第11話 紐解かれる真実の箱

 このまま知らないふりをしていようか、と美羽は悩んだ。愛する人を奪われる苦しみは、幸恵にとっても美羽にとっても同じだった。

 美羽は明日の仕事休みを利用して、裕星が今いる奥多摩を訪れようと決心していた。




 ――会ってみよう。健一郎さんに。そして話を聞いてみたい。なぜ幸恵さんのもとに戻らなかったか……。






 翌朝早く美羽は奥多摩行きの電車に揺られていた。



 メンバーたちは昨日、奥多摩の孤児院でミニライブを終え事務所に帰ったが、裕星は祖母の家に泊まることを告げた。



 他のメンバーには迷惑をかけられないと、裕星の個人的な用事ということにしたのだ。




 奥多摩の駅に着いた美羽が駅舎を出て辺りをキョロキョロと見回している。すると、パッパッとクラクションが聞こえ、向こうから裕星のベンツが近づいてきた。



「裕くん、幸恵さんのことでお話したいことがあるの。車の中で手短かに話すね」


 美羽は今まで幸恵から聞いたことを詳しく話した。


「――それで、赤ちゃんをお地蔵様の祠の前に残したまま、意図せずタイムスリップしてしまったそうなの」



「そうか。幸恵さんが居なくなった後に田村が戦地から帰ってきたから行き違いになったのかもな」



「でも……、酷いかもしれないけど、幸恵さんが健一郎さんに会えなかったお陰で裕くんはこの世に生まれることになったのよね?」




「幸恵さんは今も田村を捜してるのか?」


「そうよ。毎日小林さんのカフェで働きながら捜しているわ」



「とにかく、おばあさまが知ってる限りの詳しい話を聞いてみよう。父親のことで何か知ってるかどうか。その後で、健一郎本人にも会ってみようと思う。もし、ひいじいちゃんが話ができる状態だったらな」




「現在のご本人ね。――ああ、なんだか怖いわ」



「もしかすると、自分の子供を引き取ることもなく、幸恵さんを待たず他の女性と結婚した理由すら覚えてないかもしれない……なにせ相当高齢だからな」




 二人が話している内、車は大きな門の前にたどり着いた。


「さあ、着いた。前に一度来たことがあったよな? あの時からおばあさまは少しも変わっていない。本当に美魔女だよ」と裕星が笑った。



 裕星たちを乗せたベンツが自動で開いた大きな鉄門を通り抜けると、一気に、目の前に広い庭が開けてきた。

「うわあ、素敵! 前にも見たけど、こんなに広かったかしら?」

 美羽は歓喜の声を上げた。


 裕星はハハハと笑って、大きな屋敷の前にベンツを横付けした。



 すると、待っていたかのように、屋敷の大きな扉を開けて裕星の祖母の海原祥子かいばらしょうこが現れた、



「まあまあ、いらっしゃい。だいぶお久しぶりね、お二人さん」



 美羽は急いで車から出て頭を下げた。

「お久しぶりです。お元気でいらっしゃいますか?」


「ええ、元気すぎるほどよ。昨日は裕星が突然現れて驚いたわ。この近くの孤児院でライブをしたそうね?」



 すると裕星が車から降りてきた。


「おばあさまに今日も聞きたいことがあって美羽を連れて来たんだ。せっかくだから美味しいお茶とおばあさま特製のクッキーでも出してやってくれないか?」



「まあ、裕星ったら。もちろん、美羽さんのために特製クッキーを焼いておいたわよ」



「あ、ありがとうございます! すみません、突然押しかけてしまって……」

 美羽はすまなさそうに何度も頭を下げている。




「ほらほら、そんな仰々ぎょうぎょうしいご挨拶はいいから、お入りなさいな。お茶をいただきながら昔話をしましょう」



 そう言うと、祥子は美羽の肩を抱いて、扉の中へと入って行った。


 裕星はもう一度大きな庭を眺めて、のびのびと両腕を上げ深呼吸すると、いつにも増してくつろいだ表情で屋敷の中へと入ったのだった。






「さあさあ、そこにお座りになって。今お茶を持ってこさせるから」


 すると、屋敷で働いているメイドや執事たちが出てきて、美羽が座っているソファーの前のテーブルにアフタヌーンティーのセットを用意したのだった。



「おばあさまは若いころイギリスに留学していて、その留学中に同じ日本からの留学生だった祖父と結婚して海原の姓になったんだ。それからしばらくの間イギリスに住んでいたから、イングリッシュティーの作法には厳しいんだよ、な?」と裕星が祥子の顔を見て笑っている。



「まあ、私を怖い魔女みたいな言い方して。美羽さん、嘘よ! イギリスには長いこといたけれど、作法なんて気にしてないわ。どうぞ気楽に召し上がれ」とクッキーを乗せた皿を美羽の前に置いた。




「私、こんなに素敵なお菓子をいただくのはなかなかないので緊張します。でも、遠慮なくいただきます!」と屈託のない笑みを見せた。



「そうそう、その笑顔よ! 初めて会った時もその笑顔を見て、裕星のお相手に間違いないと思った記憶があるわ。裕星のお相手なんて初めてのことだったでしょ?

 私の方こそあの時とっても緊張していたのよ。でも、あなたでよかった! 本当にこんな素敵なお嬢さんが裕星とお付き合いしてくださって嬉しいわ」と手放しで美羽を褒めている。



「お、出たな。おばあさまはすっかり美羽のとりこだからな。美羽は本当に初めて会った人間もとりこにする魅力があるんだよ」

 裕星もまるで自分が褒められたかのように嬉しそうな笑みを見せた。




「裕くん、私、そんなに褒められると恥ずかしくて消えてしまいそうよ」と美羽は両手で顔を覆っている。



 テーブルにお茶と菓子が揃ったところで、裕星は早速話を切り出した。



「ところで、おばあさま、昨日聞いたけど、ひい爺さんの健一郎のこと、もっと詳しく知ってることはないかな?」



「詳しく? どんなことが知りたいのかしら?」




「実は、おばあさまだから、ぶっちゃけて言うけど、ひい爺さんはひいばあさんと結婚する前に、結婚を前提で付き合っていた女性がいたこと。聞いてないかな?」



 すると、祥子は一瞬、眉をひそめたが、考えるように目を伏せてもう一度顔を上げた。


「――ええ。その話は母から聞いたわ」




 裕星と美羽は顔を見合わせた。


「ひいばあさんから? で、どんな話だった? その女性のことをなんて言ってたんだ?」

 裕星の問いに、祥子は紅茶を持ち上げ一口飲んでからゆっくりと話し出した。

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