エピソード3 七夕

 7月7日。七夕での出来事だった。


「おかえり、お母さん」


 久しぶりに家に戻った母親は、どこか暗い表情。

 父親に身体を支えられながらゆっくり歩き、居間のソファーに腰を下ろす。


「母さん、コレ」


 来年から中学へ進級する反抗期なりかけの少年から母親へ、短冊を手渡す。


「ありがとう」


 息子の微かに感じる優しさを受けとり、短冊に願いを書き込んでいく。

 母親が書いた願いは“妹が我が家にきますように”。織姫と彦星に願うにしてはとても深刻すぎる願いだが、母親にとって藁をも掴む思いなのを察してしまう。


『ガンッ‼︎』


 突然、家の屋根から大きな物音が。

 しかも音の大きさからして、小石や小鳥が当たったとは言えない、むしろ巨大なナニカが当たらないと出ない音だった。


「誰だッ⁉︎」


 少年は泥棒が現れたと焦り、窓を開け外へ飛び出す。


「いたた……」


 しかしそこにいたのは、泥棒とは程遠い格好の女の子。

 たくさんの星で溢れた服装の、あまりに派手すぎる見た目が常識の枠に当てはまらない、普通ではないことを視覚で訴えてくる。


「誰だお前、どこから来た」


「んー」


 指を口に当て、しばらく黙り込んだあと。


「アタシの名前は“アステロイド”。七夕の能力を持ってるエネミーだよ」


 そう答えながらイヒヒと笑うエネミー。そんな彼女に対する少年達の反応は、どれも空いた口が塞がらない様子だ。

 しかし、いきなり現れた少女が地球侵略者だったとして、無反応を貫ける人が他にいるだろうか。


「いやぁしくじったよ。七夕だからって空中をはしゃいでいたらさ、この家の屋根におもいっきし激突しちゃってさ」


 少年とその家族は知っている。

 エネミーは映画に出てくるような地球侵略者であり、当然人間にも危害を加える存在だと。


「なぁ、お前」


「お前じゃなくて、アステって呼んでよ」


「アステ、さっき自分をエネミーって」


「本当だってば。アタシは“他人の願いを叶える能力”がある、戦闘型エネミーってやつだからね」


「でもそうは見えないんだが……」


「そりゃそうさ、アタシ世界征服にキョーミないんだもん」


 すごく意外だった。今までテレビやSNSで見てきたエネミーは、どれも攻撃的で残忍そのもの。

 だからこうしてアステと出会った少年は、心のどこかでうっすらと死を覚悟していた。


「あー、もしかしてさ、エネミーの報道とかを鵜呑みにしてる感じ?」


「いや、そこまでバカじゃない」


「よかった。とにかくエネミーがみんな残忍な子ばかりじゃないから。特にアタシは能力を買われただけの被害者ってトコだからさ、こうやって地球を堪能してたわけさ」


 つまりアステは、エネミーの中でも“異端児”といったところになる。本人の意思とは関係なく、能力があるからという理由で無理矢理ここに送り込まれてきた。


「そうだ。こうして会えた縁もあるし、試しにアタシの能力を使ってみない?」


 そう言ってアステが短冊を取り出す。

 とても見慣れた見た目の、ごく普通の短冊だ。


「今はまだ七夕だからね。どんな願いも叶えてあげるよ。ただし元に戻す願いは1年後、さぁ書いてみて」


 ここはアステの気が済むよう、大人しく言うことに従った方が物事が上手くいくと考えた少年は、スラスラと願いを書き込んでいく。


「じゃあ、コレで」


「ふーん、どれどれ」


 少年が書いた願いを見て、アステはかすかに驚く。


「ちょっと、コレは一体どういうつもりさ?」


「そのままの意味だよ」


 少年が書いた願いは“友達になりたい”。まるで某妖怪漫画のような命知らずが実在したことに、アステは驚く。


「まぁ友達くらい、なってあげるよ」


 こうして意外とあっさりエネミーとの友達が出来た少年は、この日を境に変わった日常を送ることになるのだった。

 たとえば、ある日の学校帰り。


「はぁーあ、学校終わったら買い忘れ頼まれるとかダリィんだけど」


 調味料の買い忘れを母親から連絡を受け、文句を垂れながらも学校から徒歩5分で行けるスーパーへ向かう。


「あっ」


「おっ」


 お菓子コーナーで、沢山のお菓子をカゴに詰めるアステに出くわす。しかもカゴ2つという、だいぶというかかなり偏った買い物で、塩や醤油味のお菓子は入っておらず、かなりの甘党なのがよく分かる。


