃない。奥様は」

「ねぇ、ルーフェン、わたしのことは名前で呼んでほしいわ」

「……名前」

「うん。だって、わたし、奥様っていってもなにもしてないもの。それに、彼はわたしのことほっといてるし」

 あ、だめだめ、弱いこと言うのはよくないのに!

「ユーリアン」

 ぼそっとルーフェンが口にするのにわたしは目を大きく見開いて見つめた。

 視線が合うと、ルーフェンの目が優しい緩んでいて、わたしはついどきどきしてしまう。そこにぺろりとあたたかい舌。うっひゃあ。シャロンまで!

 ここにきてよかったなと思うのは、この一人と一匹に会えたことだわ。

「ふふ、いきましょう」

 わたしはうれしいの気持ちをこめて笑顔で歩いていく。

 人が多い。

 テントにはわたしのしらないものがいっぱい。なににつかうの、それっていうものがいっぱいある。

「それはなに、それはなににつかうの!」

 ああ大人の女性がしていい態度じゃない。けど見た目子供だからこそできる純粋な問いかけ。

 

「これは鍋置きよ」

「これはイシ人の作った魔法の杖だ」

「こっちは鳥をいれる籠」

 

 みんなにこにこと答えてくる。

 まるで宝石箱みたい。

 人間は悪人が多くて、危ないって聞いていたけど、とってもとっても楽しい!

 などと大興奮していたら。


 ごめんなさい、ルーフェン、あなたは正しかったわ。

 はぐれちゃった。


 わたしは両手で顔を覆って自分の愚かさを呪い、マムシ虫に頭からくわれてしまえと心から思ったわ。

 

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