第9話 月の光に誘われて

ベッドに戻り、ロッテは窓から空を眺めていた。


あれほど黄昏に覆われていたのに、夜はちゃんとやってくる。


「月…、きれいだな。」


今宵の月は満月のようだ。おだやかな光が、ロッテを見つめているようだった。


「ロッテ、まだ起きてたのかい?」


クラージュがそっとロッテの顔を覗き込んだ。


突然の出来事に、ロッテは一瞬固まってしまった。


「とても…、心臓に悪いです。」


「ああ、ごめんね。」


申し訳なさそうに、クラージュは謝った。


「月が、きれいで、見とれてたの。」


ロッテは再び、窓の外に目をやる。その様子を見てクラージュはロッテに問いかけた。


「外の空気、吸いに行くかい?」


クラージュの言葉に、ロッテは思わず「いいの?」と尋ねた。


「せっかくだから、月の恩恵を受けるといいよ。」


クラージュはロッテの笑顔を見て、微笑んだ。


「でもね、体を冷やしたらダメだからブランケットを準備してね。」


「クラージュは?」


「夜のお茶会の準備してくるよ。」


クラージュは尻尾を振りながら、キッチンに向かい準備を始めた。


窓の外の月を見上げながら、ロッテは少し胸を弾ませた。




「ロッテ、準備は出来た?」


クラージュの問いかけにロッテは頷く。


「それじゃ、行こう。」


クラージュがそっと扉を開く。ロッテが来た時に嗅いだ、森の匂いが眼の前に広がった。


「はい、これ持って。」


クラージュが手渡したランタンが、夜道をぼんやりと照らす。


その明かりを頼りに、夜が覆った黄昏の森を進んだ。


暫くすると、少し開けた場所が見えた。月の光が降り注ぐような場所だった。


樹でできたテーブルとイスが設置してある。クラージュはそこに持ってきたバスケットの中身を広げた。


「はい。」


「ありがとう。」


クラージュからティーカップを受け取ると、ロッテは月を見上げた。


背もたれに寄りかかり、ロッテはただ月を見ていた。


降り注ぐおだやかな光は、自分だけでは癒せない何かを、そっと癒してくれるようだった。


クラージュもランタンの灯を消して、月を見ていた。


月の光と夜の風、木々の葉擦れの音、土と水の合わさる匂い。


張りつめた何かが解けるように、その月がくれる優しさに、ロッテは身を委ねた。


手元の紅茶が冷めていくのにも気づかず、ロッテは月を見ていた。




その月の何もかもを優しく見守る光に、ロッテは心の中でつぶやく。




(お月様、私はいったい誰なのか。どうしてこの森に居るのか、知りたいです。クラージュがとても優しいから、私は申し訳ない気持ちになってしまいます。だからせめて、自分が誰なのか、知りたいのです。)




それは、クラージュには言えなかった、ロッテの本当の気持ちだった。


その祈りをつぶやいた後、クラージュが「ロッテ。」と声をかける。


「月の光も冴えてきた。これからもっと冷えるよ。そろそろ帰ろう。」


ランタンに再び明かりを灯し、クラージュはロッテの手を取った。


「クラージュ。」


「なあに?」


ロッテはクラージュにそっと抱き着いた。


「ありがとう。」


予想もしなかったロッテの行動に、クラージュは驚いた。


「さっき、脅かされた仕返し。」と笑いながらもその反応に満足した。


「まったく。」


クラージュは少しあきれていた。


けれど尻尾を振っていた時点で、嬉しいのが丸わかりなのに、とロッテは苦笑いした。


そんな二人を、月は優しく見守っていた。


二人は、灯りの灯るあの家へ帰って行った。


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