「久しぶりだねー、元気してる?」


「あ、あぁ……」


「何さー、もしかしてアタシが菓子の食べすぎで太らないか気にしてるわけ?」


「いやそこまでは考えてない」


「大丈夫だって。ちゃんと歯磨きしてるからね‼︎」


 そう言って笑うアステの歯は、驚くほどの白さで光っているくらいに綺麗だった。


「そういやアステって、地球に来てからどれくらい経ったの?」


「んーとね、半年くらい?」


「それじゃあ地球に初めて来た時って、どんな感じだった?」


「酷かったよ、そりゃあもう色々とね」


 それから少年は、アステの買い物に付き合わされることになる。レジ袋を1つぶら下げながら街中を2人で歩く。

 はたから見たら男女の仲良しに見えるかもしれないが、実際は地球人と異星人エネミーの関係。

 エネミーは地球にとって脅威という先入観のある世間からすれば、ありえないどころか地球人の少年を心配するレベルなのは確かと言える。


「そういえば、魔法少女ってどんな人なんだろう。やっぱり現実的な風貌で歴戦の兵士って感じ?」


「じゃあ、ためしに会ってみる?」


「えっ、会えるの?」


「会えるさ。アタシに任せて」


 少年は魔法少女に会えると聞いて、だんだんと胸の鼓動が強くなる。テレビはおろかSNSでの露出もない謎の存在である、エネミーを片付ける魔法少女が、なんとエネミーであるアステの能力とコネによって一般人が対面してしまう。


「安心していいよ、見た目はアタシやキミと同じだからさ」


 そう言われてしばらく歩き、到着したのは街から少し外れた場所にあるスーパー、コープ。

 アステ曰く、ここで魔法少女達は普段から客として買い物をしてるとのこと。


「ほら、コッチコッチ」


 魔法少女が普通に買い物してるという部分に意外な反応をする少年の手を引いて、コープに併設されたモスバーガーへ入店する。


「やっほー、美咲ちゃん‼︎」


 少年は、ついに魔法少女である名寄美咲と対面する。

 今までキレイさっぱり正体不明だった魔法少女の姿を見て、まず最初に思った事は。


(可愛い……)


 とても正直な反応だった。


「あれ、今日は1人?」


「向こうで晃ちゃんが買い物してるよ。えっと、その子は?」


「あぁ、この子が魔法少女に会いたいって言ってたから連れて来たんだけどさ。まずかった?」


「うーん、連れて来ちゃったんなら仕方ないかな」


 少年は美咲とは隣の席、アステとは向かい合う形で席に座り一緒にバーガーを頬張る。


「私は魔法少女の名寄美咲。戦闘がとても苦手だから戦略を立ててサポートしているよ」


 少年は美少女2人に囲まれた気分になってしまい、緊張しながら自己紹介を済ませる。


「そういえば、美咲さんとアステってどういう関係なんですか。一応は敵対関係だけど……」


「ざっくり言えば親友同士だよ。立場はアレだけどけっこう仲良くやってるよ」


 互いに肩を組んで笑顔を見せる美咲とアステ。少年はこの2人を見て、魔法少女とエネミーの関係に対する偏見が少しだけ自覚出来たようだ。


「さぁ、そろそろおしまいだよ。美咲ちゃん達の存在はなるべく知られたくないからさ。魔法少女の存在を知るのはアタシ達だけで十分ってワケ」


 アステの言う通りだ。

 そもそもテレビなどの露出が一切ないのは、顔を見られたくないから。それはつまり普段の姿は変装して行動をしている事になる。

 魔法少女と知って近付けば、最悪の事態だってありえる。


「またね、少年。アタシには気軽に会えるからさ」


 アステの笑顔をしばらく眺めてから、少年は店を後にする。そして遠ざかるのを確認してから、美咲とアステは距離を詰めていく。


「でさ、最近ずっと掃除ばっかりじゃん。コッチの都合なんかお構いなしって感じ?」


「たぶんそうかもね。まぁそもそもアニメみたいな八百長じみた戦闘なんて、あるわけないもの。私と晃ちゃんはあくまで掃除係だしね」


「自分は地球を護ってるつもりはないってね。さすが魔法少女、アタシを殺してないのが何よりの証拠だよ」


「……………………」


「んじゃ、そろそろアタシはここらで自由にさせてもらうね。頑張ってね、魔法少女さん」


 アステが店を立ち去り、その場には美咲がうつむく姿が。


「……………………」


 魔法少女として、辛い戦闘を繰り返した疲れが今になってようやく全身を襲う。

 しかし、美咲は気持ちを切り替える。


「……よしっ、負けるな名寄美咲‼︎」


 これからも地球へやって来るであろうエネミー達を駆除するため、美咲はいま一度気合いを入れ直す。


「頑張って、魔法少女やっていかなきゃ‼︎」


 エネミー駆除が、魔法少女の役目。

 彼女達には、それしか道がない。

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