第17話 最終話 永遠の愛 消えなかった記憶

 ――もしかして……。美羽はドキッとして振り向くと、入口に一組の若いカップルの客が入ってきたのが見えた。


「わあ、いいところねぇ。こういうレトロなカフェが好きなのよ! 結婚してからも毎日来たいよね?」

 女性の言葉に優しく男が微笑んで頷いていた。



「知ってるか? 俺のじいちゃんに聞いたんだけど、戦後すぐからあったんだってさ。ここの最初の女店長が若くて綺麗な未亡人だったらしくね。

 しばらく独り身だったから縁談もあったらしいけど、ずっと一人の男を待ってたんだって。戦争に行った許婚がいたんだってさ。


 俺の曾じいちゃんも結婚を申し込んでフラれたらしいとじいちゃんから聞いたよ。どんなことがあってもずっとその人を待ってると言われたんだって。でも、その後、彼女は行方知れずになったらしい。死んだ許婚の後を追ったんじゃないかと言われてたらしい。だから、ここは伝説のカフェなんだよ」



「伝説? へぇー、すごいね! そんなに若かったら、私だったら待たずにすぐ別の人と結婚しちゃうなあ」



「ええ? ひどいなあ。でもさ、一途に思い続けられるってすごい力だよな。精神力がないと出来ないもんだよ。

 だから、このカフェにはその女店長が失踪した8月15日前後さえ避けて行けば、永遠の愛が成就するっていう伝説があるらしいよ」



「永遠の愛の伝説かあ。いいね。結婚する私たちにピッタリだよね」



「それで8月半ばにはいつも客が少なかったわけか……」

 小林が水の入ったグラスを恋人たちに運びながら、裕星たちの前で呟いた。







「裕くん、このカフェは『永遠の愛』の伝説のカフェだって。――私も信じられる気がするわ」


「ん? いくらなんでも永遠は無理だろ?」


「永遠は無理じゃないわよ。愛は無理して続けることじゃないんだから。愛は姿を変えてはいくけれど、それは無くなるわけじゃないのよ。

 恋から愛に、愛から情に変わって、最後は充実感に変わるのかもしれない。裕くんだって前に言ってたじゃない?」


「へえ、美羽はよく覚えているね。幸恵さんもきっとそうなのかもな」





「きっとそうね。だから家族のためを思って……」


「さあ、そろそろ帰ろうか。俺たちも自分たちの永遠の愛を大事にしようか。結局、色んな絶妙なタイミングで俺たちは生かされてるんだって分かったからな」



「そうね」



 まん丸の明るい月が、カフェの外に出た二人をビルの真上から見守っていた。


 いつもと変わらぬ街の風景は、78年前の悲惨な世界からは考えられないほど整然として未来への希望を漂わせている。歴史の中で過ぎ去ったたくさんの人々の願いがこの国には受け継がれているのだ。

 そこには誰一人として必要のない命などないことを、その平和で美しい夜景が教えてくれているようだった。




「──ところで、裕くん、ずっと不思議に思ってたことがあるの」


「ん?」


「幸恵さんが過去に戻ったのに、どうして私たちだけは記憶が消えてなかったのかなって。それに幸恵さんの方も覚えていたみたいだしね。だって、ほら、曾孫の小林さんは幸恵さんとの記憶が全部消えているのに」



「──そう言われたらそうだな。でも、何となくだけど、俺には理解出来る気がするよ」



「どういうこと?」


「つまり、幸恵さんは俺たちに会いに来たわけじゃなかったからだよ。幸恵さんの言葉を思い出してみな。健一郎と息子が未来で幸せに暮らせますようにって地蔵に願ってたって言ってただろ?

 だから、目的は俺たちではなくて、健一郎と息子、つまり小林のじいちゃんと俺のひいじいちゃんが幸せに暮らしてることを知りたかったんだ。そこに、たまたま健一郎じいちゃんのもう一人の曾孫の俺にも会えたんだよ」



「だから、小林さんの方の記憶は消えたけど、私たちと幸恵さんの記憶は残ったままということなの?」



「まあ、よく分からないけど、そんなとこだと思うよ」



「──でも、本当に良かった。幸恵さんも幸せになれて、裕くんも大切な親戚が分かって。これからも小林さんとはお友達以上のお付き合いが出来るわね」



「ああ、今や戦争経験者は超高齢者だけになったけど、過去に囚われて嘆いたり恨んだりするのではなく、先祖たちが命をかけた事実や戦争の恐ろしさを知り、二度と同じ事が起きないように俺たちは責任ある未来を作ることが大事なんだと思う」



「憎しみよりもいつくしみや愛が大切ということよね?」



「じいちゃんたちのことを考えるだけでも、未来を守りたい気持ちが湧いてくるよ。大切な未来の子供たちにこんな思いはさせたくないもんな」



「そうね。憎しみからは憎しみが、愛からは愛が生まれるというものね」



「あのカフェはきっとこの先ずっと続いていくだろうね。永遠の愛を貫いた若き二人の恋人たちの伝説のカフェとして、な」



「そうね。『永遠の愛』は何も恋人達だけのものではないのよね。大切な家族や友達や、ペットや、全ての命あるものにとって、永遠に大切なものだものね」




 二人はゆったり流れるカフェの時間の中で、芳ばしいカフェオレの香りに癒されながら見つめあっていたのだった。









 運命のツインレイシリーズPart16『永遠の愛編』終

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運命のツインレイシリーズPart16『永遠の愛編』 星の‪りの @lino-hoshi

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