第2話 ストーカー
美羽の指定したレストランは近所にあるイタリアンだった。店内に入ると、すぐに美羽が奥の席で笑顔で手を振っているのが見えた。
裕星がまっすぐ美羽のいるテーブルに向かっていると、レストランのスタッフが裕星に声を掛けて呼び止めた。
「お客様、テーブルにご案内いたしましょうか?」
「あ、いや、連れがもう向こうに……」
立ち止まってスタッフに告げると、スタッフは、「お連れ様でしたら、あちらのテーブルで待っていらっしゃいます」と、美羽のテーブルとは反対側の窓際の席を示した。
裕星は、スタッフに示されたテーブルの方を
「ん? たぶん、あの人の連れは僕ではないと思います。人違いです」
裕星がスタッフに丁寧に言うと、スタッフは裕星の言葉に首を傾げた。
「え、でも……あちらの方が、今お客様が入ってこられたときに、こちらへご案内するようにと確かに言われたのですが……」
裕星がスタッフと何やらもめているのを美羽がテーブルから見ていたが、すぐに席を立って裕星の元へとやってきた。
「裕くん、どうしたの?」
「あ、いや、人違いなんだ。向こうの客が俺を連れと勘違いしてるらしくて」と向こう側のテーブルの女性の方を振り返って見た。
女性はまだ背中を向けたままで、こちらの会話が聞こえていないのかピクリとも動かない。
スタッフは、美羽が裕星の連れだということを確認出来て謝ってきた。
「失礼いたしました。きっと向こうのお客様の勘違いかと思われますので、それとなくお伝えしておきます。お詫びに、もしよろしかったら、個室にご案内いたしますが、いかがいたしますか?」
「それなら、お言葉に甘えて個室でお願いします」
裕星はチラリと女性を見てから答えると、スタッフはどうぞこちらに、と店内の奥の個室へと向かったのだった。
裕星が個室に案内されドアを開けて入る直前に、気になっていたさっきの女性を確認しようとして振り返った。
その瞬間、裕星はゾクッと背中が冷たくなった。さっきまで背中を向けていた女性が、今度はこちらに振り向きじっと裕星を見ていたのだった。
裕星は急いで個室に美羽を入れると、すぐにドアを閉めた。
「裕くん? どうかしたの? なにを慌てて……」
美羽は裕星の様子がおかしいことに気付いて訊いた。
「いや、さっき向こうに座っていた女性だけど、もしかするとストーカーなのかもしれない」
「ストーカー? まさか! だって、ここに裕くんが来ることはさっき決まったことなのに、どうして分かったのかしら?」
「―—マンションからつけてきたのかも……。あの女性、実は昼にも俺がいたカフェにいたんだよ」
裕星は眉を寄せて個室のドアに目をやった。
「カフェにも? 怖いね……。帰りは、さっきの方がいないか確かめてから帰りましょうね」
その晩の食事は二人にとって味気のないものになってしまった。同じ人物に一日の内に二度も会えば、それは偶然とは言えない恐怖を感じたのだった。
翌朝、事務所の練習室で作曲の作業をしていた裕星は、けたたましい陸の叫び声で振り向いた。
「裕星さん! もう、本当なんだって! 最近おかしいなと思っていたら、やっぱりストーカーだったんだよ! 僕なんて、買い物してるとき、ずーっと付いてこられてさ、ホント迷惑っつうか、怖かったよー!」
「ストーカー?」
「うん、そう。裕星さんの近辺には来なかったの?」
「―—まあ、ストーカーかどうかはまだわからないけど、同じ女性がいたな」
「それそれ! きっとそいつだよ!」
「それで? 何かされたのか?」
「何かしてくるわけじゃないんだけど、気が付くといつも近くにいてさ。怖いよね」
すると、光太とリョウタが後から入ってきて陸の話を聞いていた。
「ストーカーのことか? 実は俺たちも最近被害に遭ってたんだ。今その話を陸としてたとこだ」と光太が苦々しい表情で言った。
「やっぱりストーカーだったのかな……」裕星が腕を組んで呟いた。
「裕星も被害に遭ってたのか? 俺たちと同じやつかな?」リョウタが訊くと、「皆と同じやつかどうか分からないが、女性だったよ」
「俺のストーカーも女性だったよ。どんな子だった?」
リョウタがさらに訊いた。
「うーん、一見すると地味な感じだったけどな。セミロングの黒髪の女だった」
「セミロングか。じゃあ、違うかなぁ。俺たちの前にしょっちゅう待ち伏せしてるのは、背の高い茶髪のロングヘアの女性なんだ。化粧の濃いね」
「まさか、俺たちが同時にストーカー被害に遭ってるとしたら、それってストーカーの団体なのかな? 皆同じグループだったりして」
陸が指を鳴らした。
「だとしても、プライベートに追いかけ回されるのは困るな。黙って見過ごしていたら、あいつら調子に乗って、これから先もずっと追いかけまわそうとするぞ」
リョウタが声を大きくした。
「どうする。警察に届けようか?」
光太が言うと、裕星が、まあ待て、と話を
「まだ何かされたわけじゃないし、まあ、されてからじゃ遅いけど、もう少し彼女たちの動向を見てみないか? 注意して止めてくれるなら警察に通報する必要もないし、ただの追っかけファンなのかもしれないしな」
裕星の言葉に皆がしぶしぶ納得して頷いた。
裕星が事務所を後にしたのは、午後7時を回ったころだった。
事務所の地下駐車場からベンツに乗り込み地上に出て行くと、もうすでに都内の大通りは昼間よりも明るいほどの電飾が灯り、むしろ眩しかった。
美羽は今ちょうど孤児院の仕事を終えて、買い物に出ていた。近所のスーパーで野菜や魚を買って、最後にワインを探すため酒類のコーナーに回った。
――お魚だから、白ワインがいいかな?
美羽がワイン棚を回りながら白ワインのラベルを確かめていると、美羽の行く手を
「あ、すみません。ぼんやりしていて……」
美羽が女性にぶつかりそうになって
顔を上げて女性を見ると、女性はまだ二十歳前後の若さに見えた。
「あの……大丈夫ですか?」
黙っている女性を不思議に思って美羽が声を掛けた。
女性は表情を動かすことなく黙っていたが、美羽がもう一度訊ねると、やっと口を開いた。
「――わたし、人を捜してるんです」
「人探し? え、と、私の知ってる人ならいいですけど、どんな方ですか?」
美羽は親切にも見知らぬ女性の手助けをしようとしていた。
「わたしの
「――いいなずけ? 婚約者ってことね? その人とはぐれたのかしら?」
「分からないです。昨日は見つけたのに見失ってしまって」と肩を落としている。
「見失うって、迷子にでもなったのかしら?」
美羽は話している相手が年下だと判断してそう言った。
「いいえ、必ず見つけます。昨日は近くにいたので、きっとすぐに見つかると思います」
「近くに? どんな方なの? もし見かけたら、何か手助けできるかもしれないわ」
美羽は女性に優しく言うと、女性はしばらく
「大丈夫? どうしよう。救急車を呼びましょうか?」
「きゅうきゅうって? 少し休めば大丈夫です」
しゃがみ込んだまま俯いて苦しそうにしている。
「待って、もしよかったら、私のマンションに来ますか? すぐそこなの。良かったら、一緒に来て。ここよりは休めると思うわ」
そう言うと、美羽は女性に肩を貸して、ゆっくりと歩き出したのだった。
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