第8話 繋がった家族の絆

 小林は怪訝そうな顔で美羽から写真を受け取ると、じっくり顔を近づけて写真を見ていたが、「ああ、本当だ! 初めて気が付いたよ! 俺のひいじいちゃんが裕星に似てたなんてな! まさか裕星の親戚じゃないだろうな」



「でも、本当に似てますよね? 親戚に田村さんという方がいるかどうか今度訊いてみなくちゃ」と美羽が真剣な顔で言った。

 写真を手に取ってじっと見ていた美羽が、写真を小林に返しながら悲しげな顔になった。


「だけど、ひいおばあさまの幸恵さんは、ずっと今でも田村さんを探しています。きっと、田村さんはまだ生きていらっしゃるのかもしれませんね、どこかで」



「――そうなのかな。でも、もう今となっては探し出すのも一苦労だ。なにせ戦後78年も経ってるから、生きていたら98歳だ。生きていたら、ね。俺たち親族でさえも行方が分からないのに、どうやって探したらいいか……」




「そうですよね……」


 美羽は幸恵の思いを遂げさせてあげたいと願っていた。しかし、それは自分たちでは到底叶えてあげられることではないのだろうかと思うと、心が締め付けられるようだった。





 美羽が小林に礼を言ってカフェを後にしようとしていた時だった。


 裕星の着信を知らせるバイブレーターに気付いて電話に出た。


「裕くん、私、今まで小林さんのカフェにいたの。どうかしたの?」



 <小林の? へえ、よくわかったな。あそこは前に一度行ったきりだったのに。あ、ところで、その後、ストーカーの女はどうなったんだ? 気になって電話したよ>



「それが、ストーカーではなかったみたいなの。彼女は小林さんのご家族の方だったわ」


 <はあ? なんであいつの家族が俺たちを付け回してるんだ?>



「付け回してるというより、彷徨さまよっているのかも……。

 詳しいことは電話じゃうまく話せないから帰ったら話すね。ところで裕くんこそ、今日のライブはどこなの?」




 <今日は福島の孤児院のミニライブだった。明日は都内だけど山の方だよ。俺の父親の実家の方だ>



「ああ、もしかして奥多摩の?」



 <ああ、実家に近いから、久しぶりにおばあ様に会ってこようかと思ってるよ>


「それがいいわね! おばあさまがお元気でいらっしゃるかどうか、会ってきてね」


 そう言って電話を切ったのだった。






 その夜、美羽はいつまでも寝付けずにいた。昼間、せっかく幸恵を話す機会があったが、あれ以来幸恵は姿を現わさなかった。


 カフェのマスターの小林が幸恵の子孫であることが分かったが、幸恵の許婚である田村の行方は分からないままだ。


 しかし、いくら調べようにも、あの当時特攻隊に出た人たちの生存を自分のような素人に政府が開示してくれるかどうかも分からない。

 何を調べていいのかすらも見当もつかなかった。


 しかし、美羽には一つだけ幸恵の思いに共感していた。

 愛する人を思い、生きていると信じる気持ちだった。


 もし、自分が幸恵の立場だとしても、同じように愛する人は生きていると信じているだろう。たとえ自分の命が尽きたとしても。

 悲しさの余り、美羽はまた涙が溢れてきた。


 ──可哀そうな幸恵さん。あの夢は幸恵さんが私に見せたものだったのかもしれないわ。あの時の幸恵さんになって、どんな思いで戦火を生きていたか知らせてくれたのかも……。


 ごめんなさい。私は何の力にもなれない。どうやって田村さんを捜したらいいのか分からないわ。



 今、ミニライブのために遠征してる裕星には相談することは出来ない。明日は奥多摩の孤児院に行くと言っている。



 ――忙しい裕くんの手は借りられないわね。明日は私はお休みだし、一人で図書館とか参考文献がないか調べに行こうかしら。



 そう言うと、また極度の疲労感に襲われ、眠りの淵に落ちて行った。






『幸ちゃん、いつまで待ってるつもりなの? お前がそんなに意固地だとお腹の子は父親がいなくて可哀そうだ。健一郎は死んだんだ。早いとこ見切りをつけて、せっかく持ってきた縁談を受けるんだ』



 美羽はハッとして顔を上げた。知らない中年の女性が困った顔で美羽を説得していた。


『でも、私は健一郎さんとの約束を守ります。きっと生きて戻ってくると言っていたんだから。だってまだ彼が亡くなった通知も来ていません』



『もう戦争は終わったんだ。これからは新しい時代が来る。ふた親がそろってないと、その子は不憫ふびんよ』


 女性はしぶしぶと美羽の前から去って行ったのだった。





『幸っちゃん、健もちゃんと分かってくれるわよ。だから、ね。誰もあんたとお腹の子まで面倒をみてくれやしないんだから。こんないい話はないよ。あんたと子供まで引き受けてくれると言ってくれてるんだからね。あの人のとこに嫁いでも健は怒りゃしないさ』


 健という名で田村の名前を呼んでいたのは、健一郎の母親だった。




『おばさん、私のわがままを許してください。私の死んだ両親も分かってくれるはず。ここで健さんを待ちたいの。お店を作って、ずっとここで待ってるわ』



 美羽はやっと幸恵の思いが分かった気がした。自分の口から幸恵の思いがすらすらと飛び出して来る度、納得したのだった。


 ――そうだったのね。幸恵さんは、一人で赤ちゃんを育てながら待っていたのね?






 美羽の瞳から涙が零れ落ちて目が覚めた。


 隣に裕星がいないベッドはいつもよりもさらに冷たく感じた。

 まだ夜明け前だったが、美羽は体を起こすとこれから自分が幸恵のためにしてあげられることを考えふけっていたのだった。



 朝ごはんを済ますと、美羽は国立図書館に向かっていた。

 ここなら戦争当時の記録がきっとたくさんあるに違いない。

 しかし、図書館に着いてから美羽はその文献の多さに圧倒されていたのだった。


 ――こんなにたくさんあるの? これじゃ、どうやって当時の生存者を調べていいかわからないわ。どうすればいいのかしら……。




 美羽が図書館の中にあるコンピューターで検索を掛けてみた。


『第二次世界大戦』『太平洋戦争』『特別攻撃隊」『特攻隊生存者』


 どの本にも個人情報は当然載っていないが、当時の様子が詳しく書かれていた。


 しかし、ある一冊の本に美羽の目が留まった。『特攻で 9回出撃し 9回とも 生還した男』(参考文献)(https://www.youtube.com/watch?v=0AsYZ9AlEvI)


 一人の特攻からの帰還兵である貴重な方へのインタビューを交えたノンフィクション記録だった。


「生きて帰ってきた方もいらっしゃるんだわ! きっと望みはあるはず」

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