エピソード4 渋滞

 ある日の朝から根室の街は、車で賑わう。

 いったん信号が赤になれば十字路に多くの車が停まり、歩行者を遠回しに急かす。


「なにこれ……」


 現場に駆けつけた根室警察署地域課所属、滝本が目にしたのは、道路いっぱいに車が乱雑に停まる光景。クラクションを鳴らす車もあれば付近のドライバーと揉める姿も。


「こちら滝本。現場は道路いっぱいに車が止まって交通麻痺に陥ってます」


『他に情報は?』


「……信号が全く機能していないです」


『了解、エネミー被害を想定して魔法少女の出動を要請した。そのまま待機願います』


「了解」


 状況は悪くなるばかり。

 車から降りて徒歩で目的地へ向かうドライバーも少なくない。暴動にまで発展してはいないが、どこを見ても一発触発なのは十分にわかる。


「信号を狂わせるのが、エネミーの目的……」


 滝本は過去、何度かエネミー被害の現場を経験している。

 その度に現れたエネミーがもつ能力は、どれもがほんの些細な能力ばかり。

 そのせいでエネミーの目的ははたして地球征服なのか、すこし怪しくなってきた。


「お待たせしました、魔法少女の白老晃です」


「同じく、名寄美咲です」


 今回もいつ背後に立ったのか、まったく分からない速さで魔法少女の晃と美咲が現場に駆けつける。

 そして到着するなり魔法少女達の司令と連絡を交わし、状況を伝えていく。


「滝本さん、エネミーの姿は?」


「えっと……」


 滝本が振り向いた先に、エネミーはいた。灰色の髪に加えて黒と青のオッドアイ、そして小柄な少女の見た目。

 魔法少女の目からは、エネミーの気配を感じ取る。


「司令、エネミーの姿を捉えました」


『確認したわ。外見の特徴からして、名前はレイ。“動くものを止める能力”を持つ戦闘型エネミー』


「えっ、それだけですか?」


 もう遅かった。滝本は魔法少女の司令に対し、らしくない態度をとってしまう。


『……晃、今の声って』


「根室警察署の滝本と言います」


『そう』


 もしかしかすると、とんでもない事をしでかした。

 そう思い震え上がる滝本。


『滝本さん、別に怒ってないわ。無線から聞き慣れない声がしたから驚いただけ』


「でもさっきの私の態度、少し生意気だと思いました。そこはお詫びさせてください」


『わかった。許す』


 これで軽いトラブルは、これにて解決。

 そして改めて、本題に入る。


『滝本さん、動くものを止める能力というものは時間を停止させる能力に限りなく近い。これでもう分かるでしょ?』


「はい……」


 時間停止に限りなく近い能力という理不尽極まりない代物の恐ろしさは、滝本にはよく分かる。

 今回ばかりは、冷静になればすぐに理解出来てしまう。


「では今回もいつも通り、私が前に出てエネミー駆除に動けばいいですね?」


『そうね。ただ今回はあなた達のひらめき次第で戦局が大きく変わると思う。晃にはその時がくるまで、エネミーのレイに能力を積極的に使わせる行動をとってもらう』


「了解‼︎」


 今回もいつも通り晃がエネミーの前に出て、美咲は車の陰に隠れて様子を伺う。

 滝本は、さらに後ろで2人の姿を見守る。


「さてと」


 エネミーと晃が目を合わせる。


「どう動けばいいのやら」


 なんてことを言っていたら、好戦的な性格なのか向こうから動きだす。

 エネミーの目を見ていた晃に、突進していく。


(来る……ッ‼︎)


