第8話 幸せの時間

「もう、夜になってたんだ。」


ロッテが食事を終えた後、ベッドのそばの窓を見てみると、少し見慣れた黄昏はそこには無く真っ暗な闇が広がっていた。


「ちょっと遅いおやつだったね、晩御飯作るから待ってて。」


クラージュはキッチンに立つと食材を準備し始めた。


「あ、て、手伝うよ!?」


ロッテは再びベッドから起きようとすると、クラージュに制止された。


「ロッテ、君は本当無理をしようとするね。まだ顔が青いんだよ?そんな状態でキッチンに立たれても


僕は困るなー。」


その言葉を聞いて、ロッテは項垂れた。


「手伝えないことを僕は責めたりしないし、君も自分を責めたりしなくていいんだよ。まぁ、今のロッテには難しいかもしれないけどね。」


クラージュはそう言いながら近づき、ロッテの頬に顔を摺り寄せた。


「あの…クラージュ?」


ロッテは恥ずかしいのか、戸惑いながらクラージュに尋ねた。


「あれ?ヒトはこういうことしないの?」


クラージュは首を傾げる。


「ど、どういう時にするものなの?」


ロッテの問いにクラージュはしばらく考えた後答えた。


「言葉じゃ伝わらないときとかかなー、大好きとか安心していいよーとか


一緒に居たいよーとか大丈夫だよって時とかに。頭撫でたりするのと一緒の感覚かな。」


クラージュはもう一度ロッテの頬に顔を摺り寄せた。


「ふふ、くすぐったいよ。」


少しだけ、ロッテは笑った。


「よし、大丈夫そうだから僕はご飯を作ろう。少し横になってな。」


頭に軽く手を置くと、クラージュは再びキッチンへと向かった。


食材を一定のリズムで刻んでいく、その音が心地よかった。


クラージュが居てくれることが、とても暖かかった。ただそれだけで、笑っていられる気がした。


「よし、待ってて。今そっちに持っていくよ。」


クラージュが料理を運ぼうとした時だった。


「クラージュ、ご飯一緒に食べたい。」


ロッテはクラージュに告げた。


「大丈夫?」


クラージュが心配そうに尋ねる。


「これは私の我儘なんだけど、一緒にご飯食べたいんだ。」


少し照れくさそうにロッテは笑った。


その顔を見てクラージュは優しく笑う。


「いいよ、運ぶから座って待っててね。」


食卓に運ばれたのは、鮮やかな橙色をした暖かなリゾットと、野菜とハムが入った卵の料理だった。


「うわぁ…、美味しそう。」


「ロッテの胃が暴れたら大変だから、とりあえず暖かくて、胃に優しいものを作ったつもりだよ。」


温かな料理は、食べてほしいと言わんばかりにロッテの心に訴えかける。


「いただきまーす。」


ロッテがリゾットを口に運ぶ。


甘いカボチャの味と柔らかいミルクの風味が口の中で広がった。


「美味しい…。」


ロッテの顔がどんどん綻んでいく。


次に卵の料理を手に取る。


「これは・・・オムレツ?」


ロッテがクラージュに尋ねる。


「ああ、これはフリッタ―タって料理だよ。オムレツよりは固焼きだけど。」


ロッテがフリッタータを口に運んだ。ホウレンソウの味と卵の風味がとても合っていた。


「クラージュ。」


「なぁに?」


「美味しい料理を食べるのって、こんなに【幸せ】なんだね。」


その表情を見て、クラージュは一瞬固まった。


「どうしたの?」


ロッテがきょとんとしながら尋ねた。


「いや…、そんなふうに思ってもらえると思わなかったから。」


クラージュの表情がだんだんと綻んでいく。


「あんまり食べすぎちゃだめだよ。」


クラージュは満面の笑みで言った。


その表情にロッテもつられて「はーい」と返事をするのであった。




黄昏の森の夜は、少しずつ更けていく。


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