エピソード2 猛毒

 魔法少女は普段からエネミー駆除で忙しい訳ではない。

 出動要請がない時間を利用して、晃と美咲は魔法少女衣装を脱ぎ一般人の服装でオシャレし、街の人々から美味しいと評判の寿司屋へ赴いた。


「ここだね、街の人が言ってたのは」


「ふーん、寿司ねぇ……」


 晃は店の雰囲気や周りの様子を見たり、写真を撮ったりして情報を記録していく。


「ほら入るよ、晃ちゃん」


「あっ、美咲さん待ってください‼︎」


 店内に入ってすぐに2人の嗅覚を、魚特有の潮と生臭い匂いが刺激していく。美咲は興味津々に匂いを嗅ぎまくる一方で、晃はこの空間があまり心地よくないのか渋い表情になる。


「うぅ、この前のアクアトープ駆除の時もそうでしたけど、生魚の臭いってかなり独特ですよね」


「んーそうかな。私はこの臭い全然嫌いじゃないけど」


 2人の前に流れる寿司。見るだけでも十分に楽しめるが、果たして味の方はどうか。


「司令曰く、サーモンは外せないって言ってましたが……」


 晃は、恐る恐るサーモンを箸で掴み口にする。

 ほんの少しかじった途端に広がる、独特な柔らかい食感と舌触りが寿司を初めて食べた晃の味覚を強烈に刺激する。


「うっ、ちょっとこれは……」


「どうしたの、晃ちゃん?」


「美咲さん、私には寿司が合わないかもしれません……」


「うーんもしかしたら晃ちゃん、ナマモノ全般がとにかく駄目なのかもね」


 晃がここに来たばかりの頃、興味本位で食べた卵かけご飯で吐きそうになった事がある。

 その時から晃は「自分はナマモノが食べられないのでは」と思う様になった。そして今回寿司を口にした事で確信した。


「ほら、納豆巻きとかハンバーグ巻きなら食べられるんじゃないかな。ナマモノ以外もあるんだし」


「すみません美咲さん、せっかくの寿司を私のせいで不味くしてしまって」


 自分のせいで。

 好き嫌いが原因とは言え周りの人を、しかも食事中に不快にさせてしまった事に強い責任を感じて深く頭を下げる晃。


「別に謝るほどの事じゃないってば……‼︎」


 その直後、店内で悲鳴が上がる。

 その悲鳴を合図に魔法少女の目つきに切り替わった晃と美咲が見たのは、他に訪れていた客の1人が血を吐き出しながら倒れる姿。


「これは……」


「美咲さん、いますよココに」


 晃が目線で合図を送る。

 美咲はその目線に顔を向けると、他に数人が同じように倒れ込んでいた。


「お客さんが、ほぼ全員……」


 発見が早いのか、運が良かったのか。まだ晃と美咲の他に1人、無事な客が残っている。

 しかも、小さい幼稚園児くらいの男の子だ。


「きみ、身体のほうは大丈夫?」


 怯える男の子を、晃が子供の目線に立って話しかける。


「うん。お姉ちゃん達は?」


「私達は平気です。それよりもこの状況を何とかしないといけません。そこできみに聞くけど、周りの人達が倒れる瞬間を見たりしていませんか?」


「分かんない。お寿司食べてたくらいしか分かんない」


「ふむ……」


 あらかた予想していたが、あまりにも情報が無さすぎる。

 せめてエネミーの目撃情報でもあれば、もう少し早く解決出来ただろう。


「これって、エネミーの……」


「そうとしか考えられません。この状況からして相手は、恐らく調査型。名前を仮に“シュガーライフ”と名付けて、見たまんま毒を操る能力とすると……」


「この子が危ない……」


 魔法少女は様々な能力を持っており、その内の1つにエネミーと人間を見分ける能力がある。

 そしてここにいる男の子は、ただの人間。

 寿司屋にいるであろうエネミーの性格によっては、きっと何らかの方法で男の子を毒に侵そうとするだろう。


「スタッフさんは平気なんだね。だとするとネタに毒が……?」


「それはないです。私も美咲さんも寿司を口にしているのに、お互い毒の味がしませんでした。なのでネタには毒は一切ありません」


「そうだよね。もしこの空間に毒があったとしたら、ここにいる人全員が倒れているし……」


「ふむ、皿には毒が塗ってない。だとすると何か手に持つ物に毒が塗ってあるとしたら……」


 そこで晃が目を付けたのは、テーブルに置いてある使用済おしぼり。

 毒で倒れた客のテーブルを確認すると、全ておしぼりが海風されている。

 そして男の子が座っていたテーブルのおしぼりも、既に開封済だった。


「ちょっと失礼……」


 晃はおしぼりを手に取り、それを口にする。


「毒がある」


 まずは毒が何処で塗られたかを特定した。

 これさえ分かれば、あとは簡単に分かる。


「毒の付いたおしぼりで手を拭き、そのまま寿司を“手で掴んで口にする”事で毒が体内に侵入する。そうすればこの人達は血反吐垂らして倒れる。そうやって人間の習慣を利用して侵略していくって寸法よ」


「そっか、だからこの子と私達はこうして無事だったんだね。あの時“箸で掴んで食べていた”から……」


「そして、そんな残酷な事をしたエネミーは……」


 晃は迷いなく、ある人物を指差す。


「あなたですね」


 客に紛れ、死んだふりをしていた人物がいる。

 ソイツこそが、この寿司屋に毒を放った張本人。

 エネミー、シュガーライフだ。


「もう、おしまいよ」


 エネミーの頭を掴み、小柄な身体を軽々と持ち上げ床に叩き付ける。その衝撃で頭から血が吹き出し、完全に絶命する。


「さぁ美咲さん、帰りましょう。あとは警察と救急の人達がやってくれます」


「あ、うん」


「ま、待って‼︎」


 残された男の子が、晃の手を掴む。

 しかし今度の手は震えなどなく、強い力で握られていた。


「ありがとう、お姉ちゃん」


「……………………」


 晃は不意に驚いてしまった。

 自分が人助けをした自覚なんて、一切なかったからだ。

 だけど、


「どういたしまして」


 感謝には、感謝で返す。

 それがこの世界では暗黙の了解だ。


「さぁ、帰って司令に報告しないといけませんね。今回のエネミー騒動の事を」


「そうだね。今後に備えなきゃね」


 魔法少女にとって、毒の餌食になった人全員を気にする余裕なんてない。

 彼女達がいちばん気にするのは、エネミー騒動なのだから。

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