 エネミーの攻撃は単純すぎる突進だった。軽く避けるだけで反撃出来るほどの簡単な突進。

 しかし回避しようとした晃の身体は、既にエネミーの能力で止められていた。


「くっ……」


 防御の姿勢すらとれず、突進を真正面で受け止める。すると晃の身体はいとも簡単に動きだし、背後の車に大きなへこみを作る勢いで激突する。


「うっ……」


 背中の激痛に耐えながら立ち上がり、もう一度エネミーを見つめると違和感がある事に気付く。

 エネミーのオッドアイに変化があった。青色の目が黒くなり、黒色だった目が赤色になっている。

 そして晃の身体は、また動かなくなっている。


「ふぐぅっ⁉︎」


 ふたたびエネミーに攻撃されると、さっきまで動かなかった身体がようやく自由に動けるようになる。これがエネミーことレイが持つ能力の恐ろしさなのだと実感した。


「あのー、美咲さん。彼女は一方的に殴られて大丈夫なんでしょうか?」


「ご心配なく。晃ちゃんはすっごく丈夫だから」


 その証拠に、晃の身体から血がまったく流れていない。

 なぜなら魔法少女の身体には、地球人と比べて何十倍もの治癒力が備わっている。たとえ鋭利な刃物で刺されたとしても、10秒もあれば傷口は完全に塞がるのだ。

 これも、魔法少女としての能力。


「でもそろそろ、何かひらめかないとね」


「そもそもあのエネミーは、どうしてあんな所に突っ立ってたんだろう。最初見たときは交差点のど真ん中だし」


「え、まって滝本さん。あのエネミーが交差点に立っていたんですか?」


 そこで美咲は顎に手を当て、ひらめきを求める。

 エネミーは交差点のど真ん中に立ち、能力によって周辺の車を無差別に止めて混乱させていた。

 そこから考えて、レイが持つ能力の弱点は。


「晃ちゃんッ‼︎」


 キュピーンと降りた“ひらめき”を、晃に向けて叫ぶ。


「そのエネミー、“空中にいるもの”は止められないッ‼︎」


「了解‼︎」


 一瞬で空高くジャンプして、エネミーの真上に立つ。

 するとエネミーは能力を発動する素振りをみせず、焦りながらその場を離れる。


「ん……ッ⁉︎」


 その時、実際に戦っている晃にしか分からない能力の弱点を実感した。

 空中から攻撃した時、レイは既に晃を停止させようと赤い目を光らせていた。そして攻撃を回避されて地に足が付いた途端、身体がほんの一瞬で固まる感覚。

 そして今、空ではカラスが悠々と飛びまわる。

 そして今、晃の身体はレイの青い目により自由になる。


「……………………」


 常に空中戦を強いられるのは、空を飛べない魔法少女にとって正直言って相手にしたくない。

 一応ハイジャンプは出来るが、相手に狙いを悟られやすく隙だらけなので多用は厳禁。

 戦って分かった事だが、レイの視界の外なら赤い目が効かないが、既に高い所をキープされてしまい、晃は必然的に下から飛び出さないといけない。

 つまりレイは、能力の弱点を知っている。


「こうなったら……」


 美咲のひらめきを待つ間、晃がひらめきを使うしかない。


「ん……」


 頭が少し固い晃が出来るのは、単純な手段だけ。

 まずは、目を瞑る。


(見えない)


 しかし晃には、心眼などの能力を持っていない。

 ゆえに怖さでその場から一歩も動けず、かえって無防備になったところをレイに殴られる。


 次にひらめいたのは、自己暗示。

 “赤は歩く”と、自分に強く言い聞かせる。


「赤は歩く、赤は歩く、赤は歩く……ッ‼︎」


 レイの赤い目を見つめながら、一心不乱に信号の常識とは真逆のことを脳に訴える。


「青は止まる、青は止まる、青は止まる……ッ‼︎」


 するとどうだろう、ほんの少しぎこちないが身体がかろうじて動く。美咲のひらめきがなくとも、晃1人でレイを駆除するまで残り数メートル。


「赤は歩く、赤は歩く、赤は歩く……ッ‼︎」


 そしてついに、晃はレイの目の前にまで到達する。


「やった‼︎」


 それを遠くで見ていた美咲と滝本も、晃の機転の効いたひらめきに驚き喜ぶ。


「お前の弱点、ようやく分かりました……」


 ここで晃は改めて目をつむり、レイの細い首を両手でしっかり固定する。


「お前の弱点は、“信号無視”だぁッ‼︎」


 心地よくもグロテスクな音を響かせ、ゆっくりと目を開く。

 目の前にはレイの遺体、晃によって不自然に曲がった首。

 そして、自由に動く両手。


「はぁ〜……」


 疲れてその場にパタンと座り込み、空を見上げる。


「おつかれ、晃ちゃん」


 そこへ美咲が駆け寄り、手を差し伸べる。


「ありがとうございます」


 疲れた身体を支えられながら立ち上がり、改めてレイの遺体を見つめる。


「もう二度と会いたくないですね」


「そうだね」


 しばらくしてから滝本のもとへ戻り、エネミーの駆除を報告する。ここからは警察の出番で、魔法少女の出番はここまで。


「それじゃあ、あとはよろしくお願いします」


「私達はこれで」


「はいっ、ありがとうございました‼︎」


 晃と美咲、滝本はこれ以上余計な口を開かず互いに背を向けて仕事に取り掛かるのだった。

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