第14話 恋人の危機を救うため
老人ホームを後にして、祥子を家に送り届け、裕星たちはやっと家路についた。
運転しながら、裕星が助手席の美羽の顔をチラリと見て話し始めた。
「美羽、やっとわかったな。タイムスリップが、二人が再会できなかった全ての原因だったんだ。行き違いのせいでお互いのことを死んだと思っていたんだな。それなら、もう遅いかもしれないけど、二人を逢わせてやろうよ。
だけど、いきなり若いままの幸恵さんをあの時の幸恵さんだと言って紹介したら、じいちゃんが心臓麻痺起こしそうだからな。ここは慎重に逢わせよう。幸恵さんにもうまく口裏を合わせるようにしてもらうんだ」
「そうね! 私も健一郎さんに会えてよかったわ。後は幸恵さんがこれからどうやって幸せに生きていくかが大事よね」
「それは運命だからな。その後の生き方まで俺たちが考えてやるのはお節介だ。幸恵さんに考えてもらうんだよ。ただし俺たちの運命を変えるわけにはいかないことを告げた上でな」
マンションに戻ったころにはもう夕日が傾いて、家路を急ぐ車で道路が混んできていた。
明日、美羽と裕星はあのカフェで落ち合うことにした。裕星と美羽の仕事が終わる昼過ぎに直接カフェに出向くことにした。裕星は友人の小林に電話を入れ、明日幸恵がアルバイトに来ることを確認しておいた。
「やっと、78年経って幸恵さんが健一郎さんに会えるのね。でも……」
ベッドの中で裕星の腕の中で美羽は俯き言葉につまった。
「でも?」
「幸恵さん、あの頃に戻って健一郎さんとやり直したいって言ったら、どうしましょう」
「そう言うだろうな。だけど、タイムスリップはそう簡単にできるものじゃないよ。今は地蔵の場所も分からないし、たとえ地蔵を見つけて元に戻っても、かならずうまくいく保証はないからな。
タイムパラドックスが起きて、やはりどこかで二人は会えなくなったり、最悪はどちらかが死んだり……。
起きてしまったことを根底から覆すことは出来ない気がする。
そんなことが出来るなら、死んだお前の両親や俺の親父を生き返らせることが出来てしまうからな」
「――そうよね。私たちができることは、幸恵さんが過去を納得して未来を向いて生きていってくれることを祈るだけね?」
「うん、そういうことだな。俺たちは自分たちの未来を大事にしていこう。後悔のないようにな」
そういうと、裕星は腕の中の美羽に顔を近づけ優しくキスをした。
美羽はいつも裕星の温かい心と決して投げ出すことをしない信念に触れる度、心から裕星を愛しているのだと感じた。
裕星もまた、美羽が自分以外の人間に対しても心から助けてやりたいと願う純粋な心の持ち主であるところに心底惚れていたのだった。
翌日、朝から美羽はすでに緊張していた。仕事が終わるまで心臓がもつだろうかと。
今日は幸恵にすべてを話すことになる。そして、現在の健一郎に逢うかどうか打診するのだ。
裕星もまた、ふとした瞬間に幸恵たちの運命の皮肉さを考えて、はぁーとため息をついた。
「裕星、今日はずっとため息ばっかりだぞ。美羽さんと何かあったのか?」
光太に悟られ、裕星は、いや何も、とごまかしたが、自分の幸せのために幸恵にはありのままの現状を納得させようとしていることに対して罪悪感を感じていたのだ。
「裕星、電話が入ってるぞ」
社長の浅加が練習室のドアを開けて告げた。
「ん? 誰ですか?」
「小林という人からだ」
「小林? 変だな、それなら俺のケータイにかけてくれればいいのに」
そう言って手元のケータイを見ると、すでに何件も着信の通知が入っていた。
「気づかなかったんだ。――分かりました、すぐ行きます」
裕星が社長室の電話を取ると、小林が慌てたような声で叫んでいる。
<裕星、何度もかけたんだが、出なかったから事務所にかけたぞ>
「ああ、悪い、皆で音合わせの練習をしてて聞こえなかったようだ。ところで何の用だ? 今日の昼すぎにはそっちに行くと言ったよな?」
<ああ、あのアルバイトの佐藤玲子って子、いや、本名は幸恵さんだっけ? 彼女に話があるんだったよな?>
「ああ、引き留めておいてくれるか?」
<それが……いないんだよ>
「いないって、どういうことだ?」
<今日は彼女、夕方までのシフトだったんだが、気付いたらどこにもいなくて……紹介したアパートにも行ってみてきたんだが、留守だった。何か察知して逃げたのかな?
ほら、彼女、俺の先祖だって美羽さんが言ってたけど、そんなSFみたいなことあり得ないと思ってさ、彼女につい言っちゃったんだよ。昨日お前から聞いた健一郎ってじいさんは他の女性と結婚してたらしいってことを。
そのせいかな? 昼前に買い出しに行くと言ったきり戻ってないんだ>
「――しまった。どこに行ったんだろう。彼女には行くあてなんてないだろ?」
<ないと思うけど、昨日、変わった祠の地蔵がどうのと言ってたから、変な地蔵の祠なら最近隣町に出来たよと教えてやったんだよ>
「何だって? その地蔵ってどんな地蔵のことだ?」
<今、画像を送る。そんなにその地蔵が重要なのか? 彼女もそれを見て血相を変えていたぞ>
少しすると、ポロンとメールが送られてきた。
裕星は小林からのメールを開くと、言葉を失くして呆然とした。――あのタイムスリップをさせる地蔵の画像だったからだ。
裕星はその場で急いで美羽に電話を入れた。
「美羽、急いで隣町の地蔵の場所に行ってくれ!」
<どうしたの、裕くん>
「幸恵が地蔵を見つけて、そこへ向かったそうだ。急いでくれ。もしかすると過去に戻ろうとしてるのかもしれない」
<……そんな、それ本当なの?>
「今地図を送る、そこに向かってくれ! 俺もすぐに向かう」
美羽は裕星から送られてきた地図を頼りに急いで電車に飛び乗った。
隣町までは歩いて20分だが、電車なら2分の距離だった。
――どうか幸恵さんより先に着きますように。そうでないと、幸恵さんが過去に戻って健一郎さんとやり直せたら、そうしたら……。
――裕くんが……。
美羽は心の中で悲鳴を上げた。もし幸恵を止められなかったら……健一郎の娘の祥子はおろか、ひ孫の裕星の存在すらなくなってしまうのだ。
電車を降りると、地図の場所へ向かって全速力で駆け出した。美羽は足がもつれるのも構わず駆けた。途中で自転車とぶつかりそうになって、歩道で転んでしまい膝から真っ赤な血が流れた。
それでも美羽は立ち上がって地蔵の祠を目指して走りに走ったのだった。
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