第7話 古いアルバムの中の真実
<あの女性はまた別のケースなのかな? とにかく、くれぐれも気を付けてくれよ>そういうと電話が切れた。
「あ、あの……、幸恵さん、ここじゃなんですから、もう少し詳しくお聞きしてもいいかしら? あのカフェに行きましょうか?」
美羽は幸恵を連れて、当初幸恵が実家だと言って紹介した住所にあるカフェに着いた。
マスターの小林が出てきて、美羽たちに水の入ったグラスを置いた。幸恵はしばらく黙って立っていたが、美羽がどうぞと椅子に座るよう促すと、幸恵に事情を尋ねた。
「幸恵さん、色々訊きたいことはあるけど、私、どうしても幸恵さんが悪い人には思えないの。きっと大変なご事情があるんだと思う。ねえ、もしよかったら、どうして私や裕くんに近づいてきたのか、婚約者の方は本当はどうしているのか、教えてくれないかしら?」
すると、幸恵は俯いていた顔をゆっくり上げて、はあとため息をついて椅子に座ると、ゆっくり話し始めたのだった。
「私、自分がどうしても美羽さんしか頼る人がいなくて……。
なぜかこの家の周りが変わってしまっているのに、ここが実家だと思えるし、健一郎さんが戻ってくるまでここにいるつもりです」
「もしかして、記憶喪失とか? 何か昔のことはおぼえていらっしゃいますか?」
「記憶喪失……? そうですね……そういえば、昔、私がお祈りしていた時……」
女性は思い出そうとしていたが、急にまた頭を抱えて苦しみだした。
「幸恵さん、大丈夫ですか? 病院に行きましょうか」
立ち上がってオロオロする美羽を見て、幸恵が言った。
「――思い出した。私、今思い出したわ」
「なにを思い出したんですか?」
美羽が幸恵の顔を覗き込むようにして訊いた。
「私、本当はあの時……」
するとその時、カフェのマスターの小林が慌てたようにやってきた。
「大丈夫ですか、美羽さん! どうかしたんですか?」
「いいえ、なんでもないです。ただこの方が苦しそうにしていたから」
そう言って幸恵に目をやると、もう幸恵の姿は消えてどこにもなかった。
「あれ? 幸恵さん?」
「大丈夫ですか? 今日はお一人ですか?」
「一人? いいえ、私、二人で来たんです。だって、ほらお水も二つ出してくれたじゃないですか」
「あ、いや、その水は後から裕星がやってくるものだと思って出したんですよ。まさかずっとお一人だとは思いませんでしたから」
「そんな……。幸恵さんという方が一緒だったのを見てなかったんですか?」
「はい……ここに入ってこられた時お客様は美羽さんだけでしたよ」
「嘘……嘘でしょ?」
小林はいいえと首を横に振った。そして、続けた。
「実は、先日、美羽さんから、ここが実家だと言ったという『小林幸恵』という女性の話を聞いて、気になっていたんですが、昨日、父にそのことを話しましたら、どうも父方の
「ええ? ひいおばあさま?」
「まあ、といっても、まだ20の若さで亡くなったので、おばあさんにはなっていなかったんですが。ただ、その祖母が19で生んだ息子が祖父だったらしいのです」
「小林さん、その話、もっと詳しく教えてくださらないかしら?」
「はい。ちょうどお客さんもいないし、アルバイトを帰して、もうそろそろ今日は閉めようと思っていたので、ちょっと待ってください」
そう言うと、カウンター裏にいると思われるアルバイトに帰るよう声をかけ、表ドアに『𝐂𝐋𝐎𝐒𝐄』の看板を下げて戻ってきた。
窓際の席に美羽を座らせて、自分は少し椅子をテーブルから離して真向かいに座った。
「実は、さっきの話ですが、幸恵は曽祖父にあたる田村と家同士が決めた許婚でした。その曽祖父の田村もまだ20歳の若さでした。
許婚といっても、実は二人は子供のころからの幼馴染で、もともと仲が良かったんだそうです。
だから結婚話が決まったときは二人とも大喜びだったとか。しかし、それもつかの間の幸せといいますか……」
「どうしたんですか?」
「当時は戦争の真っただ中で、1945年の夏、もうすぐ戦争が終わるというときに、田村のところに召集令状が来たんですよ。それも特攻隊の。
日本は焦っていたのでしょう。最後の最後まで往生際が悪く抵抗し続けていたそうです。その犠牲になったのが若い兵士たちでした。
田村は20歳になった翌日、招集され、その数日後には飛行訓練もそこそこに特攻隊として飛ばされたのです。行きの燃料と爆弾だけを積んだゼロ戦で。
でも、曽祖父はどんなことをしても生きて帰ってくると言っていたらしいです。それは曾祖母からお腹の赤ん坊の話を聞いたことで、さらにその意思を強く待ったと聞きました」
「それで、ひいおじいさまは生きていらっしゃったんですか?」
「――それが、分からないんです。とうとう戦争が終わり、ぞくぞくと帰還兵が戻ってきても、曽祖父は帰らなかったらしい。つまり、亡くなったのではないかと言われています」
「―—そんな。私が会っていたのは、もしかすると、ひいおばあさまの幸恵さんだった可能性があるんですね? もしかすると、幽霊、だったのかしら……」
「曾祖母の幽霊? そんなことってあるのかな? 幽霊にしても、なぜあなたのところに出てくるのでしょう」
「わかりません。それを今日聞こうとしたら、姿が消えてしまって」
「ああ、そうだ。写真があるので、見ますか? 曾祖母の写真があったと言って父が持ってきてくれたんですよ」
「はい、ぜひ!」
小林は裏へ戻って行くと、5分もせず戻ってきた。手には古ぼけた深緑色のアルバムらしきものがあった。
アルバムは少しけば立ったビロードのような生地でできており、中を開くと白黒の写真が綺麗に配置され、写真の角々を三角のシールのようなもので留められていた。
「ああ、この人です。幸恵19歳とあります」
そう言って一枚の写真を外して美羽の前に差し出してくれた。
美羽は写真を見て、あっと声を上げた。
「あっ、この人です! この人が私の会っていた幸恵さんです! この方はどうされたんですか?」
画質の荒い写真の中で、赤ん坊を抱いているその人物は、肩までそろえて切られたストレートの黒髪の清楚な女性だった。白黒だったが、その色白の様子は周りの人物から比べてもよく分かった。
「幸恵は、この赤ん坊、つまり、祖父を生んだ後、一人でこのカフェの元になる店で子供を育てながら頑張って曽祖父を待っていたそうです。
しかし、祖父が一歳のとき、まだ赤ん坊だった祖父を道端に置いたまま失踪したそうです。
たぶん、絶望してそのままどこかで亡くなったのだろうと言われていました。まだ二十歳でした」
「そんな……。田村さんに会うことなく亡くなったんですか?」
「たぶん、そういうことですね。ああ、これが田村健一郎、つまり俺の曽祖父です」
そう言って見せたもう一枚の写真は、荒い集合写真の中の一人として小さく写っていただけだった。
しかし、その写真をじっと見ていた美羽はまた大きな声が出てしまった。
「……裕くんに似てる! 似てませんか?」
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