第3章 その心を蔽うモノ

第10話 異変

※今回の話には流血表現があります。あらかじめご了承ください。


…。


其処は闇の中だった。


静寂と呼ぶにはあまりにも静かなその闇の中、ロッテは立ち尽くしていた。


何も感じない場所、ただそれだけだというのに、ロッテは云い様のない恐怖を感じた。


ロッテは走り出す。


「クラージュ、ねえ!クラージュ、どこにいるの?!」


その時、頭の中で声が響く。


『此処がお前にとって安らぎの場所だ。』


その声にロッテは反論するかのように声を上げる。


「違う!此処じゃない!」


声は絶え間なく、頭の中で響き続ける。


『此処がお前にとって安らぎの場所だ。』


『誰もいない、誰からも手を差し伸べられない、虚無の中。』


『ただただ闇の中に身を任せ、朽ちるのを待つ。』


「違う!違う!!」


ロッテは必死に頭を振る。


『お前が闇を望んだのだ。』


『お前が孤独を望んだのだ。』


『お前が を望んだのだ。』


聴こえないはずのその言葉に、ロッテは怯えはじめる。


「嫌だ…、嫌だよ…。」


『お前は      。』


「そんな事ない…。」


『だから』




「ッテ…ロッテ!!」


かすかに響いた優しい声で、ロッテは目を開ける。


「ずいぶんうなされてたよ?」


見慣れた狼男の姿がそこにはあった。


「ご、ごめんね、ちょっと変な夢見ちゃって。」


ロッテは苦笑いをした。


「夢?」


クラージュは真剣な顔付きになりながら、考え込んだ。


「で、でもほら、もう起きたし、だいじょうぶ!」


その様子を見て、クラージュは呟いた。


「やっぱり、僕は頼りないかな?」


その少しだけ悲しそうな目に、ロッテは驚いた。


「ロッテは、一番肝心な部分を教えてくれない。でも、その部分を教えてくれないと、僕はどうしたらいいかわからないんだ。」


クラージュはため息をつきながら、ロッテのベッドに座り込む。


次の瞬間だった。


ロッテは震えながら、左腕を抑え始めた。


「ロッテ?!」


ロッテの衣服は、真っ赤に染まっていた。


クラージュはロッテの腕を掴もうとするが、ロッテは必死に首を横に振る。


「バカ!!意地張ってる場合じゃないよ!」


やっとのことで、クラージュはロッテの腕を見た。無数の切り傷が鮮やかな色の血を流していた。


「とにかく、止血しなきゃ、その前に水…!」


クラージュは慌てて外の水汲み場に走って行った。


赤い実を潰した時はただ驚いただけだった。


ただ、今回は腕が熱くて、痛みが襲ってくる。


けれどそれよりも、ロッテは自分の心には違う何かが巣食っているような気がしていた。


暫くして、クラージュが桶と水、そして包帯を持ってきた。


ロッテはショックから、クラージュと目を合わせることが出来なかった。


水で傷口を洗い流し、クラージュはてきぱきと手当を行う。


痛かった筈なのに、辛い筈なのに、ロッテは何も言わなかった。


何も言わないまま、意識を再び手放した。


クラージュは、そっと屋根裏部屋を訪れた。


そして、棚の近くにある写真立てに手を伸ばす。


「ルカ、どうしたらいい?どうしたらあの人を助けられるの?」


頭を抱えながら、クラージュは写真に呟く。


「…そうだね、僕がめげてちゃだめだよね。」


写真に意を決したようにつぶやくと、写真立てを戻して屋根裏部屋を後にした。


「ロッテ…まだ寝てる?」


クラージュがそっとベッドの様子を覗く。


其処に居るはずのロッテの姿は、何処にも見当たらなかった。


小さな手紙を残して。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る