エピソード6 返却
夜の根室。とある車のライトで照らされたエネミー。
その車はエネミーを時速60キロで轢き、身体中が傷だらけの血まみれになる。
しかしこの事故、何かおかしかった。
エネミーを轢いたドライバーまでもが、致命傷を負っていたからだ。
「どう見てもふつうじゃない……」
今回も滝本が真っ先に現場に駆け付け、エネミー被害に関する情報を集めていく。
魔法少女が駆け付けた時に、少しでも貢献したいから。
「じゃあ私は人間の方を調べよう」
車の状況からして、確かにエネミーを真正面から轢いたのは間違いない。そして別の方向から強い力が加わった形跡はなく、エネミーが車を攻撃したわけではないことが分かった。
「ドアが簡単に開く……」
中の様子はエアバッグが作動していて、ドライバーの身体をこれでもかと保護している。
しかし、それなのにドライバーは全身を強く打ち付けたことで死亡している。
「たとえば轢かれたエネミーは驚異的な怪力を持っていたとして、車内に拉致されたエネミーは正当防衛でドライバーを攻撃した後、車から脱出した。だけどドライバーが最後の力を振り絞って……」
滝本は、ここで辻褄が合わないことに気付く。
エネミーから反撃を受けたとしたら、その時点で致命傷を受けるはず。
そんな自由の効かない身体で、果たして運転が出来るのだろうか。全身が致命傷である以上、エネミー目掛けて追突する事は可能だろうか?
「となると、エネミーが車に入ったという前提自体が間違ってる……?」
ドライバーは車の中にいたまま、外にいたエネミーによって殺されたとしたら。むしろそうじゃないとこの状況の説明も出来ず、辻褄を合わせられない。
そもそもエネミーは地球人の常識に当てはまらない能力を持って、人間に危害を加える。
つまりエネミーの能力は、他人には一切触れずに攻撃出来る。それが滝本が考えて導いた考察だ。
「あっ、また会いましたね滝本さん」
ここでようやく魔法少女が到着した。
最初は交通事故として通報されたため、魔法少女の出動が若干遅れてしまった。
「事故に遭ったエネミーは?」
晃と美咲がエネミーの遺体をこまかく確認しながら、司令と会話する。
「エネミーの生命活動を見る限り、既に死亡しています。この状況からして人間がエネミーを、車で轢き殺したようにしか見えませんが……」
『それは明らかに不自然ね。戦車や機関銃相手なら分かるけど、たかが車に轢かれただけで死亡するエネミーは聞いたことないわ』
「ですよね。それと確認なんですが、殺した相手を殺す能力って過去に存在しましたか?」
『そんな理不尽の塊みたいな能力は、今までなかったわ。そういう能力があったら、既に戦地で活躍させてるはずよ』
「そうですか……」
これはもしかしたら、もう魔法少女の出る幕ではないかもしれない。そう思うようになってきた美咲はゆっくりとエネミーに近付く。
エネミーはやっぱり死亡している。呼吸もしていないし、目の焦点も定まっていない。
「それじゃあ、私はエネミーを回収するだけしておくね」
「頼みます」
晃の代わりに美咲がエネミーの遺体を優しく抱きあげると、ふとエネミーと目が合う。
(きれいな目……)
なんて思ってたら、今のはおかしいことに気付く。
「なんで、目が……」
背中から何か猛烈に嫌な予感がして、思わずエネミーをその場に投げ飛ばす。あまりにも突然の出来事にパニックを起こした勢いで、美咲は背中を怪我してしまう。
「晃ちゃん、エネミーが生きてるッ‼︎」
「えぇっ⁉︎」
美咲と晃が見つめる先には、さっきまで死亡していたはずのエネミーが、自分の足で立っている姿。
「生き返ったんですか?」
「分からない。抱き上げた時にはもう……」
ここで晃は今まで会ったエネミーの能力をもとに、ひらめきを求める。
少なくとも似たような能力を持つエネミーに会っていれば、それが重要なヒントになると考えて。
「もしかして、傷を治す能力……?」
それなら納得がいく。まだ色々と疑問点はあるが、すごく単純に考えたらそういう類の能力が思いついた。
「司令、エネミーが突如復活しました。能力は現時点で見たところ傷を治す能力。これからエネミーを“テネメント”と名付け、駆除態勢に入ります」
『了解』
「晃ちゃん、私が行く」
今回は美咲が駆除を買って出た。
少しでも魔法少女らしく、エネミーに負けないために。
「分かりました。油断禁物ですよ」
美咲がエネミーへ歩み寄るが、向こうから何かする素振りはいっこうに見せない。
つまり、調査型エネミー。
「え、えっと……」
いくら攻撃してこないとはいえ、まだまだ未知数な部分のあるエネミーに接触するのは恐怖でしかない。能力だってまだ推測の域である以上、うかつに攻撃するのは得策ではない。
「わ、私は……」
晃のように、厳しいことは出来ない。
だから美咲は、自分の性格である優しい部分をエネミーに見せてみる。
「私はね、名寄美咲って言うんだけど」
「……………………」
エネミーとただ見つめ合う時間が流れる。
互いに直立不動で、ほぼノーガードの態勢が続く。
「私は……」
いきなりエネミーが、声を発した。
