エピソード5 氷結
「いやー、暑い」
根室では猛暑日が連続しており、今日の最高気温は30度を超えている。そんな猛暑日にも、エネミーがイオン店内に出現したと通報が入る。
「ふぅー」
現場に入る直前、水をガブ飲みして身体を潤しておく滝本。そしていざ店内へ足を踏み入れる瞬間、伸ばした右脚に強烈な冷たさが襲う。
「なるほど、そういう能力」
今回ばかりは滝本でも秒で理解できた。
店内が冷凍庫のように凍っている。外は夏真っ盛りというのに、ここだけは真逆の光景が広がっている。
「滝本さん、また会いましたね」
今回も不意に背後から晃の声が。もちろん隣には美咲も。
「半袖、あるんですね」
滝本は、ちょっと空気の読めない間抜けな会話をしてしまった。こんな猛暑を夏服で活動する命知らずが、はたして大勢もいるだろうか。
「魔法少女にも衣替えがあるんですよ。お腹周りも空いて肩出しとか付いてて、結構快適なんです」
「んーと、それでエネミーは?」
「それが、見てくれると分かるんですが」
出入口の方を指差すと、ノリノリで晃が歩き出す。
今日はテンションがやけに高く、なんだからしくない雰囲気でもある。
「さぁ、今回もエネミー駆除に参りましょう‼︎」
そんなテンションで店内へ足を踏み入れた途端、晃の身体がピタリと止まる。
「うへゃぁ⁉︎」
一般人ならともかく、魔法少女の口からアホっぽいセリフが飛び出してきた。
「なんですかこの寒さ、これがエネミーの能力ですか⁉︎」
「はい、たぶん凍らせる能力かと」
「そういえば、本体は?」
「まだ見てないです。入ったらお腹痛めそうなので」
この夏服で冷凍庫のような寒さの空間に入るのは、自傷行為に等しい。
たとえ冬服でも、ほんの数分で腹痛に襲われるだろう。
『ふたりとも』
「あっ、司令‼︎」
『ごめんなさい、今回のエネミーは情報がないわ。能力は分かってる?』
「見た感じ、周囲を凍らせる能力を持ってます。耐寒仕様の衣装を2着お願いしたいです」
『了解』
ほんの一瞬だった。
何もない空間から、耐寒仕様の衣装2着が現れたのだ。
「えっと、テレポート?」
滝本の目には、そうとしか見えなかった。
「そんなところです」
魔法少女衣装の上に着用し、もはや誰なのか分からないほどの完全武装で改めて店内に足を踏み入れる。
「滝本さんは、ここで待っててください。あとは私達が」
「はいっ‼︎」
店内は隅々まで凍っており、床はガザガザと心地よい足音がする。商品までもが氷のコレクションみたいになり、逃げ遅れた人々すらも骨の髄まで冷却されている。
「ただ凍らせているだけ、か」
「じゃあ調査型かな。物を冷凍して持ち帰るとか」
「そっちの線が濃厚ですね」
しばらく歩いていき、食材売り場に到達すると環境に変化が現れてきた。
「この辺だけ、凍ってない……」
一部分だけ、明らかにエネミーの被害を受けていない場所があった。まるでそこだけが夏みたいに、食材売り場だけが凍っていなかった。
「司令、食材売り場だけが一切の被害を受けてません。おそらくここにエネミーがいると思います。これから氷結能力を持つエネミーを“ヒスイ”と名付け、駆除態勢に入ります」
『了解』
まず晃と美咲が最初にとった行動は、音を聴く。
「……………………」
聴力は地球人と大差ないが、静かな場所で物音を立てているとすれば、すぐに場所を特定出来る。
「何か食べてる……」
「物は、野菜?」
「人間、じゃないですよね。さっき人間を見たし」
「となると……」
忍び足で音のする方へ向かうと、ひときわ小柄な白い少女が店の食料を貪っていた。
魔法少女の目には、それがエネミーに見えている。
「調査型だね」
「ですね」
魔法少女をきちんと認識したはずのエネミーが、それでも食事の手を止めない。調査型ならではの特徴だ。
「司令、エネミーのヒスイを確認。私達を視認しても攻撃しないため調査型に分類。夢中で食事をとっています」
『駆除対象には入りそう?』
「道中で人間への危害を確認しました。駆除対象です」
『了解。では即刻駆除を』
「了解」
今回も晃がヒスイの首元を掴み、表情を一切変えることなくぞうきん絞りの手つきで捻り駆除する。
首が折れたヒスイはそこで生命活動が止まり、両手が落ちて持っていた食材を床に落とす。
「駆除完了」
辺りを見回すが、エネミーが死亡したからといって被害が元通りになることはない。
当然、凍った世界は人々の手で溶かさなければならない。
「さて、帰りましょう美咲さん」
「待って晃ちゃん。少しいいかな?」
美咲は、今回のエネミーについて何か違和感を覚えている。それをどうしても確認したかった。
「どうして自分の周りだけ凍らせてなかったのかなーって思ったんだけど、そもそも自分の身体が急激な温度変化に弱かったんじゃないかな?」
「それが一番ありえますね。寒さに弱いから、周りはそのまま。単純な能力には単純な弱点がつきまといますから」
「そう、だよね……」
「美咲さん、あまりエネミーに情を入れないでください。過去には人の心を動かすエネミーもいたんですから、もしまた来たらつけ込まれますよ」
「うん、分かった……」
いくら自分も魔法少女とはいえ、慣れないうちはエネミーの死を直視するのは非常に応える。そういうところで美咲から見て晃はとても頼もしく見える。
「そんな顔しないでください。私だって最初は美咲さんみたいでしたよ。吐いたりしたし、駆除した時なんて泣きながらだったんですから」
美咲の肩に手を当て、晃は自分の過去を話す。
「少しずつ、慣れていけばそれでいいんです。そしたらいつか、私と隣で戦いましょう」
「晃ちゃん……」
晃の胸に身体を預ける。
乱れていた心が落ち着いていくのが、よく分かる。
「ありがとう、もう大丈夫」
しばらくして美咲は自分で立ち上がり、決意する。
「私、いつか晃ちゃんの隣で戦えるようになる。自分なりに頑張って魔法少女らしくなりたい」
「……それでこそ、私の後輩です」
お互いに笑いあい、手を繋いで現場を後にする。
あくまで魔法少女はエネミー駆除が目的。
これからの後始末は、人間にバトンタッチをしたのだ。
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