エピソード9 心霊
雪が降り始めた根室市の街外れにある、とある場所に建つ家。そこには魔法少女が生活の拠点として生活しており、人間と大差ない暮らしをしている。
「……さて、と」
今は22時過ぎ。エネミー駆除の依頼が来たにも関わらず待機となった名寄美咲が、家で退屈な時間を持て余している。
「晃ちゃん遅いし、もうそろそろ寝よーかな」
美咲と同じ魔法少女である白老晃を何十分も待ち続けたが、なかなか帰って来ない。
エネミー駆除に苦戦してるのではという不安感を抱きつつも就寝の準備に入ることにした美咲は、いつも通り洗面台に立つ。
「……………………」
こうして1人きりになるのは、今ではもう珍しくない。美咲はすっかり慣れた様子で家の警備に回ってから眠りに付く習慣が身に付いている。
「……ん?」
しかし、今日はどうも違和感がある。
「見られてる……?」
視線。
美咲へ向けられる強烈な感覚。
司令も晃も家にはいないはずなのに、誰かがいる。
「晃ちゃん?」
反応なし。
「司令ですか?」
反応なし。
「うーん、今すぐヘルプしたいけど、司令と通信出来るのって晃ちゃんだけだし……」
だけど美咲は、晃となら会話が出来る。
もしこれが心霊現象ではなくエネミーの仕業だとしたら、この場で晃に駆除してもらう事も出来る。
「……まだダメ。これがエネミーだって分かるまで、晃ちゃんを呼ばないでおこう」
美咲にも一応、人間とエネミーの見分けがつく能力が備わっている。
視線の送り主さえ特定してしまえば、あとはコッチのもの。
ここは美咲の、ひらめきの見せどころかもしれない。
「まず、晃ちゃんから聞いたエネミーの能力を思い出してみよう」
晃から色んなエネミーの話を聞いて、そこから魔法少女としての活動方法を学んでいる。
その時聞いた話の中に、何か使える情報が紛れているかもしれない。
「そうだ、前に姿を透明にするエネミーがいたって言ってた‼︎」
姿を透明にするエネミーなら、他人に見られる事なく視線だけを送る事が出来る。
「うーん、でもそのエネミーは戦闘型だったって言ってたしなぁ……」
姿を透明にして、無防備なところを攻撃するのがそのエネミーの戦法だった。
しかし今こうして美咲に向けた視線の主は、一向に攻撃を仕掛けてこない。
「じゃあ、調査型かな?」
それなら美咲を攻撃しないのも納得だが、今度は別の問題が出てくる。
「でも、いつどのタイミングでこの家に入って来たんだろう?」
家自体は周りに合わせており普通の外見で、警備も割とザルだ。
なので魔法少女の家に入ろうと思えば、一般人でも入る事は可能ではある。
ただし実際に行動した場合、魔法少女から立入拒否されるのがオチである。
「とにかく、この家には私以外の誰かがいる……」
美咲は今、洗面台の前に立っている。
視線がするのは、すぐ近くにある浴室の方から。
「……ッ⁉︎」
突如として、浴室のシャワーが勝手に動き出す。
もちろん、そこには誰もいないことを確認している。それなのにシャワーが勝手に動くということは、浴室にエネミーまたは幽霊がいる証拠である。
「そこにいるんだねッ‼︎」
勢いよく扉を開くと、中には誰もいない。
湯船は晃が入る為に溜めており、そして流しっぱなしのシャワーがただ流れるだけだった。
「エネミーじゃない……?」
エネミーと幽霊のどちらかがハッキリしないせいで、少しずつ不安な気持ちが強くなっていく。
「まさか、幽霊……」
しかし、美咲は思い出す。
「待って違うって。透明になれるエネミーが過去にいたんだった。あの時はたしか、接近するとシルエットが見えるんだっけ」
過去に晃が遭遇した透明になるエネミーは、およそ1メートル程まで接近すると、シルエットがぼんやりと見える様になっていた。
そして美咲がいる浴室は、もしその時の透明化能力を持つエネミーがいるとしたら、既にシルエットが見える範囲には立っている。
「ここに、いるんだよね……?」
美咲は、恐る恐る手を伸ばす。
浴室から強い視線を感じつつ、意を決して手を掛けた瞬間に凄まじい音で扉を叩く人影が。
「ひゃっ……⁉︎」
間髪入れずに扉を開けると、また姿が無くなっている。それにぼやけたシルエットすらも見当たらない。
「いない……?」
ここで美咲は顎に手を当てて考える。
姿を透明にするエネミーではないとして、他にどんな能力があればこういう心霊じみた行動が出来るのかを。
「……そうか、心霊現象と言えば‼︎」
とっさに鏡を見る。よく鏡は真実を映すと言われており、幽霊も映す事が出来る。
「なっ、いない⁉︎」
しかし、そこにエネミーの姿はない。
「……ッ⁉︎」
するといきなり大きな水音がすると同時に、何者かが美咲の首を掴んで湯船に沈めようとする。
「がぼッ、ごぼッ……‼︎」
正面から湯船に押し付けられ、エネミーにまた首を掴まれながら美咲を深く沈めていく。
必死に両手を振り払うが、背後にあるはずのエネミーに当たる感触が一切ない。それなのに確かに首を掴む感触があり、とても強い力で魔法少女である美咲を溺死させようと押し込んでくる。
(マズイ、飲みすぎて息が……‼︎)
もう呼吸の限界を感じ、やがて対抗する気力も無くなっていく。
(晃ちゃん……‼︎)
外で活動している晃のことを考えながら意識が無くなる瞬間を待っていると、突然首にかかる力が無くなって身体が引き上げられる。
「美咲さんッ‼︎」
「……………………」
霞む視界に映るのは、白老晃の姿。
「司令ッ、早く美咲さんの蘇生をッ‼︎」
『まだ意識はある。だけどお湯を飲み過ぎて呼吸困難になってるから、肺に溜まった水分を取り除かないと』
「では、それをお願いします」
司令の魔法によって美咲の体内に入っていった無駄な水分が取り除かれ、フッと呼吸が楽になる。
晃に呼吸を整えてもらい、ようやく喋れるようになって初めて辺りを見回す。
「あ……」
隣で小柄なエネミーが駆除されており、晃に助けられた事を理解する。
「ありがとう晃ちゃん、私死ぬかと」
「もう大丈夫ですよ」
美咲は、エネミーの能力を主観ながらも説明した。
まるで幽霊みたいな能力を持つエネミーだったが、晃は大して驚く様子もなく受け入れる。
「幽霊みたいということは、さしずめエネミーは鏡に入る能力持ちですね」
「鏡……」
「司令。鏡に入る能力を持つエネミー“リング”の駆除が完了しました」
『お疲れ様、晃。今夜は私が見張りをするからもう休みなさい』
「了解」
晃はふらつく美咲を抱えながら、そっと話しかける。
「今夜は一緒に寝ませんか?」
美咲は、今のは晃なりの気遣いだと分かってる。
「うん、一緒に寝よ」
これ自体、特段珍しいことではない。
それにあんなエネミーに遭遇してすぐ、1人で寝るのはリスクでしかない。
晃が付きっきりで見守ってくれるなら、美咲はお言葉に甘えて一緒に寝てくれた方が、かえって都合が良いこともある。
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