「私はね、名寄美咲って言うんだけど」
するとエネミーの口からは、何故か“名寄美咲の声”で発せられた。しかし口元はきちんと動いている以上、自分の意思で喋ったことにはかわりない。
「私の声……」
美咲にとって、今のはひらめきに繋がると考えアゴに手を当てる。そしてそのひらめきを確かなモノにするため、ここで一つ質問してみる。
「あなたが知ってるエネミーは、どんなヤツ?」
「……………………」
ほんの数秒の沈黙。
「あなたが知ってるエネミーは、どんなヤツ?」
そして返ってきたのは、またしても“名寄美咲の声”で発せられた返事。
今度は、エネミーの頭を直接触ってみる。
「ッ……⁉︎」
エネミーの頭を撫でてると、数秒遅れて美咲の頭が撫でられる感覚。
しかも驚くことに、美咲の頭を美咲の手つきで触り方も力加減も完璧に撫でてくる。
これは、自分で自分を撫でてるような感覚に近いだろう。
「晃ちゃん、能力が分かったかもしれない」
エネミーの能力、それは。
「テネメントの能力は、“自分がされた事をそのまま相手に返す能力”……‼︎」
「なっ、そんなのアリですか⁉︎」
試しに美咲はエネミーの左頬に思いっきりビンタする。するの予想通り美咲の左頬に、思いっきりビンタされる感覚が襲いかかる。
「……ほら」
「なるほど。自分が殴られたらそのまま相手を殴り、触られたらそのまま相手を触る。そうやって“何もかも完璧に返す能力”がテネメントの能力」
「うん。つまりあの事故の真実は、車に轢かれた衝撃をドライバーに返していたんだよ。だからエアバッグに包まれたまま致命傷を受けていた。それがテネメントが持つ能力の正体」
しかしここで晃と美咲は、たった1つのとても恐ろしい事実に気付いてしまう。
「つ、つまりですよ。もしここで私がテネメントを駆除するために首を折ったら……?」
「晃ちゃんの首が、折れる……」
そう。“何もかも返す”ということは、単なる痛みだけでなく“五感への刺激”まで完璧に返すということ。
水を被れば水を返し、光線を浴びれば光線を返し、毒を盛られたら毒を返す。それら何もかもが完璧に返される。
それはつまり、実質的にエネミーの駆除が不可能になる。
「美咲さん、コイツは駆除対象なんですよ。私には起死回生のひらめきなんて生まれません……‼︎」
「わ、私だって……」
こんなことは生まれて初めての経験だった。
魔法少女でも駆除出来ないエネミーの出現が1番最初なだけあって、完全に手詰まり状態になってしまう。
「だからって放置は出来ませんし、もしそうしたら今後また誰かがテネメントによる被害を受けるし……」
「かといって、私達が保護出来るわけじゃないし……」
「……駆除、したいの?」
いつの間にか晃と美咲の背後に立つ人影の正体は、なんとテネメントとは瓜二つのエネミー。
「あ、あなたは……?」
「わたしは“パラドクス”。テネメントとは双子の妹」
突如として現れたエネミー、パラドクス。怪しげな登場の仕方をしたが、晃と美咲からの疑いの目を無視して姉であるテネメントのもとへ歩み寄る。
「アキラさん、ミサキさん。もう少し滅茶苦茶な方向に考えてれば弱点に辿り着けたってのに。“何でも返す”んだよ?」
「それはどういう────」
「何でも返すって────」
晃と美咲からの質問をガン無視してパラドクスが手にしたものは、工具の電動ドリル。
「何でも返す能力の、最大の弱点は……」
テネメントの目の前に立ち、パラドクスは両手で電動ドリルをこめかみに押し当てる。
「“目の前で自殺する”」
直後、電動ドリルが作動する。
「……ッ⁉︎」
突然の出来事に、晃も美咲も立ち尽くす。
パラドクスのこめかみにドリルがゆっくりと入っていき、そこから血が吹き出す。
骨に到達するとグゴゴゴと音を立てて穴を開けていき、脳へ侵入していく。
「ここでもう一押し……ッ‼︎」
パラドクスは息を切らしながらも、脳に到達したドリルをかき混ぜるように動かし、周辺の脳を削り取っていく。
とても分かりやすく例えるとするなら、ゼリーを箸で刺してデタラメにかき混ぜるようなものだろう。
「な、なんでそんなこと……」
なんとか我に返った晃が、問いかける。
「へへひひひひひはへへへひふひひへへへへへふははへひひひふははへふふへへふふへひひふふひへふふふひ……」
しかし、もうパラドクスにはどんな声も届かない。
「あっ、テネメントが……」
一方でパラドクスの行為を見たことでテネメントのこめかみから血が吹き出し、その身体は高圧電流を受けたように跳ね上がる。
「うぅっ……」
あまりにも凄惨な光景を直視し続けた晃は、とうとう耐えきれず吐き出す。美咲は耐性が無いためのキャパオーバーにより、既に失禁しながら気絶している。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイイ」
それからしばらくの間は、その場で電動ドリルがエネルギー切れになるまで無機質に鳴り響くだけだった。
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