エピソード8 切断

 ここ数日、エネミーの出現がなく平和な毎日が続いている。そんな日の2人は魔法少女でありながら普通の少女として、普段は拠点で生活している。


「美咲さん、いつも美味しい料理をありがとうございます。お皿洗っておきますね」


「ありがとう、晃ちゃん」


 今日も何事もない平和に安心しながら夕食を終え、歯磨きをして就寝の準備をする。


「ねぇ晃ちゃん。やっぱり平和がイチバンだよね」


「……そうですね」


 そんないい雰囲気を台無しにする、出動要請の呼び出し。

 同時に、スイッチの入った晃と美咲が瞬時に魔法少女の面構えで呼び出しに応じる。


『こちら滝本。役場前付近の交差点にてエネミーと思しき目撃情報アリ、直ちに急行お願いします』


「了解、すぐ向かいます」


 時刻は間もなく23時。エネミーとの夜戦が美咲と組んでからは初めてになる晃にとって、大きなブランクになる。

 しかしそれでも、魔法少女はどんな時でもエネミーと戦わなくてはならない。


「魔法少女の白老晃です。エネミーの視認は?」


「そこにいるんですが……」


「そこって……」


 滝本が指さす先にあるのは、横断歩道の真ん中で血塗れになって倒れている母親と息子らしき人影。


「だっ、大丈夫ですか⁉︎」


 晃が真っ先に駆け寄り倒れている2人を見て、初めてエネミー被害の内容を理解した。


「身体が切断されている……」


 エネミーは親子2人の心臓を深く抉りつつ、腰の部位から真っ二つに切断していた。

 さらに失血死によって体温も冷えかけており、身体の断面部分の綺麗さから、とても鋭利な刃物を持つエネミーが近くにいる事が想像出来る。


「司令。被害現場を見たところ、エネミーは目に付いた一般人を2人、心臓を深く抉って襲撃してから腰部ようぶを切断。その後は行方を絡ましている様子。これらから何かヒントになる情報はありますか?」


『今のところ、何体か心当たりがある。だけどエネミーの外見が分からない以上、こちらから情報を提供する事は出来ない』


「分かりました。ではこちらはエネミーの姿を捉え次第、即連絡を────」


「晃ちゃん、アレ見てッ‼︎」


 美咲が指さす先に、停車している車のライトに照らされたエネミーの姿。

 しかし、その外見は晃が今まで遭遇してきたエネミーとはあまりにも型破りな姿をしていた。


「下が、ない……?」


 下半身が、ない。

 あるのは、上半身だけ。

 それが、エネミーの外見。


「気持ち悪い見た目、ですね……」


 晃や美咲達と同じ人型ではあるが、上半身しかない。

 両脚がない代わりに両腕で立つ、異様な見た目。

 そんなシンプルな不気味さが、とても強烈な存在感を放つ。


「し、司令。エネミーの外見はいつもの人型ですが、下半身がありません。両腕で移動するエネミーの情報はありますか?」


『そんな見た目のエネミー、見たことないわ。けど少なくとも両腕の筋肉量は凄まじいだろうから、腕の攻撃には十分注意して駆除すること』


「了解。以降このエネミーを“カシマ”と名付け、駆除の方を行います。滝本さんは安全の確保をお願いします」


「了解っ」


 通話を終え、改めてエネミーを見つめる。

 ジッとこちらを見つめ返しているが、一向に攻撃してこない。戦闘型エネミーなのは確かだが、相手の出方を伺っているとしたら相当な知性を持つと考えるべき。


「晃ちゃん、あのエネミーすごい腕してる」


「脚として使ってますからね。あの腕で一気に腰から切断されたら一溜りもな────」


 会話を遮るようにカシマが急接近してきた事に驚き、晃はとっさに身構えるが、攻撃された感触が一切ない。


「しまっ……」


 カシマが狙ったのは晃ではなく、美咲。

 魔法少女として能力が弱い方を先に狙い、戦力を確実に落としに来ていた。


「美咲さんッ‼︎」


 身体は辛うじて半分繋がっているが、間もなくジュース1本分の出血量になるだろう。


「司令ッ、急いで美咲さんの治療お願いしますッ‼︎」


『了解』


 名寄美咲は魔法少女ではあるが、元はただの人間。

 外で転べば血が出るし、力仕事は得意ではない。

 だけど白老晃にとって彼女は、大切な相棒だ。


「絶対に駆除します……」


 仲間の負傷は、自分の責任。


「やぁッ‼︎」


 再び突進してきたカシマを、ハイキックで蹴り飛ばす。


(重い……ッ‼︎)


 半身だけの割にかなり重く、体感で7、80キロはある。強靭な筋肉で作られた身体なだけあり、脚に衝撃が伝わる。


「これで、終わり……ッ‼︎」


 倒れ込んでるカシマに畳み掛けるように駆け寄り、馬乗りで首に手を掛ける。


「くっ……‼︎」


 しかし首も筋肉ギッシリでとても太く、いくら晃でも力が思うように入らない。そうして手こずっている所を狙い、カシマは晃の脇腹を爪で貫く。

 必死に逃れようと何度も突き刺し続けるカシマ。少しずつ指を首に食い込ませる晃。


「これで、おしまいですッ‼︎」


 残っている力の全てを振り絞り、ようやくカシマの首をへし折り駆除する。

 しばらく経ってからカシマの生命活動が終わったことを確認して、少し落ち着いたところで出血の酷さを確認する。


「だいぶ大怪我している……」


「あのー」


 滝本が血塗れの晃を見て、少しおどおどした様子で心配する。実際に晃の脇腹からはドクドクと流血しているので、色々と恐怖を抱くのはおかしくない。


「大丈夫です。これくらいなら司令の魔法で。私の治療も追加でお願いします」


『了解、順番だから待ってて』


 美咲の治療が終わるまで、駆除したカシマを見つめる。


「変な姿してるなぁ……」


 上半身だけ、といった姿は見慣れている。

 しかし筋肉が人間離れした発達ぶりは、今回が初めてだ。


『治療完了。次はあなたよ』


「お願いします」


 司令の魔法により、脇腹の違和感が無くなっていく。

 一瞬ではなく時間をかけて治療していくので、肉がくっ付く感覚が長時間にわたって続く。


「うーわ、なんか気持ち悪い治り方……」


「魔法は万能ではありませんからね」


 晃の治療が完了したタイミングで、美咲が目を覚ます。


「あ……」


「終わりましたよ、美咲さん」


 晃に手を引かれ、よろめきながら立ち上がる。


「さぁ、帰りますよ」


 まだよろめく美咲を連れて帰ろうとしたところで、滝本から一言送られる。


「あ、えっと、駆除お疲れ様です」


「はい。あとはよろしくお願いします」


 治ったばかりの身体を無理矢理動かしながら、2人は拠点へと帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る